このため、実験生物については、科学技術会議第16号答申において、次のように指摘されている。
このうち科学技術庁は、科学技術の総合調整の観点から、所管の特殊法人である理研等において、実験動物の開発、データベースの構築についての研究開発を行っており、文部省、厚生省及び農林水産省も、それぞれ所管行政を推進する観点から、所管の大学、国立試験研究機関等において、それぞれ実験動物の開発、保存・維持、供給等を行っている。
これら省庁は、実験動物あるいは実験動物を含む遺伝子資源の確保対策としてそれぞれ審議会等の答申又は報告を受けて、次のとおり、各種施策を進めている。
科学技術庁は、昭和59年6月の資源調査会の答申「遺伝子資源としての生物の確保方策について」を受けて、実験動物を含む遺伝子資源としての実験生物の確保、実験生物システム等の研究開発を推進しており、文部省は、平成元年6月の学術審議会学術資料部会小委員会報告「今後の系統保存の在り方について」を受けて、系統保存費を措置している実験動物の見直し、保存系統のデータベース化等を推進している。
また、厚生省は、平成3年6月の実験用動物供給体制調査検討委員会(実験動物についての有識者11人で構成)の報告「実験用動物の供給体制等の在り方について」を受けて、実験用霊長類の研究開発、供給体制を整備していくこととしているほか、今後実験用動物については、疾患モデル動物等の開発・研究の推進、品質管理体制等の充実、実験用動物関連技術者の養成、情報機能の充実等を図っていくこととしている。
さらに、農林水産省も、昭和60年度から開始された農林水産ジーンバンク事業として、実験動物の保存等を行っているほか、平成2年1月には、実験動物の安定供給のための細胞及び胚の凍結保存技術並びにそれら動物体への再生技術の開発を「農林水産研究基本目標」に掲げ、研究開発を推進している。 また、平成3年3月に畜産振興事業団の指定助成対象事業として、「高品質実験動物生産体制確立推進事業」が発足し、「社団法人日本実験動物協会」を事業主体として実験動物データベース構築等事業(平成2年度予算838万1,OOO円)、実験動物データベース利用促進事業(同48万7,OOO円)、実験動物技術者資質向上研修事業(同191万8,OOO円)が実施されている(社団法人日本実験動物協会は、畜産振興事業団から平成3年3月1億7,600万円の補助を受け、当該補助金を基に基金を造成し、その運用益をもって本事業を実施している。)。
このように各省庁は、それぞれ所管行政の必要性に応じ、各種施策を進めており、これら施策のうち、実験動物に関するデータベースの作成、品質管理、実験動物関連技術者の養成等は、相互に密接に関連するものであるが、実験動物のデータベース、品質管理など各省庁共通的事項についての各省庁間の連挑が十分図られていない状況がみられる。
日本実験動物学会が平成元年度に行った調査によれば、妻3-21のとおり、その使用機関数は574機関に上り、毎年地加する傾向にある。
また、当庁が調査した機関においても、妻3-22のとおり、実験動物について系統保存及び研究開発が行われており、研究目的に適した特性を有する疾患モデル動物、遺伝子組換え動物等の開発研究が各機関で行われている状況がうかがえる。
このため、妻3-23のとおり、科学技術庁、文部省及び農林水産省において、データベースの開発が行われているが、このうち科学技術庁の理研で開発されているデータベースは、105機関で維持されているマウス又はラットの延べ486系統を試行的にデータベース化したものである。一方、文部省国立遺伝学研究所においても、全国の国公私立大学144機関に保存されているマウスの実験系統621種1,032系統について、科研費によりデータベースの開発が行われているが、このデータベースは大学の研究者を中心に流通するものとなっており、また、データベースの内容の更新を行うシステムがないものとなっている。
また、科研費では、このほか金沢大学医学部において平成元年度、2年度「大学等で開発・維持されている動物を有効に利用するための管理・情報システムの確立」(科研費 1,080万円)の研究が行われているが、まだ、システムの確立には至っておらず、研究者は、現時点の研究はシステムの構築についての方向を示した段階であり、今後継続して研究を進める必要があるとしている。
一方、平成2年度から農林水産省畜産振興事業団の助成により始められた社団法人日本実験動物協会の実験動物データベース構築等事業は、まだシステムの検討段階となっているが、仮に本システムが開発されたとしても、そのサービスは、大学、国立試験研究機関が加入していない同協会の会員(140企業)へのサービスにとどまり、全国統一的なネットワークとしての機能は期待できないものとなっている。 このように、実験動物についてのデータベースは、各省庁又は各研究者のそれぞれの必要性に応じて整備が試みられているが、共通的なデータベースの作成にまでは至っていない。
実験動物の品質管理には、供試動物の系統の遺伝学的、生物学的、免疫学的特性を明らかにするための遺伝学的検査、各種細菌、感染症等の微生物の状態を知るための微生物学的検査等がある。
現在、これらの検査は、がん研究に用いられる実験動物については、文部省の科研費により昭和53年度から「がん特別研究実験動物特別委員会」(委員長国立遺伝学研究所教授)が組織され、財団法人実験動物中央研究所及び徳島大学医学部附属動物実験施設の研究者がマウスとラットについて遺伝学的検査を、財団法人実験動物中央研究所及び国立予防衛生研究所の研究者がマウス、ラット、ハムスター、モルモットの4種について微生物学的検査を、それぞれ同委員会の構成員である「がん特別研究班員」の希望に応じて行うにとどまっており、限られた対象動物、研究者間での品質検査となっている。
また、厚生省においても、医薬品の国家検定等の所管行政を遂行する観点から、国立予防衛生研究所等が、一部自家検査を行っているほか、品質管理についての研究を行っているが、所管行政を遂行する上での検査にとどまっている.
