細胞分譲の有償化とヒューマン サイエンス振興財団の関与について
1999年4月19日 水沢 博
本事業は1984年に対がん10ヵ年総合戦略の開始に伴ってがん研究を支援するという目的を持って設置されました。当時,この事業はがん研究振興財団が実施し,事業費は船舶振興会からの多大な支援を頂いて実施されることになり,具体的な細胞の管理に関する事業と研究は,がん研究振興財団から国立医薬品食品衛生研究所,変異遺伝部第3室に委託され,委託事業としてスタートすることになりました。
そのため,分譲はがん研究に限定して無償で実施されることになりましたが,当然がん研究とは関係ない様々な医学系研究を実施している研究者からの依頼も多数にのぼり,10年間の間に分譲数は大変大きく伸びることになりました。その結果,本事業は医学・薬学・生物学研究に不可欠な存在であるということが強く認識されることになったのです。
そこで厚生省は,本事業を委託事業から国の事業として正式にサポートし,広範な研究者を対象として研究基盤の整備を図ることを決め,1995年から国立医薬品食品衛生研究所に「培養細胞研究資源基盤整備事業」を新たに置くことになりました。厚生省はこの新事業を立ちあげるための予算措置等に関する交渉を大蔵,総務庁当局と行ったわけですが,その際無償での分譲では無く,有償にすべきである旨の指導を受けることとなりました。
有償化がこのような事業に馴染むか馴染まないかということは議論がある点だと思いますが,少なくとも実務的には有償化されると,国の研究機関においては金銭の授受について大変煩雑な会計処理が加わることとなり,迅速なサービスがほぼ不可能になるという側面があることは否めませんでした。つまり,培養細胞は全て国有財産となるわけですから,その有償配布は国有財産の払い出しというカテゴリーで処理をするために,それを管理する法規にのっとって実施されることとなります。そのため,どうしてもお役所仕事が付いてまわってしまうことに問題があるという印象を持ちました。
特に研究材料は迅速な供給体制を確立するということが最も重要な課題の一つですから,複雑な「払い下げ」に則った処理によって迅速サービス体制を確立できないとなると税金で賄われている事業費の有功活用が図られないことになってしまうため,何とか迅速な供給体制を確立できるシステムにすることはできないかという点が工夫を要する点でした。
そこで,よりフレキシブルに有償頒布に対応できる外部の団体に事業の一部,即ち「有償頒布部分」を担当してもらうのが妥当なのでは無いかという結論に至り,厚生省の外郭団体であるヒューマンサイエンス振興財団に担当して頂くことになったのが経緯です。
研究資源の有償配布についての議論は次のような点でした。
現在は,バンク事業の本体部分(マスターバンク)は,国立研究機関で実施されておりますので,その事業費は税金で賄われています。一方,細胞を利用する研究機関も公的な研究機関では税金から研究費が支出されておりますので,有償であるか無償であるかは,どちらの税金で事業を賄うかということになるだけで大きな違いはありません。この限りでは有償であっても無償であっても構わないと思われます。
しかし,民間の企業や海外の研究者は日本国の税金で研究を実施しているわけではありませんので,先の考え方に則れば無償で配布することは理屈上おかしなことになってしまいます。一つの解決策は公的な研究機関には無償で,それ以外は有償というようなやり方も考えられるのですが,海外の事情や総務庁の指摘を取り入れて全面有償化が望ましいであろうという結論に至りました。
このようにして有償化が決まったのですが,アンプルを分譲する際に注意している点は,売りっぱなしでは無く,受領した研究者が培養に成功するまでサービスをするという点においております。つまり私どもの事業の目的は,細胞を販売することでは無く,研究を支援することにあるわけで,細胞を受領する方々は経験の豊富な方も居れば新たに培養細胞を利用しようという方もおられますから,特に初心者に対しては培養が成功するまである程度の指導をしっかりしなければならないという姿勢を持たなければならないと考えております。
また,金額については,大変難しい点で,西欧先進諸国の細胞バンクがどの程度の金額を付けているかということを参考に,アンプル1本あたり 1万円から1万5千円程度の金額にしておりますが,現状ではこの金額では事業の運営に十分であるという金額ではありません。あくまでも,利用者が研究費で払える範囲でということを考慮して決めた金額です。しかし,海外の事情を考えるとたとえば隣の韓国では経済事情からこの金額は高すぎるという声もありますので,考える必要がある点では無いかという気持ちもありますが,独立採算で十分に賄えるという金額ではないことも事実で,国からの援助を頂いていることも事実です。
現在,年間のアンプル頒布数はおよそ2000アンプル強ですので有償頒布による収入はけして大きなものではありません。従って,明らかに赤字運営ということになっておりますので国からの支援が無ければ事業を継続させることは不可能です。
なお,現在はマスターバンクが国立医薬品食品衛生研究所という国の研究機関の中にあり,分譲部分のみをヒューマンサイエンス振興財団が担当しております。従って,マスターバンクは税金で事業費が賄われ,分譲部分のみが独立採算を意識した運営方式となっております。しかし,ここが分離しているために仕事がやりにくいという側面もまたありますので,この点をどうに改善しつつ研究基盤の整備を図るかは今後の課題となっております。
国際的に類似の事業を眺めると,ATCCは半官半民に近い形で多額の研究費補助を国から得ていますが,近年イギリスも財団法人に近い組織に移行しました。ドイツでも類似の組織形態をとっており,国の事業としているケースは比較的少ないようです。アメリカは当初から独立組織で事業が始まっておりますが,ヨーロッパでは当初国でスタートして軌道に乗ってきたところで財団化するという方向に向かってきています。アジア諸国では類似の事業がまだ未成熟なケースが多いので,まだ国が管理をするというスタイルを取っているようです。
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