ヒト細胞個別識別法

2000年米インビトロバイオロジー学会、細胞バンクワークショップで紹介(June 10-15)
注：
分析はＡＢＩ社のキャピラリシークエンサ（DNA塩基配列分析装置）にかけて分析します．
実験では，ローカスごとに2本または1本のバンドが出現しますが，個体ごとにピークの出現位置が変動し、ピーク位置が一致した場合に同一個体に由来すると判定します(結果)。
しかし、培養細胞の場合，まったく同じ細胞であっても，長期間にわたって異なる研究室で独立に培養されることがあり，染色体に変化が見られることがありますので、少数のピークについて不一致（多くは脱落）が見られることがあります。
問題はこのような場合に、同一細胞か否かを判定する基準をどのように設定するかが問題となります。
HeLa細胞は、多くのバリアントが知られていると同時に同じHeLaのバリアントでも独立に長期間培養されてきたものもあります。また、多くの細胞がHeLaのコンタミだということが既に知られているものがあります。たとえば、KB, J111, Chang Liver などは有名なHeLa細胞がコンタミしたもので、当細胞バンクでもHeLaマーカ染色体の存在、アイソザイムのG6PDがTypeAであること、DNAプロファイリングシステムでHeLaと同一パタンを示すことなど、HeLa由来であることを確認してきました。そこで、これらの細胞をこのSTR-PCR法実験の結果を分析することで、クロスコンタミ細胞の評価法を検討することが可能だと思います。
アイソザイム分析では，動物ごとの差を見ることになりますが，STR-PCR 法ではヒト細胞相互での差を見ることになります（個別識別）．なお，サルに由来する細胞の場合はごく少数のローカスしか検出されませんのでサル細胞相互の識別することまではできません．
この方法は，1999年1月から検討を実施してきました。その結果、若干の問題はあるもののかなりの精度で識別することが出来る見通しが立ちましたので、JCRB細胞バンクの品質管理に取り入れることにしました。
なお，1995年ごろ，我々はＤＮＡプロファイリング法を実用的な個別識別法として開発し，全ての細胞についての個別識別を実施しました．しかし，この方法はサザンブロッティング実験により放射性化合物を使用しますので、手間・暇と同時に扱いにくい化合物を使用するなどルーチン化し難く，日常的な品質管理実験として利用することができませんでした．この問題を改善するのに，ＳＴＲＰＣＲ法は大変有力な方法です．なお，ＡＴＣＣでは，既にＤＮＡプロファイリング法を日常的な品質管理の中に取り入れてきましたが、我々と同様STR-PCR法を実用的な検査法として細胞の検査を開始しております。その結果、いくつかの女性由来細胞にY染色体のシグナルが検出されることを、STR-PCR法で観察し、その情報を送ってきております。メールをこのサイトに公開しておりますので参考にしてください。
以下にSTR-PCR法の実験方法と、結果について紹介します。また、本実験ではプロメガ社のプライマーセットとＡＢＩ社の塩基配列分析機器を使用します．
References

Construction of a Reaction Mixture

PCR Master Mix Component	Volume/sample
Nuclease-Free Water	17.05 ul
10 x STR Buffer ^*１）	2.50 ul
Primer Pair Mix ^*２）	2.50 ul
DNA polymerase ^*３）	0.45 ul
Template DNA ^*４）	2.50 ul
total volume	25.00 ul

10x STR buffer

KCL	500ml
Tris-HCl(pH8.3 at 25 C)	100mM
MgCl2	15mM
TritonX-100	1%
dNTP	2mM each
BSA	1.6 mg/ml

Primer Pair mix for ABI Prism 310 system.

Primer pair mix used is purchased from Promega Co., "PowerPlex^TM 1.2 System", including following primers with indicated fluorescent terminal labels.

Primer Set No.1

TMR-vWA
TMR-TH01
TMR-Amelogenin
TMR-TPOX
TMR-CSF1PO

Primer Set No.2

FL-D5S818
FL-D13S317
FL-D7S820
FL-D16S539

TMR: 5'-terminal carboxy-tetramethyl rhodamine label.
FL: 5'-terminal fluorescein label.

**PCR Cycling ^*５）**

95℃ for 11 min, then:
96℃ for 1 min, then:

94℃ for 30 seconds
ramp 68 seconds to 60℃, hold for 30 seconds
ramp 50 seconds to 70℃, hold for 45 seconds
For 10 cycles, then:

90℃ for 30 seconds
ramp 60 seconds to 60℃, hold for 30 seconds
ramp 50 seconds to 70℃, hold for 45 seconds
For 22 cycles, then:

60℃ for 30 minutes

＊ store the PCR products at -20℃, in a lightprotected box

Detection of the Fragments Using the ABI PRISM 310 Genetic Analyzer

Sample Preparation

Mix 1ul of Fluorescent Ladder(marker), 24ul of deionized formamide and 1ul of the amplified sample.

