〈巻頭言〉

The Second Decennial Review Conference of Tissue Culture(Bedford Meetings)に出席して

勝田 哺
1966年勝田班月報から




 10週間に渉るアメリカ・カナダ諸研究所歴訪を了えて、5日前に帰国しました。最后の1週間はBedfordでの学会でしたが、その前の9週間に計22回の講演をしました。週当り2.5回位の割です。3種の話題を用意して行きましたが、帰って計算してみると丁度どれも同じ位の回数話していました。各地に沢山の友人、知人ができたし、研究上にも直接色々の話をきき、意見の交換も充分にできて、本当に有意義な旅行でした。

 あちらの研究上のレベルについて、一言でいいますと、組織培養に関する限りでは全く大したことありません。向うがこちらに習いにくるべきです。培養関係の研究室ではボスが女性というところがかなりありましたが、研究上のアイディアの点では首をかしげてしまいました。但し生化学に於ては仲々優秀な方が沢山いました。生化学者が細胞培養に興味をひかれはじめていることは大変なものです。しかし彼等には腕がありません。そこで日本人を借用という訳で、ずい分あちこちの研究室で日本の培養屋の紹介をたのまれてしまいました。

 Bedfordはペンシルバニアの山中にある小さな村で、軽井沢のような避暑地です。そこに仲々大きなホテルがいくつかあって、その一つで学会が開かれました。プログラムも提示しますが、シンポジウム形式で、午前に一つ、午后(或は夜)に一つ、という具合にやりました。

Waymouth のは合成培地での培養ですが、すごくlagがあって死んだ細胞の成分が使われているのではないか、と思われました。

Amos のは細胞の分化を維持するのにアミノ酸、ビタミン、ホルモンなどの他に、未知の物質が必要だろう、という話でした。

Be11 の話は、主にChicke embryosを使っての実験でlens placodeのoptic cupの形成に阻害剤やC14uridineのとり込みなどから、普通のribosomeの他に、蛋白合成をする他の新しいribosomeを見付けたということでした。

Sutton はLeighton tubeにAralditeを入れてそのまま包埋してしまい、60℃からO℃に急に冷やして合成樹脂を剥がし、それからブロックを切り出して電顕用の標本を作っていました。Golgiで1ysosomeの合成が盛であり細胞膜からlysosome内のenzymesが外へdischargeされること、2核の細胞には、核の間の細胞質に細胞膜が残っているのが認められたこともあるなどが面白いところでした。

Pitot は細胞の色々な酵素活性、殊に tyrosine transaminase や serine dehydrase について、Rueber H-35 を用い、in vivo と in vitro との比較をしていました。

Gartler は色々な株18種(ヒト由来)について G6P dehydrogenase その他の活性をしらべ、G6PD は starch-gel で分けると slow band(typeB) と fast band(typeA) の 2本に分れる。つまり typeA は黒人にだけ見られるもので、HeLa は黒人由来であるから(typeA)。ところが Chang 1iver、Detroit-6, HEp6 その他、殊に HeLa 樹立以后5年間に作られた株は、しらべた18種すべてに typeA があって、HeLa の contami らしいと発表し、大変な反論を買いました。

EarnesはHistochemistryで細胞の特性をしらべようとし、adult human tissue、主にbone marrowのprimary cultureを使い、Histchemistryで示せるものとして、Alk.P、AcP.、Est(αNA)、Est(NANA)、β-gluc.(NASBI)、β-gluc.(8-HQ)、AtPase、AminoP.(β-LN)、Dehydrs:SD、LD、B-OHBD,G6PD,GlutD.があるがmacrophage(Monocytes)ではAlk.P.以外は全部存在すること、右図(箒星状)のような細胞にはAlk.P.が(+)、Glycogenはfibrob1astsその他色々の細胞にみられるからmarkerにならない、などと主張しました。

WestfallはC3H由来で合成培地で継代している6clonesについて、その自然発癌について報告しました。Grobsteinの仕事はやはりがっちりしていました。Epithelio-Mesenchymal interactionを培養内でしらべOrganogenetic interactionのtime courseを追っていました。

Abercrombieは相も変らずcontact inhibitionで、大分皆からやっつけられました。

HerrmannはChick embryo musc1e(leg)のcu1tureで、胎生日齢の進むにつれてin vitroの増殖は落ちるがDNA当りのmyosin合成量はふえることなどを紹介しました。

DeMarsはヒトの細胞、とくにfibroblastsを用い、X染色体の行方を追い、G6P.Dとの関連にふれ、inactiveXもFeulgenでうすく染まり、且replicateされること、静止核のheterochromatinはG2期の細胞だけ見られたことなどを報告しました。

Hayflickはspontaneous transformationの大部分はウィルス感染によるものであると力説し、Sanfordは培地組成を重視、FCSよりHsSの方が細胞が変り易く、embryoではmouse>hamster>ratの順にtransformしやすいと述べました。


コメント(水沢):1966年というと私が18歳で大学受験生だったころの話しです.この勝田先生の手紙を拝見させて頂いて感慨がひとしおだったのは Gartler の発表でした.今や、この発表で HeLa 細胞と疑われたものは全て HeLa だという結論に決着しています.私どもも確認して納得しています.しかし、やはり当時は相当ショッキングだったのでしょう、強く反論されていたとのことです.改めて、事実の確認の重要性を思います.


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