【勝田班月報:6903:培養哺乳動物細胞のDNA障害と修復機構】

《勝田報告》

 2月14日のシンポジウムで『組織培養内での細胞の化学発癌』と題し、この3年間における当班の発癌実験の結果をまとめて勝田が報告することになっているので、その予行演習をかねて、一通りスライドによって話をしたが、ここでは、その内の勝田研究室での最近の成果だけをまとめて記載することにする。

 §4NQOによるラッテ肝細胞の培養内発癌:

 正常ラッテ肝細胞のDiploid株RLC-10を用い、4NQOで処理した実験はこれまでに5系列あるが、その何れの系においても、ラッテの復元接種は陽性であった。

 岡大の佐藤班員の実験法と異なり、我々はでき得る限り4NQOの処理時間と処理回数を少くするように努めた。また4NQOの処理は、3.3x10-6乗M、30分処理を1回とし、1〜4回の処理を行った。(実験系の略図を呈示)

 #CQ-39では4回処理後約3月、#CQ40では1回処理後約3月、#CQ41では3回処理後1.5月弱、CQ42では2回処理後約1.5月の培養の後に、生後24時間以内の同系ラッテの腹腔内に接種量300〜500万個/ratで接種した。

 復元接種してから腫瘍死まで#CQ39では約5月、#CQ40では約3.5月、#CQ41では約7月、#CQ42では約3月、#CQ50では約3月を要している。

 腫瘍は組織学的にはいずれも肝癌であった。

 このように全実験例において悪性化したということは、今後発癌過程における細胞特性の変化を追究する上に、非常に好適な実験系の得られたことを意味している。

 対照として、無処置のRLC-10も同様の方法で復元接種したが、現在まで腫瘍形成をみない。しかし対照の場合には、実験群よりずっと多い数の細胞を接種する必要があると考え、目下準備中である。



《山田報告》

 前回4NQO(3x10-6乗M)をin vitroで30分接触させた直後のRLC-10の細胞表面の変化を5日間追求しましたが、その後同一条件で4NQOを接触させた後70日目の細胞を検索しました。Controlの細胞の電気泳動度は0.77μ/sec/V/cm(未処理細胞)、0.75μ/sac/V/cm(シアリダーゼ処理細胞)であるにかかわらず、4NQO接触後の細胞は0.78μ/sec/V/cm(未処理細胞)、0.62μ/sec/V/cm(シアリダーゼ処理細胞)の電気泳動値を示しました。

 即ち4NQO接触後70日目の細胞はシアリダーゼ処理により0.16μ/sec/V/cmの泳動値の低下を示すので、一応腫瘍型のpatternになったと云へます。しかし今回用いた細胞はどういうわけか保存が不良で、この成績から直ちに結論を出せません。次の培養世代に同一細胞について再検してから結論を下したいと思います。

 細胞電気泳動値を増幅する方法の開発:

 細胞電気泳動度を増幅させて、測定値を大きくし、より微細な泳動度の変化を検索出来る方法を考えてみました。まだ実用化の段階ではありませんが、その骨子を書いてみます。 そのアイデアは細胞表面の陰性荷電に、多値陽イオン物質を結合させ、二次的に多値陰イオンを結合させて、細胞表面の荷電密度(陰性)を増幅させようと云うものです。

 前者としてはプロタミン硫酸、後者としてはPolyvinylsulfate kalium(P.V.S.K.)を用いました。(いづれもコロイド滴定に用いる物質です)。

 (図を呈示)種々の濃度のプロタミン硫酸を泳動メヂウム内に入れて細胞の電気泳動度を測定しますと、細胞の泳動速度は、プロタミンの加へられた濃度に応じて低下し、高濃度の状態では細胞は反対極(陰極)へ移動する様になります。即ちプロタミン硫酸の陽性荷電は細胞表面内陰性荷電にすべて結合するのではなく、その一部は遊離してくると考へられます。

