私は何十年も炭酸ガスフランキを使わずに、無蛋白系培養細胞の継代を続けています。無論、途中凍結保存をしたりせずにです。ということは、「組織培養には炭酸ガスフランキを使う」ことは常識ではあっても、絶対条件ではないということです。但し、それは私が培養細胞の維持にはシャーレのような解放系の培養容器を使わずに、プラスチック培養瓶を密閉して使っているから出来ることです。
「培地のお話」に書いたように、炭酸ガスフランキが一般に使用されていなかった頃は当然、誰でも密閉容器を使っていました。その頃はガラス瓶にゴム栓が常識でした。
密閉系であっても、培地に重曹が処方されていれば、容器内の気相に培地内の重曹から炭酸ガスが放出されるわけですから、培地のpHは当然上昇します。そこで、昔から培地のpHを理想的に安定させるにはどうしたらよいかが、問題になりました。培地内の重曹量を減らして燐酸バッファを効かせたのが、HanksやGeyの塩類溶液です。Earleの処方は炭酸ガスフランキを使用することが前提で、培地内の重曹と炭酸ガスフランキ内の炭酸ガス濃度の緩衝作用を考慮されたものであることを、昔は皆承知して使っていたと思います。
pHの問題以外に、培養細胞には炭酸イオンは必要です。pHの緩衝剤としてヘペスが使われるようになったころ、無蛋白培地での実験で、重曹を0にしてヘペスでpHを調節した培地ではpHは安定したけれど細胞の増殖が抑制され、その条件下で僅かな量の重曹を添加すると増殖は上昇するけれど、結局pHも上昇してしまったという経験があります。勿論、炭酸ガスフランキ使用の解放系の実験ではありません。
培地に血清を添加することも、組織培養培地としては常識のように思われています。血清は細胞増殖のための増殖因子や膠質浸透圧の問題だけでなく、低分子の無機物や糖の供給をも助けています。pHの緩衝作用も抜群です。合成培地の糖をグルコースからガラクトース・ピルビン酸に置き換えたライボビッツのL-15の場合、血清を10%も添加すると、血清から補給されるグルコースが使われることになりますから、もし完全に置き換えようと思うなら、血清は透析する必要があるわけです。L-15で培養されてきた細胞系についての、質問がありましたね。L-15は、グルコース培地では乳酸の産生が早くて、pHが急速に下がるのを緩和するために、ガラクトース・ピルビン酸に置き換えた培地のはずです。
細胞系によって、至適培地が異なることの意味をもっと意識して戴きたいものですね。
ではとりあえず。
ということがあったので、CO2が何故必要なのかということを、培養の基礎講座に入れておいたほうが良いと考え、再び高岡先生にこの件で1項目書いていただけませんか?とお願いしたところ、このご返事を頂きました。
今更項目を起こすことも無いでしょうということですが、その理由は実は培地の塩類の組成や糖の組成と大変密接に関連しているので、エッセンスは既に書いてあるというご指摘でした。
なお、JCRB細胞バンクのカタログでは、初心者でもわかりやすいようにと思い、CO2の濃度も各細胞のデータの中に書き込むようにしました。しかし、これはバンク事業が始まってからだいぶ時間が過ぎて始めた作業ですので、古い記録の中にはまだ入っていないものもあり、初心者の方には誤解を招いてしまったようです。このお話にあるように、炭酸ガス(CO2)を入れることが普通のことですので、特に『入れない』という記載が無い限り5%の炭酸ガスを使用するものであると思ってください。
なお、その後高岡先生より、高価なCO2インキュベーターを付かなくてもちょっとした工夫でCO2培養できるというお話を伺いました。これについて『組織培養』にかつて投稿されたことがあるとのことで、その原稿のコピーを頂きましたので、次の項目に収録させていただきました。