時の法令1558号, 57-63,1997年11月30日発行
民主化の法理=医療の場合 38


オレゴン州尊厳死法の住民投票による容認

星野一正


まえがき

一九九四年一一月八日に、オレゴン州では、「医師による患者の自殺幇助」(Physician-assisted suicide)を法的に容認する「オレゴン州尊厳死法(The Oregon Death With Dignity Act)」法案一六を提示して住民投票を実施した結果、法制化賛成五一・三%と法的過半数を超えた賛成票を得て、法制化への第一関門を通過した。

ところが、この法案が発効するまでの一五日間の猶予期間の最終日である二月二三日に、「医師による患者の自殺幇助」に反対する患者、医師および養護施設を含む医療機関が、「本法案は米国憲法修正一条および二四条に違反している疑いがある」と訴え、連邦地方裁判所から「法制化手続の執行」の暫定的差止命令(preliminary injunction)が出され、さらに一九九五年八月三日には「法案は違憲である」という理由で、「法制化手続の執行」の本案的差止命令(permanent injunction)の判決が下された(本誌一五二六号五二〜六一ページ、一九九六年)。

連邦地方裁判所のこの判決について、連邦控訴裁判所(日本の高等裁判所に相当)第九巡回裁判所に控訴して争われた結果、一九九七年二月二七日に逆転判決(本誌一五四二号七〇〜七五ページ、一九九七年)が下され、連邦地方裁判所に対して、法制化手続差止命令を撤回するように指示された。

しかし、法制化反対派は、この判決を不服として、連邦最高裁判所に上告した。また、反対派の共和党議員は、オレゴン州議会において「法案一六」の廃止を主張したが、民主党のオレゴン州知事が法案の廃止に反対したので、「一九九四年提出のオレゴン州尊厳死法法案一六の廃止を問う住民投票のための法案五一」を議会に提出し、一九九七年九月二日に可決された。

一方、上告を受けていた連邦最高裁判所は、その後、一九九七年一〇月一四日に、連邦控訴裁判所の判決を支持し、上告理由を認めなかった。このような状況のなかで再度住民投票が行われた結果、前回を上回る六〇%の賛成票が得られ、オレゴン州では、再度、法制化への道が開けた。

一九九七年一一一月四日の住民票の開票

一九九七年の一〇月半ばにオレゴン州住民に「法案五一について住民の意思を問う」住民投票用紙が郵送され、郵便による投票が開始された。同年一一月四日の午後八時に投票は締め切られ、即時開票が開始され、午後一一時に開票を終了した。

その結果、「オレゴン州尊厳死法廃止法案五一」について賛成四〇%に対して反対六〇%という結果となった。一九九四年の前回の住民投票の結果(法制化賛成五一・三%)をはるかに上回り、自殺幇助の法制化賛成六〇%という結果となった。

違挙前の賛否対決の事前活動

前回の一九九四年の住民投票の際には、自殺幇助反対のカトリック信者や妊娠中絶反対団体などが、宗教的、道徳的、倫理的な理由を前面に出して、極めて活発な反対キャンペーンを繰り広げ、四〇〇万ドルの運動資金を注いだと報道されていたが、今回も同様に四〇〇万ドルの運動資金を注いだと推定されており、それに対して、法制化運動家たちは八○万ドルしか使わなかったと報道されている。今回の反対運動では、前回と全く異なり、宗教的、道徳的、倫理的な理由を完全に引っ込めて、法制化反対の医師を全面に出して、致死薬の服用による患者の苦しみなど医学的な理由を挙げて、反対運動をした。しかし、その反対運動のやり方があまりにも気味の悪い内容が多くて顰蹙を買ったと伝えられている。たとえば、次のような内容が報道されている。若い患者が致死薬を服用した後で、気持ちが悪くなって吐いてしまい、吐物を気管に吸い込んで呼吸困難で苦しみ、身悶えしながら数日の間苦しみぬいて息を引き取った状態を克明にビデオにとり、「この法律が制定されたら、このような患者が沢山出てしまう」と訴えたくて、オレゴン州のポートランド市のテレビ局に放映を依頼したところ、「三大テレビ局が放映を拒否した」と報道されている。反対運動が裏目に出て、逆効果が出てしまったようである。

オレゴン州尊厳死法の特徴

オレゴン州尊厳死法の法案一六は、米国の安楽死に関連した法案の中で、住民投票で法制化賛成と認定された唯一の法案であるが、オレゴン州に先立って住民投票した他の州の法案とどのような違いがあるのであろうか。

