時の法令第1460号平成5年10月30日発行
思いつくまま

男性同性愛は遺伝するのか
星野一正

子供のころから口紅を付けたり女装したりするのが好きで、自分が女の子であったらよいのにと思いながら育ち、思春期に入っても女の子に興味はなく、男らしい男性にどきっとして胸をときめかす男の子がいる。男でいるのが嫌で、女の子になりたくて、性器に性の転換手術を受け、豊胸術で女らしい胸の膨らみをつけ、ホルモン投与で女らしい肉付きと姿態をつくり、女に負けない美しい女体に変身する男の人もいる。日常の生活も女性として過ごし、いわゆる性の倒錯に満足するようになる。女の子に生まれてきたらよかったようなこのような男の子がどうしてできるのかは、いまだに解明されていない。形態的な男性化と精神的な男性化とが一致しないのは、後天的影響として、育った家庭の環境によるのか、文化的社会的影響によるのか、あるいは、先天的なものか、先天的とすれば、遺伝因子によるものか、子宮内でのホルモンなどの環境因子によるものなのか、諸説があるようであるが定説はない。

1981年にロスアンゼルスにおいてカリニ肺炎で次々と五人の患者が死亡したのが切っ掛けとなって、その翌年にこの感染性疾患は、エイズという新しい病名が付けられ公式に認められた。現在では、エイズは、その病原体であるヒト免疫不全ウイルス(HIV)が高濃度に含まれている血液、粘液あるいは瞳液を介して伝播することが判明しており、異性間性交渉により多くの感染が起こることも周知のこととなっている。最初の五人の患者たちが、たまたま、すべて男性同性愛者であったため、当初は、エイズは男性同性愛者の病気であると思われたくらいであり、だから「彼らがエイズにかかっても自業自得である」と冷たい目で見られていた。カリフォルニアでは、数年前に、何万人という男性同性愛着たちが、互いに愛し合い、同棲し、さらに結婚する自由すら主張し、ホモ・セクシュアルの社会的認知を求めて、一大パレードを行って世間にアッピールしたのは有名な話である。ホモ・セクシュアルは正常な行為といえるのであろうか。

去る7月16日発行の米国の科学雑誌サイエンス(SCIENCE Vol. 261, No. 5119, 321-327, 1993) に報告された国立癌研究所(NCI)のディーン・ハーマー博士らの論文は、人のX性染色体長腕のXq28領域中に男性同性愛を運命付ける遺伝子の存在を示唆して、注目を浴びている。

この論文の研究成果が広く認められるようになったときには、もし生まれてくる男の子が長じて劣性同性愛者となるように定められている遺伝子をもっていれば、男性同性愛者となるのが当然であって、従来本人の意思で男性同性愛者となる道を選んだと思われて、いたのが、実は先天的に定められていた宿命といわなければならなくなることもあるはずである。この遺伝子を異常遺伝子というべきか、男性同性愛を異常遺伝子による先天性疾患というべきなのか、正常の範囲の破格(variation)と認めるべきなのか、今後の研究の成果をまつ以外にはないといえよう。研究結果次第では、男性同性愛者の人権・社会的認識も将来違ってくる可能性もあり得ると思われる。

ハーマー博士らの研究では、まず男性同性愛者の 114家族の家系における男性同性愛者との関係を調査した。76人の男性同性愛者の場合には、一般大衆中の男性同性愛者率(二%)に比し、本人の兄弟(13.5%)、母方の伯父叔父(7.3%)や従兄弟(7.7%)に男性同性愛者が多く、38組の男性同性愛者兄弟の場合には、母方の伯父叔父(10.3%)、従兄弟(12.9%)と劣性同性愛者が多く、父親や父方の親戚にはその傾向が認められなかった。そこで、40組の男性同性愛兄弟についてのX性染色体におけるマーカーの解析の結果、33組においてXq28領域中に共通の遺伝子情報の存在が認められた。

ハーマー博士らの今回の研究では、調査の対象が男性同性愛者家族に限定されており、また母親のX性染色体にある22のマーカーの遺伝子地図の解析結果に基づいているので、信頼性が高いといわれているが、もちろん、多数の症例についてさらに確認を要することはいうまでもないことである。今後の研究の発展を期待するものである。


星野一正
(京都大学名誉教授・日本生命倫理学会初代会長)