 この状態で二次的にP.V.S.K.を結合させると、遊離してゐるプロタミンの陽性荷電と結合して、細胞表面は強く陰性になると考へられます。

 実際にこの結合を起させるために、まずプロタミン硫酸を細胞(AH62Fラット腹水肝癌)に混じた後、遠沈して細胞のみをとり出し(洗わない)その泳動度を0.0012NのP.V.S.K.を含むメヂウム内で測定した所、著明な泳動度の増加を認めました。しかしあらかじめ濃いプロタミンを加へておくと、細胞はP.V.S.K.を含むメヂウムのなかで粘液状になり測定が行われませんでした。この場合細胞の破壊が考へられますので、より安定な細胞の破壊がなく、常に安定した値が得られる条件を、これから探してゆきたいと思って居ります。



 

:質疑応答:

[堀川]今の段階ではメヂウムにプロタミンを添加して電気泳動値を測定しているわけですね。技術的にはむつかしいかも知れませんが、プロタミンのはいったメヂウムは洗い去って、細胞についたものだけで測定したらどうでしょうか。

[山田]そうですね。

[勝田]細胞が生きている時と、死んでからでは泳動値は違いますか。

[山田]死んでから刻々に泳動値がおちるようですが、そう急には変りません。

[勝田]生きている状態でプロタミンを作用させるのでなく、固定して死んだ細胞にプロタミンを添加する、或いは他の物質を結合させてみたらどうでしょうか。

[堀川]4NQOを処理した場合の電気泳動値の変化は、細胞が死んでゆく過程の変化ではありませんか。

[山田]今回のデータの場合はむしろ細胞のダメージが殆どない状態での変化をみています。今後同じ4NQOを処理した実験でも、もっとダメージの大きい時はどういう変化があるのか、また発癌性のないもので処理した時はどうなるのか調べてみたいと思っています。

[安藤]P.V.S.K.を作用させたら、ヌルヌルしてしまったと云われましたが、それは細胞がこわれてしまった為ではありませんか。

[山田]電気泳動値の測定の場合、ずっと形態をみているわけで、そうひどくこわれているようには見えませんが、トリプシンをかけた時と似た状態になりますね。P.V.S.K.はRNAに結合するのですか。

[安藤]P.V.S.K.は蛋白合成の阻害に使われています。核酸はマイナスチャージですから、核酸とP.V.S.K.が結合するとは考えられません。

[堀川]荷電は膜の構造の変化にだけ依存するのですか。内部の構造は影響しませんか。

[山田]コロイドによる実験では膜の変化に依存するといわれています。しかし、膜に影響なく内部だけ変化させるという条件はむつかしいですね。勝田班長の所の4NQO変異細胞は、処理が一回、佐藤班員の所は非常に回数多く処理をしています。電気泳動値からみて、佐藤班員の所の細胞が悪性腫瘍の形に近いのは、重ねて処理することによって悪性のものを選別して、だんだん悪性細胞の集団が増えているのではないかと考えています。



《佐藤報告》

 ☆N-methyl-N'-nitro-N-nitrosoguanidine(MNG)の細胞障害効果について。

 ラット肝臓由来細胞に及ぼすMNGの細胞障害効果を検討した。効果の判定基準として、増殖率(増殖曲線及びコロニー形成率)に置き、形態的観察も合わせ行った。

 『材料と方法』

     
  1. 細胞:生後5〜6日目の呑竜ラット肝臓由来細胞でなるべく培養初期のもの(初代〜5代、約80日迄)  
  2. 培地:20%ウシ血清添加Eagle'sMEMを用いた。
  3. MNG:滅菌再蒸留水に10-2乗Mで溶解し、4℃にて保存し、使用時適宜稀釋して使用した。  
  4. 増殖率:増殖曲線は同型培養法によった。コロニー形成率は原則としてPetri皿(60mm)に5,000〜25,000個の細胞を植込み24時間後にMNGを添加し、そのまま1週間作用させ、直ちに固定するか更に5日間のMNG(-)の培地で培養後、固定染色し、“visible colony”数から算定した。  
  5. 形態的観察:主にギムザ染色標本にて観察した。
 『結果』

     
  1. 溶媒の検討:(i)MEM+BS20%、(ii)MEMのみ、及び(iii)Earle's BSSを夫々pH 7.2に調整し、それらを溶媒とした。作用条件はMNG 10-4.5乗M、37℃、2時間で、同型培養法により増殖曲線を求めた。その結果、溶媒の差による細胞増殖抑制効果は少ないことが分った。