ワシントン州において、「イニシアティブ(Initiative)一一九」を提示して、一九九一年二月五日に実施した住民投票の結果は、法制化賛成が四六%で過半数に達せず失敗に終わった。

次いで、カリフォルニア州では、ワシントン州での法案と基本的にはほぼ同一の法案を提示して、一九九二年一一月三日に住民投票を実施した結果、反対票が五三%で、法制化は成功しなかった。

米国におけるこれら二州の法案は、いずれも「六か月以内に死期が迫っているという二人の医師の判断による書面があり、しかも知的精神的判断能力のある成人末期患者が、人道的な方法で穏やかな死への幇助(aid-in-dying)を医師に望むことを自主的に決定して、それを実施してもらいたいと思うその時点で、二人の証人の立会いのもとで自分自身で文書を作成した上、患者本人が医師に直接にその旨を要請し、その医師の手によって死への幇助をしてもらう権利を、法律が認める」という内容であり、「自発的に医師に要請した患者本人に、医師が致死薬を注射するという積極的手段により患者の生命の終焉をもたらす安楽死『自発的積極的安楽死』を患者が医師に要請する権利を認めるもの」であった。それに比して、オレゴン州の法案は、「自発的積極的安楽死」を認めていない。オレゴン州の住民で、担当医あるいは立会い医師などの複数の医師によって、「不治の病でよくなる見込みが全くない終末期の病気にかかっていて、適切な医学的判断によれば半年以内に死亡すると推定できる」と診断された、判断力のある成人患者は、この法律の適用を受けることのできる資格がある。患者自身が自主的に決断して、自分の医師に、「人道的で自分の尊厳を守ってくれる方法で生命を終焉させうる薬剤を処方して欲しい」と要請することが法的に認められるようになる。このような要請を医師にすると、医師から詳しい説明をされる。致死薬の処方峯をもらったら、その結果どういうことになるのかもはっきりと理解し、この方法以外にも代替え手段はあるということを医師の説明で理解する知的精神的判断能力のある成人末期患者、つまり自主的に判断して自己決定するインフォームド・ディシジョン(informed decision)ができる患者だけに法的保障が与えられる。ここで、なぜ、インフォームド・コンセント(informed consent)ではなく、インフォームド・ディシジョンでなければならないかについて、著者から理由を付言しておきたい。

インフォームド・コンセントの過程は、患者が医師からよく説明を受けて理解し納得した上で自主的に判断して、医師が与えた選択肢の中から一つの選択肢を選んで、自分の受ける医療を自己決定(インフォームド・ディシジョン)した上で、その医療を受ける場合に与えられる医学的侵襲を受け入れることに同意して、その医療を受けるのである。インフォームド・コンセントの同意とは、このような意味をもつ法理なのである。

オレゴン州の法案一六の定めには、次の幾つかの条件が含まれている。自殺幇助を受けたいと自主的に医師に幇助を要請する場合には、医師から患者が、自分の病状や予後、代替え医療や緩和医療、ホスピスケアなどについてはもちろん、致死薬の服薬による医学的な事柄を詳しく説明、つまりインフォームされた後では、患者は、医師を含むだれからも、何ら影響を受けることなく、患者の自主的判断による自己決定権の行使が必須の条件なのである。それゆえ、だれも患者に暗示、説得、教唆、強制、あるいは影響を与えて、自殺幇助を受けることについての同意(consent)を得てはならないのである。

その上、一九九六年に一部改正されたオレゴン州の修正法案一六には、次の刑罰も定めてある。

「生命を終焉させる目的で医師に薬剤投与を要請することを患者に強制したり不法な影響を及ぼした者、あるいはこのような患者の医師への要請の取消しを無効にする者は、A級重罪(Class A felony)として有罪である」

このような薬剤を要請した患者に処方箋を提供できるのは、オレゴン州で処方箋の書ける医師に限られている。また、その致死的薬剤をもらった患者が自分自身で服用して死ぬ場合に限られている、という特徴がある。つまり、医師は、要請した患者に処方箋を渡すだけであり、その薬剤を服用するかしないかは、患者だけが決められるもので、だれも患者に自殺することを示唆したり、強制するものではない。

