DSMZ訪問記(続き)

  • Quality Controlについて

      さて、以前にも述べましたが、DSMZは5つのラボを持ちQuality Control(以下QCと略)に全精力を注いでいます。しかし、その全体的な流れはJCRBとは全く逆方向のやり方を行っていて、私にはとても印象的でした。以下Seedストックを作製する点について話します。JCRBでは細胞を増やすことを主軸にして、まずアンプル40~80本を凍結することを目指します。そして凍結後に、残しておいた培養細胞の一部を次の①~⑤のQCに回します。

      1. 無菌試験(Thioglycorate Broth、Nutrient Broth、Blood Agar)

      2. マイコプラズマ試験(Vero-Hoechst法、PCR法)

      3. 染色体分析(Q-band法、FISH法)

      4. ゲノムDNA の抽出とSTR分析

      5. アイソザイム分析

      一方DSMZでは、まず先に全てのQCを行います。例えば細胞Aについて培養を開始したとすると、その担当者がQC用に少量増やして次の①~④の担当者に回します。

      1. Immunology分析:FACSを使って主要な細胞表面抗原CDマーカーを調べる(Fig.1, Fig.2, Fig.3)

      2. DNA fingerprinting:5つのVNTRマーカー+1つのミニサテライトマーカーを使用

      3. Cytogenetics(G-band法、FISH法)

      4. Mycoplasma test(PCR法、DAPI/Hoechst法)

      そして①~④の全ての結果が出揃った時点で、随時ミーティングを開いてSeedストックとして細胞Aを大量培養に回してよいかどうかを吟味します。特にcross-contaminationの有無、mycoplasmaの汚染の有無をはじめ、CDマーカーや染色体構造がオリジナルの性質と矛盾していないかどうかなど、詳細に検討を行います。ここでOKが出たら予め割り振られていた細胞Aの担当者か、Cell Biologyのラボのメンバーによって量産され、きっちり50アンプルを凍結します。細胞濃度は5x10^6 cells/amp以上。この50アンプルのうち、20アンプルを真の意味でのSeedストック、30アンプルをdistributionにあてて、distributionが0本になったらSeedストックを1本起こして、DNA fingerprintingとMycoplasma testのみを行って、再びdistribution用に30本作るというサイクルになっているそうです。

      以上のことから、JCRBとDSMZに見られる相違点として、例えば、JCRBではQCで汚染やクロスコンタミが発見された場合は凍結したアンプルを全て廃棄するという、時間とコストを無駄にしてしまう事態も起こり得ますが、凍結を迅速に行うことができるという利点もあります。その反面、DSMZではSeedストックを凍結するまでに時間がかかり、量産培養後のアンプルを戻してチェックしていない点でもリスクを抱えています。このようにJCRBとDSMZのそれぞれの方法で一長一短があるものの、細胞バンクを運営するにあたってQCを十分に行うということを第一義に位置付けている点では、共通の認識を持って取り組んでいると言えます。

  • 細胞の個別識別法−DNA fingerprintについて−

      DSMZでは細胞の個別識別法として、JCRBで行っている最新のSTR法はまだ採用せず、DNA fingerprint法による解析を続けています。担当者のWilli Dirksに、なぜ今だにDNA fingerprintなのかという質問をしたところ、DNA fingerprintのデータでも十分な精度で個別識別を行うことができるし、わざわざシステムを変える必要はないというのが基本的なスタンスだそうです(最新論文の例:In Vitro Cell Dev Biol 35: 558, 1999)。あと補足的に、システムの変換に多大なコストとエネルギーが必要なこと、システムを変えてしまうと既存のデータの置き換えに多大な労力を要すること、などと答えていました(実はサザンハイブリの方がPCRより実験として個人的に好きだというのが本当の答えかもしれない)。ただ本人もSTRのパワーには敵わないことを十分認識していて、もし今後クロスコンタミネーションに関して検討事項が生じた場合には、是非collaboration workとして、JCRBのSTR法とDSMZのDNA fingerprint法をパラレルに行う共同実験をしたいとの申し出を受けました。ECV304やKO51の例のようにクロスコンタミの発見を常に先行しては、JCRBに確認の要請をしてきた経緯もあって、今後はJCRBでSTR法のパワーを見せつけることができれば、と思います。

