時の法令第1592号1999年4月30日発行
民主化の法理医療の場合54
編集・発行、大蔵省印刷局

ジュネーブ宣言からヘルシンキ宣言まで

星野一正


歴史的概要


ジュネーブ宣言一九四八年、一九六九年修正

    「医療の専門家として許可されるに当たり、私は、人類に奉仕するために生涯を聖職に捧げることを厳粛に誓います。

    師に対して当然捧げるべき尊敬と感謝の念を捧げます。

    良心と尊厳をもって医療を行います。

    患者の健康を、第一の関心の的といたします。

    患者が死んだ後でさえ、患者が打ち明けた秘密を大切に守ります。

    全力を尽くして医療の名誉とその高貴な伝統を守ります。

    同僚は兄弟同然です。

    患者の宗教、国籍、人種、政党、社会的地位によって、私の任務に手加減するようなことはいたしません。

    ヒトの生命を、受胎の瞬間から最大限に尊重し続けます。たとえ脅迫されても、人道に反して医学的知識を悪用することはありません。

    以上のことを、自由意思により、名誉にかけて厳粛に誓います。」

    この「ジュネーブ宣言一九四八年」は、一九六九年にシドニーで開催された第二二回世界医師会総会において修正された。修正箇所は、上記の和訳文の中の傍線をつけた「患者が死んだ後でさえ、」の部分である。


国際医療倫理綱領一九四九年

〔医師の一般的な義務〕

    医師は、自分の職業的活動を、常に最高水準に保たなければならない。

    医師は、営利的動機に左右されずに、自分の職業に従事しなければならない。

    次のような行為は、倫理的でないと見なされている。

    1. 国が定めた医療倫理綱領ではっきりと認可されているもの以外の自己宣伝

    2. 医師が職業的独立を保てないような医療サービスに協力すること

    3. 適正な医療報酬以外に、たとえ患者が承知の上でも、患者を世話したことに関連して金銭を受け取ること

    ヒトの肉体あるいは精神的な抵抗力を弱めるような言動は、そのヒトのためになる場合に限ってのみ、してよいであろう。

    医師は、発見したことや新しい医療技術について漏らす際には、十分な注意を払うことが求められている。

    医師は、自分自身で確かめたことについてのみ、保証したり、証言したりするべきである。

〔病人に対する医師の義務〕

    医師は、受胎した瞬間からヒトの生命を維持する義務があることを常に心していなければならない。

    医師は、患者に誠実であり、自分が有する医学的な知識や技術のすべてをもって尽くす義務がある。検査や治療が自分の能力を超えている場合にはいつでも、必要な能力をもつ他の医師を呼ばなくてはならない。

    自分に託された信頼にこたえて、患者について知り得た秘密のすべてを、医師は絶対にもらしてはならない。

    他の医師たちが自ら必要な救急ケアをするであろうと確信できないときは、医師は人道的な義務として救急医療を行わなければならない。

〔医師の相互間の義務〕

    医師は、自分に対して同僚が行動してほしいと思うように、同僚に対して自分も行動するべきである。

    医師は、同僚の患者を勧誘してはならない。

    医師は、世界医師会で承認された「ジュネーブ宣言」の原則を、遵守しなければならない。


ヘルシンキ宣言一九六四年

−ヒトを対象とするバイオメディカルの研究に携わる医師のための勧告−

緒言

    人の健康を守ることが医師の使命である。医師は、自己の知識と良心をもってこの使命を達成するよう努めなければならない。

    医師は、世界医師会のジュネーブ宣言にある「自分の患者の健康を第一に考えなければならない」という条項を固く守るべきであり、また国際医療倫理綱領には「人間の肉体的または精神的抵抗力を弱めるような行為や助言は、すべてそれを受ける人のためになる場合にだけするべきである」と宣言してある。

    学術知識を深めることによって人を助けるためには、研究室での実験結果をヒトに応用することが必須である。したがって世界医師会は、臨床的研究に携わる医師への指針として、次に掲げるような勧告を作成した。強調しておくが、ここに提起する基準は、全世界の医師のための単なる指針にすぎない。医師は自国の法律により刑事責任、民事責任及び倫理的責任から逃れることはできない。

