ウマが良いか、ウシが良いか、同種が良いかといったことは、多くの研究者たちの実験結果に依存しています。1950年代には鶏かウマでしたが、かなりの早さでウシになり、仔牛になり牛胎児になり、今では細胞培養を始めるにあたっては、先ず牛胎児血清を購入するのが常識になっているようですね。私共の実験結果の中には、ラットの腹水肝癌の培養内での増殖にウマよりウシが良かったというデータがあります。
1950年代の論文を集めて調べれば、多くの実験例があると思います。現実問題としては、戦後の組織培養はアメリカが先行していましたから、胎児血清の入手となると、当然ウマよりウシが商品化に適していたということも考えられますね。インドから来ていた留学生がウシ血清は使わない、ヒトの血清を使う(ヒトの組織の培養が主でしたが)と言っていましたから、それぞれの国では異なった条件もあるかも知れません。
では、細胞培養培地に血清を加えることの利点と欠点について考えてみたいと思います。利点は、
そして、無蛋白培地で細胞を培養するときの利点は、血清培地の欠点を裏返したものでもあります。その一つ、培養細胞が培地中へ放出する物質の同定や精製が簡単に出来た実験として、梅田誠博士らの“無蛋白無脂質培地で生育する細胞の放出する諸因子”についての一連の報告があります。私共のP3 系細胞を使って、成長因子、接着因子、CSF、TGFなど種々の高分子生理活性物質の産生を確認したものです。細胞系によって、それぞれ特徴があり、培養細胞の多様性を示しています。
又、血清を使わない培養でこそ出来た実験の一つは細胞の脂質代謝に関するもので、香川靖雄博士の多くの論文が発表されています。
では血清を加えることの諸利点を“血清を加えなければ得られないか”という立場から考えてみたいと思います。
しかし又、私が1983年に培地に使う水について調べたとき、或都市の水道水で作った培地は、無血清では細胞が死滅してしまうのに、血清を添加すると、純水で作った培地と遜色ない増殖を示しました。これは血清の中には、何らかの解毒作用をもつ物質が含まれていることを、明らかに示しています。
P1系はラクトアルブミン加水分解物(L)、イーストエキストラクト(Y)、ポリビニールピロリドン(P)を私共の処方した塩類溶液(D)に溶かした培地、LYD+Pに駲化した系でした。
LYD系は P2、完全合成培地系は P3 LD+P培地系は P4と命名され、現在は P3 だけが生き残っています。皮肉なことに、培養細胞はどの血清成分を要求しているかという研究の結果生まれた細胞系です。
それらの細胞系は梅田博士、香川博士の実験に使われましたし、幾つかの系は細胞バンクに登録されています。さらに登録されていない幾つかの系がありますが、これらの系の欠点は、大変神経質なことです。継代時の細胞数が足りないだけでも死滅することがあります。また光に弱いこと、増殖が遅いこと、継代に酵素が使えない(酵素は蛋白質ですから)ことなどかなり扱い難い細胞系です。
先ず培地は、すでに述べたように微量成分を含むハムのF12がよいのですが、継代用無蛋白培地としてはアミノ酸濃度が低すぎるようです。
市販の無血清培地の多くが、ハムF12とアミノ酸濃度を高めたDMEM培地とを混合して処方されているのはそのためだと思います。私共は自前のDM培地の中、血清培地から簡単に切り替えられる培地としてDM-201を使っています。
継代法は、血清培地の酵素による分散、増殖率に合わせた稀釋をそのまま応用できません。分散はラバークリーナー(ラバーポリスマン)で機械的に剥がします。機械的に剥がしたときの細胞障害が系によって異なりますので、単純に稀釋すると次代が生え出さないことになります。
無血清への切り替え初期には、細胞数の増加過剰を剥がしとって、剥がし残した細胞に新しい培地を加える(普通には剥がしたものを次代へ移すのですが)方法が安全に維持できます。
培地内へ高分子の生理活性物質を放出していることが、彼らの生命維持のための知恵かも知れず、培地更新は週2回くらいが適当だと思います。半量更新などが、系の維持に効果を示すこのもあります。 この継代法が理想的とはいえません。不利な点は、継代直後の細胞数が少ない時のpHの上昇、ラバークリーナーによる細胞分散ではバラバラにならず細胞集塊として植え継がれる系のあること、などです。
例えばアスバラギンを要求する系、プロリンを要求する系などは、若し透析血清+MEM培地で培養すれば増殖など得られません。そこで“非必須”アミノ酸添加培地が良い培地として脚光を浴びたと思います。
しかし、13種の必須アミノ酸以外を非必須あるいは可欠アミノ酸と称していながら、培地へ添加するのは、何やら奇妙な感じですね。
イーグル先生は透析血清を添加してアミノ酸要求を調べておられましたが、勝田甫博士は透析血清からも培養中にアミノ酸が遊離してくるという論文を目にして、アミノ酸要求を知るには無蛋白培地でなくてはならないと強調されました。
そして、私共の実験結果としては、無蛋白培地で可欠アミノ酸を添加することによって、細胞の増殖度が高くなることが分かりました。培養内の細胞たちは、与えられなければ合成するが、与えられれば利用してその労力を他へ回しているのだと思われます。
ここで、また水沢さんから、疑問が提出されました。無蛋白培地といっても、死んだ細胞からの遊離アミノ酸を利用してはいないか? それは否定できません。P3 系は20種のアミノ酸をたっぷり処方してありますから、“非必須”アミノ酸を培地中の死細胞から調達する必要はありませんが、“非必須”アミノ酸要求を追求する実験では、問題になるかも知れません。
1999年9月
高岡聰子