リシェは、この現象は免疫とは逆の反応であると考え、『無防備』を意味するギリシャ語から『アナフラキシー』と命名しました。この現象についてリシェは毒素たんぱく質はアナフラキシーを起こすきっかけに過ぎず、動物の血液に存在する物質がアナフラキシーの直接の原因ではないかと考えました(1900年ごろ)。
ワクチン作用を示した弱毒化した病原体やアナフラキシーを起こした原因物質は『蛋白質』で『抗原』と呼ばれることになりました。『抗原』が血液中に侵入すると血液中では免疫グロブリン(IgE)が生産され、作られたIgEはマスト細胞の受容体に結合して長期間血液中に存在します(待機)。そこに再び同じ抗原が侵入してくるとマスト細胞の受容体に結合していたIgEに結合してマスト細胞は活性化されるのです。活性化されたマスト細胞はヒスタミンなどの生理活性物質を多数放出しアレルギー症状を引き起こすのです。
生理活性物質には末梢血管を拡大したり平滑筋を収縮させたりする効果があります。
その後、遺伝子の解明が進むにつれて、病原性に関与する遺伝子のみを人工的に破壊すれば、有効にワクチンを作ることが出来るのではないかという考えが生まれ、現在こうした新しい考えに基づいたワクチン開発が進められています。
アナフラキシーという現象は、当然ワクチン接種後も起こりうる現象ですが、これは血清療法において深刻でした。たとえば、北里柴三郎が開発した破傷風ワクチンは、当時馬を破傷風菌で免疫して作りましたから、これで治療を受けたヒトの血中には馬の蛋白に対するIgEが大量に出来ます。そこでもう一度同じ血清療法をおこなうとアナフラキシーを起こしてしまうということが知られています。
良く病院で治療を受けるときにペニシリンに対する過敏症が無いかどうか尋ねられますが、ペニシリンによるアナフラキシーを心配してのことなのです。
ワクチンの研究は、体外の『抗原(たんぱく質)』が侵入するとそれを無毒化する物質が血中に出来ることを明らかにしました。これが IgE というタンパク質で、侵入者に結合して無毒化してしまうのです。そして、この IgE はマスト細胞と共同してヒスタミンの放出を促し、アナフラキシー(アレルギー反応)も起こすのに関わっていることが明らかになりました。
しかし、考えてみると不思議なことです。外部から侵入してきたタンパク質に対しては抗体があり、自分自身が持っている膨大な数のタンパク質には抗体は出来ないのですから。何故なのでしょうか?
この疑問を解くのはなかかなの難問でした。
最初に提案された魅力的な考え方は、IgEは鍵と鍵穴、あるいは酵素反応の際の酵素と基質、のように抗体(IgE)と抗原との形がビタッと合って結合するのでは無いだろうかという鋳型説でした。しかし、何故外部から侵入したタンパク質にそのような鋳型が出来て内部のタンパクには出来ないという点がわかりませんでした。