アラン・アンダーソン
ネイチャー誌ワシントン編集局長
経済・技術摩擦をめぐる日米間のはてしない論争では、どちらが正しく、どちらが悪いかなどは決められそうもない。だが、米国側が日本が全面的に悪いと確信していることが一つある。日本の産業界はハイテク製品で大成功をおさめているが、問題はその背後にある基礎科学のアイデア、着想にある。基礎科学のアイデアは昔も、そして今むなお米欧諸国で生まれているのである。
怒る経営者
日米間の科学のアイデアの流れは一方通行である.日本政府の統計でもこのことは明らかである。毎年一万六千人の日本人科学者、技術者が米国を訪れるが日本に出向く米国の科学者、技術者は約二千人にすぎない。この差は実際にはもっとひどい。米国の研究所に何年もとどまる日本人は多いが、米国の訪問者はほんの短い期問しか日本にとどまらない。そしてそれは講演旅行であることが多い。 米国の科学者は何とも思っていないかもしれないが、米国の政治家や経営者がこの不均衡に怒りを感じ始めているのである。その理由の一つに、科学が大きく変化していることがあげられる。基礎研究から応用研究への移行のテンポが速くなったのである。米国の大学で得られた着想はすぐ日本のハイテク製品に応用される。そしてそれが米国の労働者から仕事を奪うことになる。 税で研究
「なぜわれわれは日本人がわれわれの最先端の技術を学ぶのを援助しているのだろうか.彼らはわれわれをビジネスの世界から追い出しかねないのに−」と、米国の経営者は不平をもらす。「お返しにわれわれは何を得ているだろうか」というわけである。 こうした苦情はいまに始まったことではないが、米政府の最高首脳部が突然、これに焦点を当ててきたのである。大統領科学顧問のW・グうハム科学技術政策局長は筆者に対し、「基礎研究の不均衡が”国際関係における重要な新しい要因”として浮上してきた」「科学の基礎研究はすべての先進工業国を分かち合うという考え方に各国は同意しなければならない」と語っている。 中曽根康弘前総理は、西側のリーダーと会う時にはいつも日本が基礎科学研究にあまり貢献していないことを気にしているようだった。しかし、派手に打ち上げた「ヒユ−マン・フロンティア構想」、がしぼんでしまっては、何を信じれぱよいのであろうか。現在、日本がエイズの研究や高温超伝導の研究に国際協力を申し出ているという話もあるが、米国ではまじめに受け止められていない。 平等原則を
コントロール・データ社のウィリアム・ノリス名誉会長は「根底にある問題は日本が基礎研究を公平に分担しないことだ」と次のように話す。「日本の企業の研究者が米政府の研究所へ入ることを許されても、米国企業の研究者は日本政府の研究所には入れない。さらに日本は優秀な卒業生に米国で学位をとらせようとする−しかも費用は米国が支払う。日本は超大型超電導加速器のような米国の巨大科学プロジェクトの費用を一部負担したり、日本人研究者のいる米国の大学に助成金を支給したりすることで、米国に償うべきである」。 少なくとも日本が米科学財団(NSF)の予算の一部を負担しなければ、米国の研究所から日本人研究誉を全員、締め出してしまおうという主張もある。 W・グラハム局長は、日本の大学や政府研究機関への外国人受け入れは、多少事態の改善に役立つかもしれないが、それぐらいでは不均衡は全く解消しないという。日本の基礎研究は決してすぐれものとは言えず、その水準は急には改善され得ない。そこで米国がお返しに望むのは、日本の応用研究を活用することである。 ベテランの貿易交渉者のC・プレストウィッツ氏は「日本のバイオテクノロジー企業からの研究者はNIHで研究しているのだから、米国の研究者もその日本のバイオテクノロジー企業で研究できるようにするべきだ」と主張する。 W・グラハム局長は新しい日米科学技術協定に、科学技術の分野での互恵平等原則を大幅に盛り込もうと考えている。米国の研究所が世界に門戸を開放し基礎研究に力を入れている状況から日本が不当な利益を得ていることは疑いない。次の大統領がタフな人物であれば、この状況は続かないであろう.
1978年英国オックスフォード大学で博士号を取得.1987年4月よりネイチャーのワシントン編集局長.35歳
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