    ヒトを対象とする臨床的研究の分野においては、患者の診断や治療のための臨床的研究を基本目的とする場合と、本来の研究目的が純学問的見地からのものであって被験者にとっては治療的価値のない臨床的研究とは、根本的に区別をしなければならない。

第一章基本原則

  1. 臨床的研究は、医学的研究を正当化する道徳的並びに学問的原則に則っており、実験室内の実験及び動物実験に基づいていなければならない。

  2. 臨床的研究は、資格ある医師の監督の下で、学問的有資格者によってのみ実施されるべきである。

  3. 臨床的研究は、研究目的の重要性と被験者に起こり得る危険性とを比較考量して均衡を失している場合には実施するべきではない。

  4. すべての臨床的研究は、実施に先立って、被験者又は他の人々に生ずるかもしれない危険性と、予見し得る利益とを慎重に比較検討しなければならない。

  5. 薬物や実験方法によって、被験者の人格に、変化をもたらすような危険のある臨床研究を実施する医師は、特別の注意を払わなければならない。

第二章専門的医療行為を伴う臨床的研究

  1. 病人の治療に際して、新しい診断法や治療法により、生命の救助、健康の回復、また苦痛の軽減を図る望みがあると医師が判断した場合には、新しい診断法や治療法を用いることは差し支えない。

    患者の精神状態が許すならば、患者が十分に説明を受けた後で、医師は、可能な限り、患者から自主的に同意を得るべきである。患者が法的無能力の場合には、法的後見人から得るべきであり、身体的無能力の場合には、法的代理人の許可が、患者の同意に代わり得る。

  2. 医師は臨床的研究を医療行為と兼ねて行うことができるが、その目的は、新しい医学知識を得ることであり、その臨床的研究が患者に対して治療的価値があることによって正当化される範囲に限られるべきである。

第三章治療目的でない臨床的研究
  1. 臨床的研究を純学問的にヒトに応用する場合、その臨床的研究の被験者の生命と健康を守る側に立つのが医師の義務である。

  2. 臨床的研究の内容、目的、リスクについて、医師は被験者に説明しなければならない。

    1. ヒトにおける臨床研究は、被験者が説明を受けた後の自由な自主的な同意なくして実施してはならない。もし、被験者が法的無能力である場合には、法的代理人の同意を得なければならない。

    2. 臨床的研究の被験者は、十分に選択権を行使できる精神的、身体的かつ法的状態でなければならない。

    3. 原則として、同意は、書面で得なければならない。しかしながら、臨床的研究の責任は、常に研究者にある。同意を得た後でも、責任を被験者に負わせてはならない。

    1. 被験者が研究者と従属関係にある場合には特に、被験者を全人的に保護するために諸々の個人の権利を尊重しなければならない。

    2. 臨床研究の過程のいかなる時点においても、被験者あるいは被験者の後見人は、自由に研究の継続を拒絶できる。

    もし、研究者あるいは研究チームが、研究の継続が被験者に有害であると判断したならば、研究を中断しなければならない。


ヘルシンキ宣言一九七五年東京修正

−ヒトを対象とするバイオメディカルな研究に携わる医師のための勧告−

緒言

    人の健康を守ることが医師の使命である。医師は、自己の知識と良心をもってこの使命を達成するよう努めなければならない。

    医師は、世界医師会の「ジュネーブ宣言一九四八年」にある「自分の患者の健康を第一に考えなければならない」という条項を固く守るべきであり、また「国際医療倫理綱領一九四九年」には「人間の肉体的又は精神的抵抗力を弱めるような行為や助言は、すべてそれを受ける人のためになる場合にだけするべきである」と宣言してある。

