高岡聰子
P3細胞は、勝田研究室で無蛋白無脂質完全合成培地(無蛋白培地)に馴化させた亜株の共通した命名です。例えばL929の無蛋白培地亜株はL・P3、HeLaの無蛋白培地亜株はHeLa・P3と命名されています。P3系は1959年から1998年に至るまでに数十系が樹立されていて、その中の15系は凍結保存することなく、現在も分裂を重ねています。分裂回数は少ない系でも3000回を上まわります。
これらのP3細胞は、個体レベルでは不可欠な脂溶性ビタミンと不可欠脂肪酸を加えていない培養培地ないで増殖を続けた結果、その脂質構成には、多価不飽和脂肪酸が見出されず、脂肪酸合成、一価不飽和脂肪酸合成、コレステロール合成の昂進が著明です。これらの際立った特徴は、血清の添加によって速やかに失われます。
一方、血清培地継代株に比べて、細胞膜が弱いこと、光に感受性が高いこと、少数細胞での扱いが困難なことなどの欠点もあります。
培地は現在DM—201、細胞分散はラバークリーナーでかき落とす方法を用いています。細胞分散にトリプシンの作用を止めるための血清を使いたくないからです。凍結には無血清用凍結保存培地FM−1(株・極東製薬工業)がよいようです。
この系は抗体法を使った特殊染色で、アストログリアであることが証明されています。原株樹立は1982年、P3 系として7年以上培養をつづけた今も、RCR-1・P3 合成培地DM-201の中で活発に分裂増殖を続けています。
小さな胞体、細い複数の樹状突起をもった細胞で、顕微鏡下に他の多くの細胞とは簡単に識別できます。細胞同士の接着が弱く、培養容器への壁着性も弱くて、ピペッティングだけで楽に培養容器から剥がれます。
染色体のモードは30本、おそらくラット由来の系としては最少本数かと思われます。長いテロメアを持ち、現在の分析法ではテロメラーゼの活性は検出されませんでした。
培地のグルコースをガラクトース・ピルビン酸に置き換えると、だんだん増殖がみられなくなります。また突起が失われました。
透析血清の存在下では、アミノ酸の要求が低く、グルタミンだけを添加した塩類溶液で1週間増殖可能でした。
形態は培養容器によく附着し、細胞同士の接着性もよく、核膜や核小体がはっきりしていて、顕微鏡屋さんの展示用に好まれる細胞系です。
無蛋白培地継代で、培地のグルコースをガラクトース・ピルビン酸に置き換えても、増殖は落ちませんし、細胞当たりの蛋白量と乾燥重量は変わらないのに、リン脂質、コレステロール、脂質結合シアル酸、染色体数の増加がみられました。
糖の消費が少なく、無糖培地で1週間生存可能です。
テロメラーゼの活性は+で、テロメアも検出されています。
そしてP3 としても、その染色体数も核型も変わることがありません。無蛋白培地に馴れた現在のこの細胞系は、血清を添加すると増殖が落ち、染色体異常が起こります。これは他のP3 系ではみられない現象です。
テロメアは存在していますが、テロメラーゼ活性は検出されていません。
血清培地で培養されていた原株の形態は島状にならず、かなり密集してきても細胞同士が接着しない細胞系だったですが、メチル化ビタミンB12を高濃度に添加した培地で培養しているうちに、細胞間の接着性が昂進しました。この現象には再現性があり、変化は持続しました。その系のP3 がMm2T12・P3 、染色体のモードはMm2T・P3 同じく6本です。
1977年に勝田研究班の研究材料として培養開始されたものから、樹立された培養系がMm2Tです。生后1日、♂の胸腺由来です。樹立当時の染色体構成は、大きなメタセントリック3本、中位のメタセントリック1本、中位のサブテロセントリック1本、中位のテロセントリック1本、小さいサブセントリック1本、合計7本の構成のものが70%を占めていました。そして中位のテロセントリック或いは小さいセブメタセントリックを欠いた6本が20%でした。その構成は1991年代まで変化しませんでした。
1992年に、高濃度のビタミンB12を添加することによって細胞間の接着性が昂進した亜株[Mm2T12]を得ました。この時期のMm2T系の染色体構成は樹立時と殆ど同じでした。その亜株Mm2T12は90%が6本の染色体を持ち、その核型は殆どのものがMm2Tからテロセントリック1本を欠いていました。
1992年からMm2T、Mm2T12は無蛋白培地に移され、それぞれMm2T・P3、Mm2T12・P3として、2000年現在まで無蛋白培地内で増殖を続けています。現在の染色体構成はMm2T12・P3は分離された頃と殆ど変わっていません。Mm2T・P3は、6本が主軸になり75%、7本は6%と減少しました。核型はテロセントリック1本を欠いたものが主流になっていました。
Mm2Tは化学発癌剤、過酸化水素、亜硝酸ナトリウム、ヘリコバクター・ピロリ培養上清などを培地に添加すると、短期間に染色体切断や染色体内部交換あるいは染色体相互交換を起こします。
Mm2T・P3は合成培地DM-201で継代されていますが、培地のグルコースをガラクトースに置き換えたDM-200で数年間継代した亜株は、染色体に変化が起こっていました。即ち染色体数の分布では、最頻値が10〜11本に移行し80%を占めていました。又核型からみると、異常に大きなメタセントリックや2動原体染色体を持ったものもあり均一な集団ではありませんでした。位相差で観察される形態と細胞の増殖率はグルコース培地とガラクトース培地に殆ど違いがありません。
AH-7974・P3 ラット腹水肝癌AH-7974由来、AH-601・P3 AH-601由来で、P3 としての歴史は20年を越しています。そしてどちらもテロメラーゼ活性が検出され、テロメアも存在しています。
M・P3 RLC-10・P3 抗癌剤5FUに対して耐性を有し、AH-7974・P3 AH-601・P3 感受性型です。
繊維芽細胞様の群は染色体のモードが低3倍体にあり、培地に血清を添加しても形態変化はありません。球形の群は染色体のモードが低2倍体にあり、血清を添加すると、細胞同士の接着と容器への附着が昂進して、敷石状上皮細胞形態に変わります。
まだ、両系が混在していた頃、幼若ラットに復元接種したところ、腫瘤を形成し、組織像は悪性繊維性組織球腫と診断されました。
テロメラーゼは検出され、テロメアも存在しています。
ガラクトース・ピルビン酸培地で培養すると、グルシトールを生産するようになっていました。
☆☆☆
このように多細胞生物である母胎とはかけはなれた環境で、分裂増殖を余儀なくされたP3 系の細胞たちは、案外それぞれの特質を失わずにいるようです。これらP3 系の実験上の利点の一つは、培地中に放出された物質の分離が簡単なことです。
梅田誠博士の報告によれば、AH-7974・P3 TC-16・P3 はTGFとDNA合成促進物質と接着因子を、MK・P3 CSFを、RLC-10・P3 DNA合成促進物質を生産しているとのことです。またM・P3 1型コラーゲンとフィブロネクチンを生産しているとの報告があります。