時の法令1534号, 50-58,1996年11月30日発行
民主化の法理=医療の場合 28


緩和ケアをめぐる問題
イギリスの自発的安楽死法案草案

星野一正


現在、自発的安楽死が法的に容認されたのは、オーストラリア北准州だけであり、その法律は、「終末期患者の権利法」という(時の法令一五〇〇号)。アメリカでは、ワシントン州・カリフォルニア州やオレゴン州で法案を提示して住民投票をしたが、現在までに法制化に至っていない(時の法令一四八二号)。しかしその後、自発的安楽死を禁じる州法は、違憲だとする訴えが、ワシントン州やニューヨーク州の患者や担当医師らによってなされ、目下、連邦最高裁判所で係争中である(時の法令一五二四号)。

オランダでは、自発的安楽死を禁じる厳しい刑法がありながら、自発的安楽死の社会的容認に向けて二〇年以上の努力の蓄積により(時の法令一四八○号)、埋葬法に異常死の届出制度を導入して、自発的安楽死の違法性を阻却する道を開いた。自発的安楽死をさせた医師は、詳細な異常死の届けを検察庁に提出しなければならず、起訴するか否かを決定する検察長官委員会における書類審査に基づく審議の結果、厳しい条件を満たしている場合には、医師の行為の違法性が阻却されて、起訴されない場合が多くなった(時の法令一四七八号)。

なお、諸外国における自発的安楽死の法的現状の詳細については、大蔵省印刷局発行の拙著単行本『わたしの生命はだれのもの−尊厳死と安楽死と慈悲殺と』を参照されたい。

最近、イギリスの自発的安楽死協会が「自発的安楽死法案」草案を発表し、広く意見を求めているので、翻訳して、次に紹介する。意見のある方は、英文意見書をイギリスの自発的安楽死協会に直接郵送されたい。住所は次の通りである。

Voluntary Euthanasia Society, 13 Prince of Wales Terrace, London W8 5PG UK

*

「自発的安楽死法」法案草稿

○終末期疾患あるいは不治の身体的状態の結果として苦痛に苦しんでいる者に、その生命を終焉させるために医師に幇助を要請することを可能にする法律

女王陛下によって、次のように制定される。

1資格のある患者は、次の者である。

①成人であり、また、

②連合王国(UK)に通常居住しているか、あるいは本法律の1④に述べられている二種類の要請のうちの最初の要請書の署名年月日で終わる少なくとも六か月間の期間に継続的に居住していた人で、

③二人の医師(二人のうちの二番目の医師は、問題になっている身体的な疾患あるいは機能失調についての立会い医師でなければならない)に診断された終末期疾患あるいは不治の身体的状態に苦しんでおり、それによって耐えられない身体的あるいは精神的な苦痛に苦しんでいる人で、

④本法律の別表第一部と第四部に詳述してある形式に本質的に沿った二種類の「幇助要請書」に署名した人、あるいは、その人のために署名を余儀なくさせられた人で、署名後にこれら二種類の要請書のいずれかを無効にするようにと申し立てたことがない人である。

2患者は、自分の「幇助要請書」の保管者に、その要請書の有効性を無効にするようにと要請して、要請書に『無効』という文字を記入すれば、いつでも無効にすることができる。「幇助要請書」の保管者は、患者が申し出た要請を、ただちに実行しなければならない。

3時が経過したために、あるいは自分の「幇助要請書」を無効にしたために、資格のある患者でなくなった者でも、本法律の条項によって、将来いつでも資格ある患者として認められる。

1本法律の条項により、資格のある患者が自分の生命を終焉させることができるように幇助することは合法的である。ただし、そのような幇助は、次に掲げる者のいずれかが実施した場合にのみ合法的である。

①資格のある医師、あるいは、

②資格のある患者が受診しており、資格のある医師が関係している医療機関の医療従事者の一人、あるいは、

③資格のある患者が幇助を要請しようとしている資格のある医師から診療を受けている病院、療養所、又は他の施設の医療従事者の一人、あるいは、

④資格のある薬剤師

という条件で、Ⅱ1②及び③の場合には、資格のある患者が幇助を要請しようとしている資格のある医師から直接に指示を受けながらその医師の下で働いている医療従事者、及びⅡ1④の場合には、薬剤師による幇助は、資格のある医師がその患者のために処方した薬剤や他の物質を調剤したり提供することに限られている。