    ヒトを対象とするバイオメディカルな研究は、診断法、治療法及ぴ予防手段の向上と疾患の病因及ぴ病態の究明を目的としなければならない。

    今日の医療における診断法、治療法又は予防手段のほとんどは危険を伴う。これは、ヒトにおけるバイオメディカルな研究の場合には一層該当する。

    医学の進歩は、研究の一環として最終的にはヒトにおける実験結果に依存しなければならない。

    ヒトを対象とするバイオメディカルな研究の分野においては、患者の診断や治療のための研究を基本目的とする場合と、本来の研究目的が純学問的見地からのものであって被験者の診断治療とは直接関係のない場合と、根本的に区別をしなければならない。

    環境に影響を及ぼすことのある研究を行う際には特別の注意が必要であり、また研究に用いる動物の愛護についても配慮しなければならない。

    学術知識を深めることによって人を助けるためには、研究室での実験結果をヒトに応用することが必須である。したがって世界医師会は、医学研究に携わる医師への指針として、次に掲げるような勧告を作成した。これらの勧告の内容は今後も引き続き検討されなぱならない。強調しておくが、ここに提起してある基準は、全世界の医師のための単なる指針にすぎない。したがって、この基準に則ったとしても、医師は自国の法律による刑事責任、民事責任及び倫理的責任から逃れることはできない。

第一章基本原則

  1. ヒトを対象としたバイオメディカルな研究は、一般に受け入れられている学問的原則に従い、適切に実施された研究室内の実験及び動物実験に裏付けられ、さらに学術文献に精通した知識に基づいてなされたものでなければならない。

  2. ヒトを対象とした研究の個々の実験計画及びその実施の方法について実験計画書に明確に記載し、特別に任命された独立した委員会において審議され意見並びに指針を受けるために、同委員会に実験計画書を提出しなければならない。

  3. ヒトを対象としたバイオメディカルな研究は、臨床家として優れた医師の監督の下に、学問的有資格者によってのみ実施されるべきである。研究対象となる人(被験者)に対する責任は、常に、医師免許をもつ医学者が負わなければならないものであり、たとえ被験者が実験に同意していても、決してその被験者に責任を転嫁してはならない。

  4. ヒトを対象としたバイオメディカルな研究は、研究目的の重要性と被験者に起こり得る危険性とを比較考量し均衡を失する場合は実施してはならない。

  5. ヒトを対象としたいかなるバイオメディカルな研究においても、実施に先立って、被験者または他の人々にもたらされると予見できる利益と危険性とを慎重に比較検討しなければならない。被験者の利益についての配慮は、学問的、社会的要請よりも常に優先されなければならない。

  6. 被験者が自己の安全を守る権利は常に尊重されなければならない。被験者のプライバシーを尊重し、その肉体的、精神的な安全や人格に及ぼす研究の影響を最小限にとどめるために、あらゆる予防策を講じなければならない。

  7. 医師は、研究に伴う危険性が予知できる自信がある場合以外は、ヒトを対象とした医学的研究を行うことを差し控えるべきである。実験によってもたらされると考えられる利益よりも危険性が大きいと判明した場合には、医師はすべての研究を中止しなければならない。

  8. 研究結果を印刷物として発表する場合には、医師は研究結果の正確さを確認する義務がある。このヘルシンキ宣言にもられている原則に従っていない研究の報告を出版する目的で発行人は受理するべきではない。

  9. ヒトを対象とした研究においては、被験者となる予定の人には必ず、その研究の目的、方法、予想される利益と起こるかもしれない危険性や実験がもたらすかもしれない不快感について、十分知らせておかなければならない。被験者となる予定の人には「この研究に協力しなくともそれは自由であり、すでに研究に協力していてもいつでもその同意を自由に撤回できること」を知らせておかなければならない。医師は、被験者が研究の内容を知らされた上で自由意思で行う同意(以下informed consentという)を、被験者からできれば文書によって得ておくべきである。

  10. informed consentを得る際に、被験者が医師に依存せざるを得ない立場にありはしないか、あるいは強迫感から同意することがありはしないか、ということに特に注意しなければならない。この場合には、その研究に携わっていないばかりか、被験者とも何ら公の関係がない医師によって、被験者からinformed consentを得なければならない。