     

  2. pHの検討:そこで溶媒をMEMだけにしぼり、pHを(i)6.0、(ii)6.4及び(iii)7.2に調整して作用させた(10-4.5乗M、37℃、2時間)が、pHの差により、MNGの細胞増殖抑制効果はあまり影響を受けない。

     

  3. 濃度の検討:MNGの濃度を(i)10-5.0乗M、(ii)10-4.5乗M、(iii)10-4.0乗M、及び(iv)10-3.5乗Mとして、MEM+BS 20%の培地(pH7.2)に稀釋し作用させた(2時間、37℃)。(以後、実験毎に増殖曲線図を呈示)10-4.5乗M、2時間という条件で多くの場合、48時間の増殖曲線に見る限り細胞増殖は見られないことがわかった。

     

  4. 作用時間の検討:溶媒MEM+BS20%、pH7.2、MNG10-4.5乗Mという条件で作用時間をかえてみた。追試の結果も総合すると、2時間の作用で急激な増殖抑制効果が、又その後は極めて緩徐な抑制効果がみられた。

     

  5. 次にコロニー形成率で検討した結果。

       
    1. 材料と方法で述べた通り10-5.0乗〜10-3.0乗Mで作用させ、再三同様な実験を行い、ほぼ一致した結果が得られ、対照を100%として10-4.0乗Mでは10%以下であった。又コロニーの大きさはMNGの濃度が高まるにつれて小さくなる。

       

    2. 方法を変えて対数増殖期の細胞をトリプシン消化により浮遊状態とし、MNGを作用させた後、(作用条件は50,000cells/2ml、Hanks'BSS、pH6.4、10-5.0乗〜10-3.0乗M、30分間、37℃)一度Hanks BSSで洗い、petri皿に植込んで、1週間後に固定染色をし、コロニー形成率をみた。結果は、10-3.0乗Mではコロニーは全然見られなかったが、5)-1の結果とちがい、10-4.0乗Mでも高頻度にコロニー形成が見られた。そこで形態的にコロニーの分類を行ったところ、上皮性細胞コロニーは極めて少数であった(約20%)。

     
  6. 形態学的観察では、今迄の条件、即ちMEM+BS20を溶媒とし、MNG 10-4.5乗M、2時間から48時間迄の間には著明な変化は見られない。詳細は目下検討中である。

     以上、細胞障害作用を中心にして報告して来た。これを更に発展させMNGによる発癌実験へ持って行きたいと考えているが、未だ問題が残っている。pHの問題も、細菌学領域の突然変異誘導至適pHが酸性に傾いていることなどから、やはり再度考えねばならないだろう。またmixed population中におけるMNGへの感受性の違いが著しいので、出来る限り早期にcloningした細胞について仕事がなされなければならないと考える。



 

:質疑応答:

[山田]培養日数271日の対照群と比べて、4NQO処理群は染色体の上でどの程度の変異がありますか。

[難波]正二倍体が殆ど無くなってしまいます。それからマーカーになる染色体をもったものが出現してきます。

[堀川]NGの濃度について、高木班員はμg/ml、佐藤班員の所はモルというのは、比較に困りますね。

[勝田]モルで揃えた方がよいですね。

[高木]そうしましょう。

[勝田]NGの実験を始めるのなら、その吸光度とか培養後に培養液中にどういう形で残っているかといったことも、調べておく必要がありますね。

[吉田]上皮細胞様のコロニーがやられてしまうということは、fibroblasts様のコロニーが残って悪性化するのだということになりませんか。

[難波]そのようにも考えられます。上皮細胞様、fibroblasts様、両方のクロンをとって実験をすすめてゆくべきだと考えています。

[山田]培養細胞を動物へ復元して出来た固型腫瘍の組織像をみてみますと、接種した細胞が上皮性の細胞なのに、組織像にはfibroblasts様なもの、肉腫様のものが混じるのは何故でしょうか。それから、皆さんから培養細胞を貰って実験をしていると、細胞の名前を統一してほしいと感じます。例えば医科研の細胞には必ず頭にIとつけるとか、岡山のはOとつけるとか。