  • Cytogeneticsについて

      CytogeneticsのラボはRoderick MacLeodが担当者で、テクニシャンのMrs. M. KaufmannとともにG-band分析とFISH法を組み合わせた解析を行っています。ルーチンに行っている染色体分析は曜日で仕事を割り振ってあり、月曜日はMedium Changeなど培養している細胞の状態をコントロールして、火曜日に染色体標本作製、水曜日にG-bandおよびFISH法(hybridization)を実施、木曜日にG-band像の写真撮影、金曜日にFISH法(detection)、顕微鏡work、データ整理etc. という基本ラインを設定してあり、細胞の培養などはこれに組み込む形で行っているということです。G-band像はネガと写真プリントでの保存を基本として、カリオタイピングはデジタル化した画像をQuipsソフトで適宜行っているという、JCRBとほぼ同じ方法をとっています。近い将来、SKY法のシステムを導入する予定になっているそうです。また、Roderickは染色体標本作製の際に低張液の組成が標本の出来を左右する重要なファクターであるという認識の下に、細胞ごとに組成をコントロールして最適条件を決めるという方法をとっていました(具体的には0.075M KClと0.9% NaCitrateの比率を変えて調整)。まさに私がJCRBで行っている方法(0.075M KClと1% NaCitrateの比率を変えて調整)と本質的に同じやり方であることに驚くとともに、DSMZとJCRBで得られている既存の細胞に関する低張液の組成の最適条件をお互いにshareしようという見解に達しました。今後、データの表記、整理の方法などを意見交換して整備し、共同で標本作製の効率化を図ろうと考えています。

  • Mycoplasma検出と除染について

      Mycoplasmaや各種Virusの検出とその除染はCord Uphoffが担当者で、特にMycoplasma の除染には精力的に取り組んでいます。これまでに4種類のanti-mycoplasma reagentsを100〜200検体程度に適用して、cureされる割合、resistantになる割合、および細胞致死の割合を調べたデータを提供してもらいました。使用した4種類のanti-mycoplasma reagentsはBM-cyclin、Ciprobay、Baytril、MRAで、BM-cyclin以外はQuinolone系のreagentsです。最もcure率が高かったのはBM-cyclin(82%)で、ついでCiprobay(76%)、Baytril(73%)、MRA(63%)の順になっています。JCRBで常用しているMC210は実はMRAそのものですが、cure率が63%というのは低すぎるので(JCRBではほぼ100%のcure率)、光で失活している可能性を指摘し(クリーンベンチ操作中も点灯?)、純日本産のMC210の現物をreferenceとして使ってもらうよう申し渡してきました。また、上記4種以外にMynoxという試薬の効果をその販売会社から直接依頼されて調べた経験があるそうです。この試薬は物理的にMycoplasmaを駆除する効果をねらったもので、数年前にドイツ国内の会社で売り出されたそうですが、効果のほどは上記4種とは比べ物にならないほど全く効き目がなかったそうです。

  • その他−Hans Drexler博士について−

      私が訪問する前日に、DSMZにaccessするために必要な情報を手に入れたいと考えて、HeadのHans Drexler博士にE-mailを送ったところ、すぐに電話がかかってきて、InternetのBraunschweig-Stadt & Region (Fig.1, Fig.2)のwebページを見るように指示してくれました(そのページ中のどこをどうクリックすることも双方モニターを見ながら電話上で指示)。Localな地図でも見つけ難い場所にあったので大変助かりました。面倒みがよく、Internetをこのように巧みに利用する姿勢からもうかがえるように、細胞バンクの管理もネットワーク上できちんとorganizeしているかと思えば、その正反対で、表紙のメニュー画面以外はノータッチだそうです。つまり各ラボのデータ入力のためのホームページ画面(Intranet)はそれぞれのチーフに任せてあり、独自性を重んじているということでした。ただし同一の細胞に関するデータはお互いにリンクできるようになっているそうです。しかし感心したのは、コンピュータ上に入力されたデータよりもPaper上に記載されたデータを最優先させ、きちんとファイリングしている点でした。つまり各ラボで得られた実験データを紙上に記録し、サインして隣のラボに回覧するというスタイルをとっていて、ネットワーク至上主義的なデータのやりとりをしているわけではなく、face to face communicationを維持する上でもこのやり方で行っているということでした(結論的には両方大事だということです)。Paper上に記載されたデータをファイリングして保存してある点ではJCRBでも共通ですが、データ入力の流れ方には相違点があり、現状はそれぞれの特徴を生かしたものになっているということだと思います。ドイツ人は一般的には保守的で、なかなか心を開いてくれる人が少ないのですが、Drexler博士はオープンな人柄で、夕方近くなって冗談もかわすように打ち解けたおりに、他の細胞バンクについての私見も少し話してくれました。すなわち、ECACCを敵とし(かなり感情的)、ATCCをスーパーマーケットと呼ぶほど、DSMZの運営を自信をもって行っているという姿勢です。ECACCを敵呼ばわりする理由は、DSMZで解析した細胞のQCデータをDSMZによることを明記せず無断で引用されたことがしばしばあったためだそうです。ではJCRBはDrexler博士からみて果たしていかに映っているか?私のこの訪問をもってますますの友好関係が続くと信じてこの訪問記を終わりたいと思います。