1994年4月27日 読売新聞
がん研究に不可欠な材料を無性提供

「細胞・遺伝子バンク」がピンチ

民間団体からの資金援助
今年度で打ち切りへ
国の資金で運営望む声も


がん研究に欠かせない細胞、遺伝子の"銀行",厚生省の「リサーチ・リソースバンク」(研究資材銀行)が運営の危機に立たされている。十年前、同省などの「対がん十か年総合戦略」支援を目的に設立され、がん基礎研究に役立っているが、民間団体からの資金援助が今年度一杯で打ち切られる。がん研究者の間からは、国の資金で運営すべきだとの声が上がっている。

細胞や遺伝子のバンクというのは、国内外の研究者の協力を得て収集した細胞、遺伝子を保存、供給する組織。研究者にとっては研究材料を準備する手間が省かれ、研究効率が飛躍的に高まる。


リサーチ・リソースバンクの本部は、国立衛生試験所(細胞部門)と国立予防衛生研究所(遺伝子部門)に置かれている。細胞は、様々な種類のがん細胞や老化細胞など九百種類、遺伝子は、様々な種類のがん遺伝子や、染色体上の場所がわかっている目印役の遺伝子など約四千六百種類を保管。いずれも摂氏マイナス百九十六度の液体窒素などの中で凍結保存され、利用者には無償提供される。


両部門とも、米国の細胞・遺伝子バンク「ATCC」(民間組織)と比べると施設は狭く、専門職員も数人と見劣りするが、保存数、供給数ともに年々、増加している(右グラフ)。新しい肺がん抑制遺伝子に迫っている国立がんセンター研究所の関谷剛男・腫瘍遺伝子研究部長は、「研究に必要な遺伝子を、すべて自分で組織から採ったら大変な手間」とバンクを評価する。バンクの目印遺伝子を使って、この未知の遺伝子が染色体のどこにあるかがわかれば、分離して正体を解明することもできる。やはりバンクを使い、結腸、卵巣がんの原因遺伝子を探索しているグループもある。

一方、細胞バンクのがん細胞は、がん細胞の増殖メカニズム、抗がん剤開発などに役立っており、老化した細胞の方は、老化の仕組みの基礎研究に使われている。リサーチ・リソースバンクは、施設、備品は厚生省負担だが、人件費を含めた運営費は、がん研究振興財団からの援助(十年間で約二十四億円)。ところが、対がん十か年総合戦略(第一次)が終了した三月、財団側が「ひと区切りついた」と、援助打ち切りを伝えてきた。その後、一年だけは継続となったが、次年度以降の保証はない。 遺伝子バンクを統括する橋本雄之・国立予研遺伝子資源室長は、「バンク事業がようやく軌道に乗ってきたところで、研究者からの存続の要望は強い」と強調。手数料などを取って独立採算にすることも検討したいという。

研究者の独創性もさることながら、実験材料、資材の供給体制が研究の質、量を左右する面もある。「国はバンクの必要性に対する認識が低いのではないか。欧米への依存体質から卒業するためにも、バンクをどう発展させていくか、国の役割は大きい」と、東京医科歯科大の井川洋二教授(がん分子生物学)は指摘している。