[堀川]株の出来た順に通し番号をつけると、分かりやすいと思いますが、それではoriginが分からなくて困りますね。

[安村]登録名の他によび名として固有名をつけるとよいと思います。その場合、登録名と固有名の関連をはっきりさせることが必要です。

[吉田]動物の純系の場合は、作った人の名前か場所の名前をつける事にしています。

[勝田]日本組織培養学会の株細胞の登録をすればよいのですがね。



《高木報告》

 NG-4の実験につきNo.6812以降記載して来ましたが。本号ではこれをまとめて報告させていただきます。なお日取りなどで、これまでの月報にやや誤りがございました。御詫びいたしますと共に本号の通りに訂正させていただきます。

     
  • 1967年8月28日、生後4日目のWistar King A rat胸腺を培養、繊維芽細胞をえて、これを継代。

     

  • 9月22日、培養開始後25日目、3代目の細胞にNitrosoguanidine 10μg作用せしめた。すなわちNG10μgをacidic Hanks(pH 約6.5)にとかして2時間作用せしめ、これに2倍容の培地(LH+Eagle's vitamine+10%仔牛血清)を加えて計6日間培養し、その後培地を交換した。対照の細胞はNGを含まないHanks液で同様に処理した。処理した細胞はしばらくNGの障害作用によりdamageをうけていたが、次第に増殖しはじめ、12月6日、処理69日後にはcriss-crossなどのinitial changeに気付いた。この時100万個の細胞を生後3週間目のWKArat2匹に接種したが、6ケ月たってもtumorを生じなかった。

     

  • 1968年3月5日、処理後159日目、confluent cell sheetの中にpile upする像を認め、またあちこちにfociがみられた。この頃より対照の細胞に比して増殖が良くなり、対照の4〜5倍/wに対し、処理した細胞では8〜10倍/wの増殖率を示した。

     

  • 7月29日、処理後34代目、305日目の細胞100万個をnewborn WKArat9匹に皮下に接種した。その中6匹は接種後10日以内に死亡したが、残る3匹に10月7日、接種後70日でtumorを生じているのに気付いた。対照の細胞を100万個同時に接種したrat2匹は接種後10日以内に死亡したので、10月26日、培養開始後42代目、394日目の対照細胞を100万個newborn WKAratに皮下に接種した。この中7匹は接種後70日から90日にかけて死亡(主に肺炎によると思われる)したが、死亡時tumorの発生はなく、残る1匹は109日現在なお観察中であるが、未だtumorの発生をみない。なおtumorを生じたratは各々101日、134日、155日目に瀕死となったので剖検した。

       
    • No.2 rat tumor:pleomorphic sarcoma、3x5.5x2.5cm大、接種後101日目にsacrifice、上記主腫瘤の外、娘腫瘤もあった。

       

    • No.3 rat tumor:pleomorphic sarcoma、11x5.8x7.1cm大、230g、接種後134日目にsacrifice、expansiveなgrowth。

       

    • No.1 rat tumor:pleomorphic sarcome、9x5x4.3cm大、接種後155日目にsacrifice、脊髄に浸潤していた。

     これらのtumorから再培養、あるいは移植を試みた。
 再培養:

 No.2 rat tumor:培養7〜10日後よりround cellのmigrationにつづいてfibroblast-like cellsのgrowthがみられたが、初代培養ではfibroblastとtumor cellがまざって生えていた。継代するごとにtumor cellが優勢となり、3〜4代、培養開始後50〜60日頃からは殆どがtumor cellsと思われる。培養開始後76日目の細胞100万個をnewborn WKArat4匹の皮下に接種したが、10日後にはすべてに結節をみとめた。

 No.3 rat tumor:培養後、round cellのmigrationのみであったが、2〜3週後よりfibroblast-like cellsのおそい増殖がみられた。培地中に浮遊している細胞を集めて継代し、またfibroblast-like cellsのsheetをtrypsinizeして継代したが、現在4代目62日でいずれの培養もfibroblast-like cellsの増殖をみている。この細胞がtumor cellかfibroblastか位相差顕微鏡で観察した処でははっきりいえないが、場所によってはoriginのNG-4 cellsとよく似たところがある。No.1 rat tumorも大体同様である。なおこのtumorを生後3週間のWKAratの腹腔内に接種して生じたtumor、No.3-TL-1 tumorの再培養を行ったが、培養開始後42日目の現在、細網細胞様形態のtumor cellsと思われるもののcolonial growthがみられる。