  11. 法的無能力者の場合には、法的後見人からinformed consentを入手するべきである。被験者が肉体的あるいは精神的に障害があるため、本人に研究の内容を知らせた上で同意を得ることが不可能な場合、または未成年者の場合には、その国の法律の定めるところに従って責任ある親族による許可をもって被験者による許可の代わりとする。

  12. 研究計画書には、倫理的配慮をしていることの記述が常に含まれており、ヘルシンキ宣言の基本的原則に従うものであることを明示しなければならない。

第二章診療と兼ねて行う医学研究(臨床的研究)

  1. 病人の診療に際して、新しい診断法や治療法が生命の救助、健康の回復、また苦痛の軽減になると医師が判断した場合には、それらを用いることは差し支えない。

  2. 新しい方法により期待し得る利益と起こり得る危険性や不快感については、現在行われている最良の診断法や治療法による利益と比較されなければならない。

  3. いかなる医学研究においても、患者及び対照群の被験者があるときにはその人を含めて、すべての人が現在最善と認められている診断治療法を受けられることを保証しなければならない。

  4. 患者が研究に協力することをたとえ拒否しても、そのことによって医師対患者の関係を損じてはならない。

  5. もし医師が、患者からinformed consentを得るべきではない、と考える場合には、その理由を、前出の第一章基本原則の第二項に述べた独立した特別委員会に提出するべく実験計画書に記載しなければならない。

  6. 医師はヒトを対象としたバイオメディカルな研究を医療と兼ねて行うことができるが、その場合には、その目的は新しい医学知識を得ることであり、この研究が患者に対して診断的又は治療的価値があると予測される範囲に限られるべきである。

第三章治療と関係のないヒトを対象としたバイオメディカルな研究(ヒトを対象とした非臨床的バイオメディカルな研究)

  1. 医学研究を純学問的にヒトに応用する場合、そのバイオメディカルな研究の被験者の生命と健康を守る側に立つのが医師の義務である。

  2. 被験者となる人は、自発的協力者であって、健康人か、あるいはその実験計画とは無関係な病気の患者でなければならない。

  3. 研究者あるいは研究チームは、もし実験を続ければ被験者に有害になると判断した場合には、実験を中止しなければならない。

  4. ヒトにおける研究において、学問的興味や社会的要請を、絶対に、被験者の福祉に対する配慮より優先させてはならない。


ヘルシンキ宣言一九九六年

−ヒトを対象とするして、バイオメディカルな研究に携わる医師のための勧告−

    一九七五年の東京修正の後、一九八三年にヴェニス、一九八九年に香港、そして、一九九六年に南アフリカにて修正された。
緒言

    人の健康を守ることが医師の使命である。医師は、自己の知識と良心をもってこの使命を達成するよう努めなければならない。

    医師は、世界医師会の「ジュネーブ宣言一九四八年」にある「自分の患者の健康を第一に考えなければならない」という条項を固く守るべきであり、また「国際医療倫理綱領一九四九年」には「患者の身体的または精神的状態を弱める効果があり得る医療行為を行う時には、それを受ける人のためになる場合にだけするべきである」と宣言してある。

    ヒトを対象とするバイオメディカルな研究の目的は、診断法、治療法及ぴ予防手段の向上と疾患の病因及び病態の究明でなければならない。

    今日の医療における診断法、治療法または予防手段のほとんどは危険を伴い、これは、ヒトにおけるバイオメディカルな研究の場合に一層あてはまることである。

    医学の進歩は、研究の一部としてヒトにおける実験結果に、最終的には依存しなければならない。

    ヒトを対象とするバイオメディカルな研究の分野では、本質的に患者の診断や治療のための研究を目的とする場合と、本質的な研究目的が純学問的見地からのものであって被験者の診断・治療とは直接関係のない場合との、根本的な違いを認識しなければならない。