Denature the mixture by heating at 95℃ for 3 minutes and immediately chill on ice for 3 minutes.

Capillary Electrophoresis and Detection.

実験結果と考察

Cross contamination の有無に関する評価

この実験を開始したころ、ドイツの細胞バンク、DSM、から日本で樹立されたECV304がEJ-1/T24と同一細胞の可能性があるという情報が舞い込みました。そこで、この３者を比較しながら系の確認をしましたので、その結果を紹介しておきます。図１は、上記プライマ-セット No.1 で得られたグラフ，図２は、プライマセットNo.2で得られたグラフです。
グラフを眺めてみると EJ/1, T24, ECV304 の３者は大変よく似たパタンを示すことがわかりますが、僅かながら一致しないピークのあることもわかります。従って、このパターンだけでは曖昧さが残りますので、評価する必要があります。そこで、次のようなデータ処理をすることにしました。
ここでは、ピークが出現した位置を「１」、出現しなかった位置を「０」としたデジタルデータとして扱います。これに従うと、この３つの細胞は次のように表現できます。カッコ内のロット番号の後ろが、図の結果からピーク位置を「１」として表示したものです。

JCRB0710:EJ-1 (041597)

0001010000000010000000100000000100000000000010000010000010001001000000101000

JCRB0711:T24 (101596)

0001010000000010000000110000000100000000000010000010000010001001000000101000

NIHS0220:ECV304(062599)

0001000000000010000000110000000100000000000010000010000010001001000000001000

JCRB0744:ECV304(011499)

0001000000000010000000110000000100000000000010000010000010001001000000001000

細胞の識別をするにあたって、２つの細胞（細胞Ａ,細胞Ｂ）の比較を基本とすることにしました。計算は、次のような簡単な計算式で、この値をEvaluation Value（評価値）と名付けました。

Evaluation Value (EV) =

（細胞Ａと細胞Ｂで一致したピークの数）　ｘ　２
-------------------------------------------------------------
細胞Ａで検出されたピークの総数　＋　細胞Ｂで検出されたピークの総数

EV 値は０から１の間となり、完全一致の場合は 1.0 となり、完全不一致の場合は 0 となります。
あるヒト細胞がユニークであるか否かを確認するには、調べたい細胞を基準細胞として選び、それに対して他の全ての細胞に対してＥＶ値を求めなければなりません。計算は簡単ですが繰り返し同じ計算を行わなければなりませんので、プログラムを作成して自動計算をさせることにしました。計算とその結果の表示は細胞識別のページ(CellID)に公開しました。

この式で、まったく関連の無い細胞間で比較を行なうと、EV値は、概ね0.3から0.5あたりにピークを持つ正規分布となります。しかし、同一起源を持つ細胞の場合はこれとは異なって 0.8-1.0 にピークが出ます。このことから、0.8-1.0の間の Evaluation Value が得られた時は、クロスコンタミネーションの可能性が高くなります。
ところが、数値だけでは、1,0 以下の場合、どの程度までを同一細胞であると識別して良いか確定が困難な場合があります。そこで、毎回図１、図２のようなグラフを作成して確認することが良いと思われます。
そのために、ＥＶ値を０.０から１.０まで０.０５づつ２０のセクションに分割し、各セクションに相当するＥＶ値を持つ細胞の数を集計して、グラフとすることにしました。このグラフも先のホームページ上で表示できるようにしました。グラフは、Evaluateと書かれた項目タイトルをクリックすることによって表示されます。
ということで、上記の EJ-1, T24, ECV304 を見ると、この３種の細胞間での Evaluation Value は、0.8以上となり、非同一細胞の分布とは明らかに異なった分布を示すことが一目でわかります。これから、EJ-1,T24,ECV304の３つの細胞は同一起源の細胞であると結論しました(Tanabe,H. et.al. TCRC, 18:329-338, 1999)。
他の細胞の結果は、細胞識別システム(CellID)をご覧下さい。
*１）、*２）GenePrint PowerPlex 1.2System （Promega Co.）.
*３）AmpliTaq Gold (PE Applied Biosystems Co.).
*４）0.4ng/ul（1ng template DNA）.
*５）Perkin-Elmer GeneAmp PCR System 9600 Thermal Cycler.
TH01 プライマーバンド10で観察されるピークの移動について

Takada,Y.
99/02/19, 2000/10/20