このように、科研費又は所管行政の遂行上一部の機関において、研究者間相互の融通による 検査又は国家検定等一部の行政目的に応じた検査が行われているが、実験動物の品質管理について各省庁間で共通的、組織的に行う体制は整備されておらず、また、検査結果について、実験動物の生産者等にフィードバックするシステムもない。
なお、財団法人実験動物中央研究所は、文部省科研費により、遺伝学的、微生物学的モニタリングについて研究を行っており、ICLAS(非政府機関(注))モニタリングセンターとして活動してきている。
(注)ICLAS(International Council for Laboratory Anima1 Science)
また、今回調査した16大学のうち8大学13学科等において、後述の妻3-27のとおり、細胞、遺伝子、微生物等の系統保存等が行われているが、そのうち、データベースを作成しているのは4大学5学科等にすぎず、いまだデータベースの作成は普及していない状況にある。
しかし、近年、国家間の知的所有権問題が論議されており、まだ国際間で調整はなされていないものの、培養生物等各種遺伝子資源についても、研究の結果発見された成果が材料提供者に帰属するのか、当該材料の樹立者に帰属するのか、また、実際に当該材料を使って行った研究者に帰属するのか統一された見解は出ていない状況にある。このため、将来、これらの問題が発生しても対処し得るような分与規程を整備することが必要と認められる。
なお、文部省の調査によれば、微生物関係及び培養細胞関係で系統保存費を措置しているもののうち、部外利用規程を整備しているのは27学部等のうち5学部(19パーセント)にとどまっている状況にある。
本事業のうち、細胞バンクについては国立衛生試験所をメインバンク(他に提携機関として大学等7機関)として、また、遺伝子バンクについては国立予防衛生研究所をメインバンク(他に提携機関として大学等5機関)としてそれぞれ分与が行われているが、国立衛生試験所の細胞バンクの分与実績をみると、妻3-28のとおり、毎年増加している。
しかし、細胞バンクの運営状況をみると、細胞の分与には、国立衛生試験所安全性生物試験研究センター変異遺伝部第三室長ほか2人のリサーチ・レジデント(財団法人がん研究振興財団の非常勤職員)が従事しているのみであること、分与業務が毎年増大していることから、これ以上の需要の増加には対処が困難であるとともに、細胞の育成維持、品質管理を十分な水準に維持することが困難になりつつある。
一方、研究者が使胴している細胞については、①ヒト由来とされていた細胞株が実際はマウス由来であった例、②細胞株に分化能を失っているもの等があり、供給に当たっては、常に品質の確認に細心の注意を払わなけれぱならないものである以上、現在の体制で十分とは言いがたい。
細胞バンクの運営に詳しい専門家は、「細胞バンク本来の機能を果たすためには、少なくとも細胞生物学者、生化学・分子生物学者、微生物学者の3名は必要であり、供給業務の事務手続を処理するスタッフも必要である。また、バンク設立以来、米国のATCCを始めとする海外の細胞バンクから多数の細胞株の提供を受けてきたが、諸外国で確立された細胞株が日本の研究者の研究のために今後も提供される保証はなく、利用価値の高い研究資源・材料の確保・保護に世界各国が強い関心を示している最近の情勢にかんがみると、今後も海外のバンクとの良好な協力関係をつくり上げていくためには、日本からも日本で開発された細胞株を供給できるように体制を整備する必要があり、さらに、これは基礎研究分野において日本が国際貢献をできる領域の一つでもある。」と説明している。
厚生省細胞バンクは、設立以来250を超える試験研究機関に細胞を供給し、その業績は各学会に所属する多くの研究者によって評価されているが、その運営は1人の正規職員である室長とリサーチ・レジデント2人で行っており、今後、細胞バンクとして責任ある業務を遂行していくための体制整備について検討する必要があると認められる。
なお、本事業は、昭和58年度の発足当初財政事情が厳しかったこともあり、日本船舶振興会の助成金を受けて運営されてきているが、対がん10カ年総合戦略の一環として行っている国家的な事業であるとともに、その遂行には長期間を要することから、今後は安定的な資金に変更していくことも検討する必要があろう。
なお、リサーチ・リソース・バンク事業は、国内のがん研究者への供給を目的とし、商業目的のための使用を禁止しており、民間企業等には供給されないこととされている。
しかし、厚生省リサーチ・リソース・バンク事業は、組織的に国内外の研究者に分与を行っており、品質管理体制を確立する上でも有料で分与することを検討する必要があると認められる。