    環境に影響を及ぼすことのある研究を行う際には特別の注意が必要であり、また研究に用いる動物の愛護についても配慮しなければならない。

    学術知識を深めることによって人を助けるためには、研究室での実験結果をヒトに応用することが必須である。したがって、世界医師会はヒトを対象とするバイオメディカルな研究に携わるすべての医師への指針として次に掲げるような勧告を作成した。これらの勧告の内容は今後も検討され続けなければならない。強調しておくが、ここに提起する基準は、全世界の医師のための単なる指針にすぎない。した がって、この基準に則ったとしても、医師は自国の法律による刑事責任、民事責任及び倫理的責任から逃れることはできない。

第一章基本原則

  1. ヒトを対象としたバイオメディカルな研究は、一般に受け入れられている学問的原則に従い、適切に実施された研究室内の実験及び動物実験に裏付けられ、さらに学術文献に精通した知識に基づいてなされたものでなければならない。

  2. ヒトを対象とした研究の個々の実験計画及びその実施の方法について実験計画書に明確に記載し、研究者や研究の支持者とは無関係であり特別に任命された独立した委員会において審議され意見並びに指針を受けるために、同委員会に実験計画書を提出しなければならない。この独立した委員会は、実験研究が実施される国の法律や規制に従っているべきである。

  3. ヒトを対象としたバイオメディカルな研究は、臨床家として優れた医師の監督の下に、学問的有資格者によってのみ実施されるべきである。被験者に対する責任は、常に、医師免許をもつ医学者が負わなければならないものであり、たとえ被験者が実験に同意していても、決してその被験者に責任を転嫁してはならない。

  4. ヒトを対象としたバイオメディカルな研究は、研究目的の重要性と被験者に起こり得る危険性とを比較考量し、均衡を失する場合は実施してはならない。

  5. ヒトを対象としたいかなるバイオメディカルな研究においても、実施に先立って、被験者または他の人々にもたらされると予見できる利益と危険性とを慎重に比較検討しなければならない。被験者の利益についての配慮は、学問的、社会的要請よりも常に優先されなければならない。

  6. 被験者が自己の安全を守る権利は常に尊重されなければならない。被験者のプライバシーを尊重し、その肉体的、精神的な安全や人格に及ぼす研究の影響を最小限にとどめるために、あらゆる予防策を講じなければならない。

  7. 医師は、研究に伴う危険性が予知できる自信がある場合以外は、ヒトを対象とした医学的研究を差し控えるべきである。実験によってもたらされると考えられる利益よりも危険性が大きいと判明した場合には、医師はすべての研究を中止しなければならない。

  8. 研究結果を印刷物として発表する場合には、医師は研究結果の正確さを確認する義務がある。このヘルシンキ宣言にもられている原則に従っていない研究の報告を、出版する目的で発行人は受理するべきではない。

  9. ヒトを対象とした研究においては、被験者となる予定の人には必ず、その研究の目的、方法、予想される利益と起こるかもしれない危険性や実験がもたらすかもしれない不快感について、十分知らせておかなければならない。被験者となる予定の人には「この研究に協力しなくともそれは自由であり、すでに研究に協力していてもいつでもその同意を自由に撤回できること」を知らせておかなければならない。医師は、被験者が研究の内容を知らされた上で自由意思で行う同意(以下informed consentという)を、被験者からできれば文書によって得ておくべきである。

  10. informed consentを得る際に、被験者が医師に依存せざるを得ない立場にありはしないか、あるいは強迫感から同意することがありはしないか、ということに特に注意しなければならない。この場合には、その研究に携わっていないばかりか被験者とも何ら公の関係がない医師によって、被験者からinformed consentを得なければならない。

  11. 法的無能力者の場合には、当事国の法律に基づいて、法的後見人からinformed consentを得るべきである。被験者が身体的あるいは精神的に障害があるため、本人に研究の内容を知らせた上でinformed consentを得ることが不可能な場合、または未成年者の場合には、その国の法律の定めるところに従って責任ある親族による許可をもって被験者による許可の代わりとする。