オレゴン州の修正前の法案一六の大要は、本誌に翻訳してあるが(一五二四号五九〜六六ページ、一九九六年)、重要な条文を列記しておく。

「オレゴン州尊厳死法」法案にかけられている歯止め条項

「オレゴン州尊厳死法」法案一六には、次に挙げるような多くの歯止め条項がつけられている。これらが本法案の特徴である。

○オレゴン州の住民でない人には投薬を受ける資格がない。

○判断力が損なわれている精神病患者や心理的異常状態あるいは鬱状態の患者は、致死的投薬を受ける資格がない。

○オレゴン州で開業する資格のない医師には自殺幇助は許されていない。

○医師や他の患者をケアしている医療提供者は、このような方法に参画するのを拒否しても差し支えない。

○致死的薬剤の注射、慈悲殺あるいは積極的安楽死は許されていない。

○まず終末期の患者は、担当医から半年以内しかもたない生命であることを告げられる。

○患者が自発的に担当医に、尊厳のある死を迎えるための薬剤を処方して欲しいと口頭で要請すると、一五日間の待機期間が始まる。

○第一回目の待機期間に、担当医は、患者が自分の病気の診断や予後について理解していることを確かめ、患者に、鎮痛療法、ホスピス・ケアや精神的支援のケアを含むすべての選択肢について知らせる。担当医はまた、患者に処方された薬剤の服用に伴う危険や予期した結果についても知らせる。そこで、担当医は、患者が自分の医療についての選択をする能力があり、自主的に判断することができることを確かめる。

○担当医は患者に、患者が医師に要請したことを近親者に知らせるように要請する。

○患者が医師に要請した後で、いつでもまたどのような方法でも、要請を撤回することができることを、担当医は、患者に繰り返し告げる必要がある。

○患者は第二の医師に回され、その医師により担当医の診断名や予後の推定が間違っていないことを確認してもらう。患者が自分の病気について意思決定ができ、かつ自主的に行動できるかどうかについても、担当医の意見が正しいかどうか確かめてもらう。

○担当医または第二の医師が、患者が精神病にかかっているとか、精神的異常状態あるいは鬱状態であると判断した場合には、患者はカウンセリングに回される。

以上述べたような段階を経てから、患者の口頭での最初の要請後、少なくとも一五日たった後、次の段階に移る。

○患者は、自分の要請を、二人の証人の前で自発的に書面を作成して署名するのであるが、証人のうち、少なくとも一人は親族でも後継人でもないことが条件である。

○患者は、口頭でした処方箋の要請を再び言わなければならない。

○担当医も再び患者に、処方箋の要請は、いつでも、また、どんな方法でも撤回することができることを知らせる。

○患者の口頭での最初の要請後少なくとも一五日たった後に行われた患者の書面による要請の時点で、第二の待機期間として、四八時間の待機が始まる。

〇四八時間の第二の待機期間が過ぎた後で、患者は、人道的で自分の尊厳を守ってくれる方法で生命を終焉させる薬剤の処方箋をもらうことができる。

○薬剤の処方箋を渡す際に、医師は、患者が十分に理解し納得した上で、自主的に判断して決定したことを、最終的に確認する。

○患者がこのようにして手に入れた薬剤を服用する際に、医師や患者の家族は、その場にいることを許されている。

オレゴン州尊厳死法の施行の見込みについての私見

自殺幇助を認める法案についての一九九四年の住民投票での賛成五一・三%から今回の六〇%へと飛躍的に支持率が向上した最近数年間のオレゴン州住民の国民感情の動きは無視できない。

ワシントン州、カリフォルニア州、オレゴン州の三州のみならず、ニューヨーク州、ミシガン州、フロリダ州などでも自殺幇助をめぐる憲法問題で裁判も行われてきている。連邦控訴裁判所第二巡回裁判所および連邦控訴裁判所第九巡回裁判所においては「自殺幇助を禁じる州法は米国憲法修正一条および二四条に違反している」と判断を下してきており、連邦最高裁判所が一九九七年六月二六日に下した判決で「自殺幇助を禁じているワシントン州とニューヨーク州の法律は違憲ではないが、立法権をもつ各州で自殺幇助を認める法制化をすることを妨げるものではない」と判断しており、さらに一九九七年一〇月一四日には連邦控訴裁判所の判決を支持し、上告理由を認めなかったことなどからして、米国では医師による患者の自殺幇助を容認する傾向に傾いていると言わざるをえない現状である。

しかし、自発的であろうとも、積極的安楽死が米国内で法制化される見込みはないに等しいと思われてならない。積極的安楽死という用語も最近では特別の場合を除き、ほとんど使われていない。

このような現状から、オレゴン州尊厳死法が、医師による患者の自殺幇助を認める米国における最初の法律となる確率は高いと思われる。


星野一正
(京都大学名誉教授・日本生命倫理学会初代会長)