2本法律の別表の第一部から第四部までに詳述してある要請書が完成した際に、その要請書が患者の病歴簿に記録として残されたことを確認することは、本法律の条項の下で幇助が提供される患者への診療の全責任者である医師の責任である。

資格のある患者のために行われる幇助は、

①資格のある患者が自分の生命を終焉させるのに使われる薬剤や他の物質の処方箋の供給と調合。

②資格のある患者が自分の生命を終焉させる目的で活性化する致死的薬剤や他の物質を含んでいる機器の調達、準備及び資格のある患者への取付け。

③Ⅲ②で上述した機器、すでに使用した、あるいは新品の機器を、資格のある患者自身が自分の生命を終焉させる目的で意図的に活性化させてある場合には、このような機器の中のどれでも修理、詰替え、保守保存、交換、再起動あるいは再度の取付け。

1本法律の目的のために、ただし、下記のⅣ2と3の条件下で、最初の「幇助要請書」の署名年月日よりさかのぼり持続的に三年間、医師審議会(General Medical Councill)により登録され現在も登録されている臨床医は、資格のある医師である。

2下記の条件がなければ、資格ある医師となる候補者と考えられるのに、そうは考えられない、もし、

①医師が、幇助の対象となる者の親戚(別に定義される)である、あるいは、

②医師が、幇助の対象となる者と仕事上の関係者(別に定義される)であるか、幇助の対象となる者の親戚と仕事上の関係者(別に定義される)である、あるいは、

③医師あるいはその医師と関係のある者(別に定義される)が、幇助を要請する患者の死亡によって、正当な医療行為に対する報酬以外に、経済的に恩恵をこうむることを、医師が知っているか、医師が合理的な調査をすれば分かったはずである。

3幇助を希望している患者の診療にかつてかかわっていた医師は、本法律の別表第三部に詳述してある要請書を完結させる資格のある医師ではない。

1自己の生命を終焉させる資格のある患者になれるように、その者との契約あるいは何らかの制定法又は他の法的必要要件によってだれかを支援したり、あるいは直接的に又は間接的に支援したりする義務はだれにもない。

2本法律の条項に関連した幇助を要請する患者に応じることが、自己の道徳観からできない医師は、その患者の診療を他の医師に肩代わりしてもらうべく、実務上可能な早い時期に、すべての必要な手続を取らなければならない。

本法葎の条項に従って、良心的に過失もなく実施された専門的規律に従ったいかなる行為に対して、何人も民事的あるいは刑事的責任を負わない。

本法律の条項を履行した結果として患者が死亡した場合に、本法律の可決後に有効となった生命保険証券の条項は、生命保険契約者が死亡する少なくとも一二か月前に発効していたならば、証券会社が保険条項を無効にしたり、生命保険金の死亡者への支払を制限する権利を生命保険協会(the assurance society)に認めることを意味しない。

本法律の条項に従ってだれかにその人の生命を終焉させるようにと脅迫したり、あるいは不法な影響を及ぼす者、あるいは本法律の別表に詳述してある「幇助要請書」のいかなる部分でも変造したり、あるいは「幇助要請書」を無効にして欲しいという本人からの要請にもかかわらず無効にしなかった者はだれでも、一四年を超えない期間の懲役刑で起訴されることに対して責任を負うべきである。しかし、この項目での犯罪についての法的手続は、公訴局長官(Director of Public Prosecutor)の同意による以外には、制定されない。

1資格のある患者に本人の生命を終焉させることができるように幇助するか、他の者に幇助するように指示する前に、本法律の別表第一部と第四部にかかわる「幇助要請書」が患者の病歴に添付してあることを確認することは、その責任を与えられている全責任者である資格のある医師の義務である。この「幇助要請書」は、完全に記入された上で署名されており、必要があれば証人の署名もあり、しかも、「無効」と明示されていない。

2資格のある患者が自分で自分の生命を終焉させることができるように幇助が行われて死亡した後で、本法律の別表第五部に詳述してある書類を仕上げて、書留で、資格のある患者の死亡を確認後三日以内に、その書類を検死官に郵送することが実施された幇助の全責任者である資格ある医師の義務である。この書類の複写あるいはフォトコピーは、患者の病歴にも綴じ込んでおかなければならない。

