【ヘルシンキ宣言】

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人間における生物医学的研究(biomedical)を行なう医師の手引のための勧告
1964年ヘルシンキで採択、1975年東京・1983年ヴェネツィアで改訂
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〈序言〉

    医師の使命は健康を護ることにある。医師の知識と良心はこの使命遂行のためにささげられるものである。

    世界医師会のジュネーヴ宣言は、医師を「私の患者の健康は私の第一の関心事である」という言葉にむすびつける。また「人間の肉体的・精神的抵抗力を弱めるような医療を医師が行なおうとする場合、それは『患者の利益』のためだけに行なわれるべきである」と医学倫理に関する国際コードは宣言している。

    人間を対象とした生物医学的研究は、診断的・治療的・予防的手段および疾病の原因と病理発生についての理解を改善するものでなくてはならない。

    こんにちの医療の場では、診断的・治療的・予防的手段の多くは偶発事故を招くことを避けられないが、ことに生物医学的研究の場合はそうである。

    医学の進歩は、一部分は”直接”人間を対象とした実験に最終的には依拠せざるをえない研究にその基礎を置いている。

    生物医学的研究の分野においては、患者の診断と治療を本質的な目的とした医学研究と、研究対象となる人間に対しては直接の診断的・治療的価値をもたない純粋に科学的な医学研究との間の区別を認識しなければならない。

    環境に影響を与えるような研究の遂行には特別の注意が必要である。

    研究に用いられる動物の福祉(welfare)もまた尊重されねばならない。

    科学知識の増進をはかり、悩み苦しんでいる人々を助けるためには、研究室内の実験の成果を人間に適用することが必要欠くべからざるものであるという理由から、人間を対象とする生物医学的研究を行なう医師のための指針として、世界医師会は次の勧告を作成した。この勧告は将来も引き続いて検討されねばならないものである。しかしこの基準は全世界の医師たちのための単なる指針として起草されたものに過ぎないことを強調しておかなければならない。医師たちはそれぞれの国の法律が定める刑事上・民事上そして道義上の責任を免れることはできないのである。

〈1 基本原則〉

  1. 人間を対象とする生物医学的研究は、一般に受け入れられている科学的原則に一致し、適切に行なわれた研究室内の実験と動物実験にもとづき、さらに科学的文献を充分渉猟したうえで行なわれねばならない。

  2. 人間を対象とする実験的手続きのデザインとその遂行過程のひとつひとつは、実験計画書に明確に定式化され、その目的で設立された独立の委員会に計画書が提出され、考察・論評・指導を受けねばならない。

  3. 人間を対象とする生物医学的研究は、充分臨床的能力のある医師の監督下に資格のある者によって科学的に行なわれなければならない。対象となった人間に対する責任はつねに医学的に資格を持っている者の側にあるのであって、研究対象となった人が同意したからといってもそれらの人の側には、ない。

  4. 人間を対象とする生物医学的研究は、その研究目的の重要性がその対象となる人のリスクに見合うものでなければ、合法的に行なうことができない。

  5. 人間を対象とするすべての生物医学的研究の計画を立てる前に、その対象となる人やそれ以外の人に期待できる利益と対比したうえで、予想されるリスクを注意深く考慮しなくてはならない。対象となる人の利益が科学と社会の利益に優先するよう、つねに配慮されねばならない。

  6. 研究対象の人が自身の統合性を防衛する権利がつねに尊重されていなくてはならない。対象のプライバシーを尊重し、研究が対象の肉体的・精神的統合性と対象の人間性に及ぼす衝撃を最小限にするために、あらゆる注意が払われねばならない。

  7. 随伴する偶発事故を予見できることを確認しないうちは、医師は研究計画に従事することを差し控えなくてはならない。得られるかもしれない利益よりも偶発事故のほうが重大であると分かったときは、医師はいかなる研究をも中止しなくてはならない。

  8. 研究成果の出版に際しては、その成績の正確さを失わないように努める義務がある。この宣言において確立された原則に一致しない報告は、出版を拒否されなくてはならない。

  9. 人間を対象とするいかなる研究においても、研究対象となることが予想される者すべてに対し、その研究の目的・方法・予期される利益・起こるかもしれない偶発事故およびそれによってもたらされるかもしれない不快について適切に説明しなければならない。彼らにはその研究に参加することを拒む自由があり、また[研究の途中で]いつでも協力への同意を自由に取り消してよいという説明がなくてはならない。そして医師は、自由に与えられた、説明を受けたうえでの同意を、できることなら[口頭ではなく]書類の形で得ておくことが望ましい。

  10. 説明されたうえでの研究計画に対する同意を得る場合、医師はその対象となる人が医師に対して依存関係にあるのではないか、強制の下での同意ではないかということを特に考慮しなくてはならない。そのような恐れがある場合は、その研究に従事していない、かつ職務上まったく無関係な立場にある医師が説明して同意を求めるようにしなければならない。

  11. 法律上の能力を欠いている人に対する場合は、説明されたうえの同意は法的に認められた保護者によって与えられなくてはならない。肉体的あるいは精神的に、説明をきいたうえでの同意を与える能力のない人の場合、あるいは幼少者の場合はその国の法律で定める責任ある近親者が対象者の代理を務めることとなる。もし幼少者が実際に同意を与える能力をもつときは、法的代理者の同意に加えて対象者本人の同意も得ておかなくてはならない。

  12. 研究計画書にはつねにどのような倫理的配慮をしたかについての記述を含めなくてはならないし、本宣言中に表明された原則に従ったものであることを明らかにしなくてはならない。

〈2 専門的ケアに結びついた医学研究(臨床研究)〉

  1. 患者を治療するに際して医師は自分の判断で、生命を救い、健康を回復させ、苦悩を軽減させる望みがあると考えるなら、新しい診断法や治療法を用いる自由がなくてはならない。

  2. 新しい方法の予想される利益と偶発事故と不快さを、現行の最善の診断法や治療法の利点と比較・評価しなくてはならない。

  3. いかなる医学的研究においても・・・・対照群がある場合はそれに割り当てられた患者も含めて・・・・<こんにち>最善と考えられる診断法および治療法が保証されていなくてはならない。

  4. 患者が研究に参加することを拒んだとしても、そのために医師と患者の間の関係が損なわれてはならない。

  5. 説明したうえでの同意を求めるべきではないと医師が考える場合は、その理由を計画書に欠いて1の2に記載した独立委員会に提出しなければならない。

  6. 当該患者に対する診断上あるいは治療上の予想される利益によって正当化される限度においてのみ、医師は新しい医学知識の獲得を目的とした医学研究を職業上のケアと結びつけることができる。

〈3 治療に無関係な生物医学的研究(非臨床的生物医学的研究)〉

  1. 人間に対して行なわれる医学研究の純粋に科学的な適用に際しては、生物医学的研究の対象となる人の生命と健康の保護者としてとどめるのが医師の義務である。

  2. 健康人であろうと、実験のデザインが自分自身の病気に無関係な場合の患者であろうと、研究対象となる人は自発的志願者でなくてはならない。

  3. 研究者または研究チームは、もし続行すれば個体に対して有害であると判断したときは研究を中止しなくてはならない。

  4. 人を対象とする研究においては、科学上の興味・社会の利益が、対象者自身の安寧に関しての考慮を決して凌駕してはならない。


上農 哲朗 訳

NIFTY-Serve:医と社会のフォーラム(FMEDSOC)より転載しました。上農哲朗氏に感謝いたします。