    未成年者が事実上同意を与える能力のある場合にはいつでも、未成年者の法的後見人の同意に加えて、その未成年者から同意を得るべきである。

  12. 研究計画書には、倫理的配慮をしていることの記述が常に含まれており、ヘルシンキ宣言の基本的原則に従うものであることを明示しなければならない。

第二章医療(臨床的研究)と兼ねて行う医学研究

  1. 病人の診療に際して、新しい診断法や治療法が生命の救助、健康の回復、また苦痛の軽減の望みがあると医師が判断した場合には、それらを用いることは差し支えない。

  2. 新しい方法により期待し得る利益と起こり得る危険性や不快感については、現在行われている最良の診断法や治療法による利益と比較されなければならない。

  3. いかなる医学研究においても、患者、もし対照群の被験者がいるときにはその人を含めて、すべての人が現在最善と認められている診断や治療法を受けられることを保証しなければならない。確立された診断や治療法がない研究に使用されている活性のないプラシーボの使用の際にも例外とはならない。

  4. 患者が研究に協力することをたとえ拒否しても、そのことによって医師対患者の関係を損じてはならない。

  5. もし医師が、患者からinformed consentを得るべきではない、と考える場合には、なぜそう考えるかについての特別な理由を、独立した特別委員会に提出するべく実験計画書にそのことを記載するべきである。

  6. 医師はヒトを対象としたバイオメディカルな研究を医療行為と兼ねて行うことができるが、その場合には、その目的は新しい医学知識を得ることであり、この研究が患者に対して診断的又は治療的価値があると予測される範囲に限られるべきである。

第三章治療と関係のないヒトを対象としたバイオメディカルな研究(ヒトを対象とした非臨床的バイオメディカルな研究)

  1. 医学研究を純学問的にヒトに応用する場合、そのバイオメディカルな研究が行われる被験者の生命と健康の保護者の立場に立つのが医師の義務である。

  2. 被験者となる人は、自発的協力者であうて、健康人か、あるいはその実験計画とは無関係な病気の患者であるべきである。

  3. 研究者あるいは研究チームは、もし実験を続ければ被験者に有害になると判断した場合には、実験を中止すべきである。

  4. ヒトにおける研究において、学問的興味や社会的要請を、絶対に、被験者の福祉に対する配慮より優先させてはならない。


患者の権利に関するリスボン宣言一九八一年

    日常の臨床上の困難や、倫理的あるいは法律的に難しい問題が起こることをわきまえて、医師は、常に自分の良心に照らしつつ行動し、常に患者にとっての最善を尽くすべきである。

    ここに、医療専門家が努力すべき患者の主要な権利を宣言する。

    立法行為あるいは政府の行為によって、患者の権利が否認ざれる場合にはいつでも、医師は、適切な手段を講じて、患者の権利が保障されるように、あるいは権利が回復するように努力すべきである。

  1. 患者は、自由に自分の医師を選ぶ権利を持っている。

  2. 患者は、だれからも干渉されることなく自由に臨床的並びに倫理的な判断を下せる医師により診療を受ける権利を持っている。

  3. 患者は、十分な説明を受けた後で、治療を受ける権利、あるいは治療を受けることを拒否する権利を持っている。

  4. 患者は、医師が患者について知り得たすべての医療上の秘密及ぴ個人的秘密を尊重することを予期する権利を持っている。

  5. 患者は、尊厳のうちに死ぬ権利を持っている。

  6. 患者は、自分に相応しい宗教の聖職者による助力を含む精神的慰安や道徳的慰安を受ける権利あるいは辞退する権利を持っている。

*

    ドイツ・ナチスの残虐極まりない極悪な人体実験の反省に始まる第二次世界大戦後の、ヒトを対象とする医学的、臨床的研究における倫理的人道的な配慮が半世紀にわたり、真剣に続けられてきている。その中で、世界医師会による種々の重要な宣言は、歴史に残る足跡を残して来た。その足跡を年代順にたどることによって、informed consentの重要性も認識されるところである。

    このような試みを通じて、決して二度と、ドイツ・ナチスの行ったような非人間的な行為が繰り返されないように、その再発を防ぎたいと、心から祈るものである。


星野一正
(京都大学名誉教授・日本生命倫理学会初代会長)