3上記のⅨの必要条件に応じないことは、資格ある患者に死をもたらす目的で実施した幇助の全責任者である資格ある医師が刑事上の犯罪を犯したことになる。上記のⅨ1の必要条件に従っていないことを知りながら、そのような状態で幇助を与えた他の人はだれでも、刑事上の犯罪を犯したことになる。起訴事実について有罪が決定すると、その者は、一四年を超えない期間の懲役刑を受ける責任が生じる。しかし、この項目での犯罪についての法的手続は、公訴局長官の同意による以外には、制定されない。

4資格のある医師が、上記のⅨ2で課されている義務を果たさなかった場合には、軽罪を科される(およそ五〇〇〇ポンドまでの罰金)。

1保健大臣(Secretary of State for Health)は、資格のある患者が、自分の生命を終焉させることができるように提供するのに適当な幇助の型や方法についての指針となる実施規範を作成し、時々改定する。

2保健大臣は、当面、実施中の実施規範を出版し、それらの書類のコピーを国会に提出する。

3上記の一の条項のもとで実施中の実施規範を尊重することは、本〜法律の条項により行動している医師の義務である。

4このパラグラフのもとで実施しているいずれの規範も、どの民事事件あるいは刑事事件でも証拠能力のある証拠となり、もしそれらを、裁判所が、裁判中に生じた問題点について判断するのに関係があるならば、斟酌するであろう。

XI

本法律の条項に従って起こった死亡は、自殺法(一九六一)二条一節のもとでの犯罪を構成しない。

XII

次に掲げる定義が適用される。

「終末期疾患」とは、合理的な医学的判断により、患者本人が望まない治療をせずに自然の成り行きで、今後六か月以内に死亡すると思われる疾患を意味する。

「不治の病状」とは、不治の重症の身体的疾患あるいは重症の身体的障害を意味する。

XIII

本法律の目的に関する条項は…。

XIV

本法律は、…として引用される。

別表

第一部

一自分の生命を終焉させるために医師に幇助を受けたいと希望する患者の書面による最初の要請書は、次の情報を必ず含んでいなければならない。

①患者の姓名、自宅の住所、性別、出生日、婚姻状態

②患者が苦しんでいる終末期疾患あるいは不治の病状の性質

③患者は通常連合王国に住んでおり、患者の要請書の署名日までの少なくとも六か月の期間、継続的に連合王国に住んでいたことの患者からの確認

④患者が、彼の病状、治療や、あるいは緩和ケアについて説明されたことの患者からの確認

⑤患者の医学的状態が耐えられない精神的あるいは身体的苦痛を起こしていることの患者からの確認

⑥患者から、彼の生命の終焉を早める手助けに医師から幇助を受けたいこと、また、この要請を彼の医師からあるいは他のだれかからの脅迫、圧力あるいは不適当な影響でそのようにするわけではないことの確認。

二書かれた要請書は、通常患者によって署名され日付けが入れられなければならない。しかし、もし患者の医学的状態のために患者が要請書に署名できないときには、彼の要請により彼のために弁護士が署名し、日付けが入れられなければならない。

三患者の署名あるいは弁証士による患者の代理署名は、二人の証人が立ち会って署名をしなければならない。証人は、次の者であってはならない。

①本別表の第二部と第三部で必要な要請書に署名する複数の医師のいずれも。

②問題となる患者の親戚(別に定める)に当たる者はだれでも。

③問題となる患者が最近暮らしていたり、あるいは治療を受けていたすべての病院、療養所、引退所あるいは診療所の経営者、所長、支配人あるいは使用人。

第二部

一下記のパラグラフニと三に特定してある情報を記載した要請書は、患者が文書による最初の要請書に署名した日から七日以内に患者を診察した資格のある医師によって完了されなければならない。患者を診察した日に資格のある医師が要請書に署名し日付けを入れなければならない。

二資格のある医師は、自分の姓名、職場の住所、医師資格、及び患者の名前と生年月日とを述べなければならない。

三資格のある医師は、以下のことを確認しなければならない。

①七日以内前に患者が、あるいは患者のために、署名して日付けを入れた文書による最初の要請書を医師が読んだことがあること。

②患者の終末期疾患あるいは不治の病状が文書による最初の要請書に正しく記載されていると医師が信じていること。

③患者の病状が患者に耐えられない精神的あるいは身体的な苦痛を与えていると医師が信じていること。

④医師は、患者の病状の診断や予後並びに可能な治療や緩和ケアについて、患者と話合いをしたこと。

⑤患者が自分の病状を理解しており、自分の生命を終焉させる幇助を医師に受けたいと願っていることを確認したこと。

⑥患者が脅迫されたり、不適当な影響の結果として、あるいは医師の幇助による死を要請することについての何かの誤解の結果として患者が要請しているときは、医師は信じられないこと。

