ハプロタイプマッピング

定義

解説

  1. 対立形質

    メンデルは、『対立形質』という概念を導入した。今ではこの概念は『染色体上では一つの[遺伝子]が存在している場所(遺伝子座)に複数の形質が来ることが出来るということ』と理解されている。

    メンデルはエンドウマメの7つの形質(花の色、種の形、種の色、背の高さなど)について研究し、それぞれの形質について2つ(恣意的だが)の純系を用意したので、一つの遺伝子についての対立遺伝子の数は2つであった。 その後、ヒトの集団中で血液型を詳しく調べたところ血液型という一つの遺伝子についてA型B型O型と複数の対立形質が対応していることがわかった。これを『複対立遺伝子』と呼んだが意味的には対立形質が複数あると理解すれば良い。一遺伝子座に3つ以上の対立遺伝子が対応すればこれを複対立遺伝子があるという。ショウジョウバエの眼の色素を決める遺伝子はこの典型である。

    ここで、メンデルは、一つの性質に着目した時に、一つの個体には対立する2つの性質の遺伝子が潜在的に存在していると考えたのだった(メンデルは遺伝子とは呼ばずエレメントと呼んだ)。つまり、母親方から一つ、父親方から一つの遺伝子を受け継いでその2つが子供の中に存在すると考えたのであった。こう考えると、時間が経って子が親となる場合には、この個体からは2つの遺伝子が別れて、一つ一つ別の子供に受け継がれるとうまく説明が出来たのである。今では、高等動物や植物では染色体はダブルで存在していて、そこに遺伝子が乗っているということがはっきりしているので、このメンデルが考えたことは的をついていたと高く評価されているのである。

    つまり、高等動植物は2本一組の染色体を持っているので、①1本づつの染色体に載っている遺伝子の性質がどうなっているかということと、②その2本が一つの個体の中に共存したときにその個体がどのような性質を示すのかという2つの点を常に問題にしなければならないのである。前者を『遺伝子型』と呼び、後者を『表現型』と呼ぶのである。しつこいようだが『遺伝子型』を問題にするときには1本の染色体が対象となっていて、表現型を問題にする時には1組2本の染色体が対象となっているのである。

    この定義から明らかだが、1つの個体の中に存在できる対立遺伝子(対立形質に対応)は2種類しかない。3つの対立形質があっても、一つの個体にはそのうちの2つの形質までしか入ることは出来ないということになる。

    たとえば、一人の個人を考えた時には、A型かB型かO型かAB型のどれか一つしか取れないが、ヒトを集団で考えた時には、A,B、O,ABの各型が共存しているということになる。A型の人が何%、B型の人が何%、AB型の人が何%と表現できるのだが、この各型の頻度は閉じた集団中では時代が変わってもそれほど大きく変化することは無いと言われている。しかし、各遺伝子型の存在比率は国や民族の間で大きく異なっているということは良くあることである。

  2. ハプロイド

    高等動植物は一つの個体中には染色体が『1組二本』存在している。正確には細胞中に『一組2本』の染色体が存在しているというべきところであるし生物種によって本数は多様で人の場合は1組46本ということになる。また、一人の個体を構成している体中の全ての細胞は同じ染色体を持っているということが前提である。

    細胞中にセットで存在している染色体は、常に一組2本づつとして考えなければならないと事はややこしくなってしまう。そこで、あえて一組という表現を解除し、1本づつにして考えようということにしたのがハプロイド、つまり半数体ということである。これは1倍体とも表現する。

    ところで、通常の細胞(体細胞)では常にハプロイドの染色体がセットになってダブルになっているので倍数体(ディプロイド=2倍体)と呼んでいるが、体の中の特定の場所にはハプロイドの細胞が存在しているのである。その場所は生殖組織で、男性の場合なら精子、女性の場合なら卵子ということになる。

  3. ハプロタイプ

    さて、以上のことを踏まえてハプロタイプということが理解できるようになる。つまりハプロタイプというのはハプロイドつまり半数体(1倍体)の『タイプ』ということである。このタイプとは型ということになるが、何の型かというと、それは複数の遺伝子の組合せということになるのである。混乱しないように注意して欲しいことは、一つの遺伝子にも複数の型が存在していたが、一つの染色体上には複数の遺伝子型の連なって存在しているということなので、その組合せを問題にしようということなのである。一つ一つの遺伝子には複対立遺伝子が存在しているので、複数の遺伝子について考えると、そうした複対立形質の組合せということになり、その組合せにはかなりの多様性があるということになる。それを一人一人の人に対して、明らかにしたものがハプロタイプということになる。

  4. ハプロタイプマッピング

    このハプロタイプを一人一人の個人について明らかにしてそのデータをデータベース化することによって、特定の集団中で特定の遺伝子に注目して調べることが容易に出来るようになる。そうすると、特定の集団に存在している遺伝子の型が効率良く調査できるようになるし、民族間、国家間での特定の遺伝子の存在頻度(出現頻度)の違いを読み取ることが出来るようになる。このようにハプロタイプの型の多様性をデータベース化してしまおうというのがハプロタイプマッピングということになる。

    目的は集団の遺伝子型の分布を調べて、色々な問題を解決するための手段として利用しようということが目的なので、個人の名前や住所など、個人を特定するための情報はこのデータベースに入力する必要は無い。もちろん、こうした情報が入ることによって個人に不利な状況をもたらすことになるので、本当に個人を特定する情報が入っていないかどうか、その点については何らかの規制や正しく行なっているかどうか確認する手段が必要となる。

    こうしたハプロタイプの組合せの研究から、日本人には中国系、韓国系、南方系の3つのハプロタイプが共存しているということが明らかになってきたようである。

    2003年になって、ヒト遺伝子の全配列の解読が完了したことを受けて、国際協力によってこのハプロタイプマッピングを行おうという提案が成され我が国も積極的に参加する意思を表明している(日米科学技術協力協定・外務省)。

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