⑦医師は、P.A.S.Actの条項のもとに、患者は医師の幇助による死の資格があり、自分はこの患者に対して資格のある医師であると、自分の知る限り並びに確信により納得していること。

第三部

一下記のパラグラフ四と後に特定してある情報を記載した要請書は、患者がかかっている身体的疾患あるいは障害の立会医師である第二の医師によって、完了されなければならない。

二第二の医師が、別表の第一部と第二部に従って完備している要請書を読んだ後まで、この要請脅は完成させてはいけない。

三第二の資格のある医師が、患者を診察し、また彼が必要とする医学的な情報をさらに入手するまでは、この要請書に、第二の医師は、署名し日付けを入れてはならない。

四第二の資格のある医師は、自分の姓名、職場の住所と医師資格とを述べなければならない。

五第二の資格のある医師は、次のことを確認しなければならない。

①第二の資格のある医師は、別表の第一部と第二部で要求されている完了した要請書を読み、そして署名をしたこと。

②患者がかかっている身体的疾患あるいは障害の立会医師であること。

③別表の第一部で要求されている要請書に記された日付けの日あるいは後日に患者を診察したこと、並びにそれ以前に、その患者の医療にかかわったことがないこと。

④患者の医学的状態を自主的に診断するために彼が必要とするような病歴簿を入手したことがある。

⑤患者の終末期疾患あるいは不治の病状が文書による最初の要請書に正しく記載されていると医師が信じていること。

⑥患者の病状が患者に耐えられない精神的あるいは身体的な苦痛を与えていると医師が信じていること。

⑦医師は、患者の病状の診断や予後並びに可能な治療や緩和ケアについて、患者と話合いをしたこと。

⑧患者が自分の病状を理解しており、自分の生命を終焉させる幇助を医師に受けたいと願っていることを確認したこと。

⑨患者が脅迫されたり、不適当な影響の結果として、あるいは医師の幇助による死を要請することについての何かの誤解の結果として患者が要請しているとは、医師が信じられないこと。

⑩医師は、「医師による自殺幇助法」の条項のもとに患者は医師の幇助による死の資格があり、自分はこの患者に対して資格のある医師であると、自分の知る限り並びに確信により納得していること。

第四部.

一患者の文書による二番目の要請書は、最初の文書による要請書の日付けから三日以内に、あるいはこの別表の第三部で要求されている要請書が第二の資格のある医師により署名されて日付けが入れられた日の翌日以前に、日付けを入れてはならない。

二患者の文書による二番目の要請書は、次の情報が含まれていなければならない。

①患者の姓名と生年月日

②自分の生命を早めに終焉させるように手助けするために医師の幇助を受けたいとまだ希望していることを患者から確認すること。

三患者の文書による二番目の要請書は、この別表の第一部のパラグラフニと三での要求により、署名され、日付けが入れられ、そして証人が立ち会わなければならない。

第五部

一下記のパラグラフニから五で要求されている情報を記載した要請書は、患者の生命を終焉させるために患者を支援する幇助に対して全責任をもつ資格のある医師によって完了させなければならない。

二医師は、自分の姓名、職場の住所と医師資格とを述べなければならない。

三患者の姓名と生年月日並びに患者の死亡場所と年月日

四患者の生命を終焉させるために患者を支援する幇助の方法、並びに患者の死亡は幇助した結果かあるいは他の理由によるものかについて述べなければならない。

五医師は以下のことを確認しなければならない。

①患者を幇助する前に、医師は要請書を読み、この別表の第一部から第四部で要求されている要請書は適正に完了し、署名並びに必要な場合には証人の立会いもあり、条件を満たしていなければならない。

②患者の生命を終焉させる幇助をした年月日は、この別表第一部で 要求されている要請書が署名された年月日から三か月を超えていてはならない。

③医師は、「医師による自殺幇助法一九」の条項のもとに患者は医師の幇助による死の資格があり、自分はこの患者に対して資格のある医師であると、自分の知る限り並びに確信により納得していること。


星野一正
(京都大学名誉教授・日本生命倫理学会初代会長)