 移植実験:

 No.3 rat tumorの移植について記載する。1968年12月10日、生後22日目のWKArat4匹の皮下、4匹の腹腔内、計8匹に移植した。

     
  1. 皮下移植系:

    移植後14日目に4/4すべてにtumorをみとめた。26日目には1/4のtumorはregressした。2/4は33日目に死亡、この中1匹のtumorを生後1ケ月のWKAratの皮下に2代目の移植を行ったがtumorの発生はみられない。残る1/4は44日目に生後3週のWKArat3匹、Wistar rat2匹の皮下、腹腔内に移植したが、これも今日までtumorの発生をみない。

     

  2. 腹腔内移植系:

    移植後14日目に2/4にtumorをみとめた。その中の1匹は皮下に出来たtumorで(移植のさい皮下にもれた)27日目に死亡した。他の1匹は20日目に著明な血性腹水とsolid tumorがみられたのでsacrificeし、腹水とsolid tumorをそれぞれ生後4週間のWKA2匹および生後3週間のWistar1匹の腹腔内に2代目移植した。solid tumorを移植したratには今日までtumorの発生をみないが、腹水を移植したWKAratの中1匹に大きな腹腔内腫瘤を生じ、23日目に死亡した。このtumorは移植しなかった。

 概略以上の通りで、ある系では2代目まで移植出来たが、3代目は未だに継代出来ていない。(各系の顕微鏡写真を呈示)



 

:質疑応答:

[梅田]培地にパイルベイトとグルタミンを入れておられるようですが、何か理由がありますか。

[高木]特に理由はありません。多分、黒木さんのデータから引用したのだったと思います。

[堀川]コロニーフォーメションに有効だというデータですね。

[安村]それは、今では撤回したはずです。培養細胞を復元して出来た腫瘍を次に動物へ継代してつかないというのは、どういうわけでしょうか。

[吉田]少し放射線を照射した動物に植えてみたらtakeされるのではないでしょうか。

[安村]案外NGによる変異細胞が一代かぎりで、継代しにくいという型なのかも知れませんね。

[高木]動物の年齢にも関係があるかも知れません。

[勝田]動物継代の初期には若い動物を使った方がよいと思います。

[難波]私の所のtakeされた系では2〜3カ月の動物で充分移植出来ます。

[高木]NGによるin vitro悪性化はまだ他に報告がないと思いますので、腫瘍が出来たという所までを、なるべく早いうちにまとめて論文にしておきたいと思っています。

[勝田]シリーズ物はなるべく早くまとめて発表するようにしたいものですね。細胞株が出来たという論文が出来ていないと、その細胞を使った仕事の論文を書くのに困りますから。早速、山田班員の電気泳動の仕事を論文にするのに、私の所の4NQO変異株の仕事と、佐藤班員の所の仕事が必要になるわけです。



《梅田報告》

     
  1. 諸種hepatocarcinogenをラット肝primary cultureに投与して惹起される変化を追求してきたが、その中で2-acetylamino-fluorene(AAF)については、先年11月号でふれた。今回医科研癌体質研究部の榎本先生よりAAFとそのderivativesの分与をうけたのでそれについて実験してみた。

     AAFはDABと同じく強力なhepatocarcinogenでMiller一派、Weisburger一派により詳細に研究されてきた。そして肝以外の肺、耳管、小腸等にも腫瘍を作る。そのNの位置でhydroxy化をうけたN-OH-AAFはAAFより更に強い発癌性を示す。そして皮下投与より肉腫を形成する様になりAAFのproximate carcinogenとして理解されている。このhydroxylationはNの位置が特異的に発癌性と結びついており、例えば7の位置のOH化は発癌性の増強を来さない。又一般に投与された発癌剤の代謝は早く局所からす早く運び去られるが、金属のChelate例えばN-OH-AAFのCu-chelateは局所に長く止り、例えば皮下投与により発癌性が更に高まると云われている。

     今回使用したものは上のAAF、N-OH-AAF、7-OH-AAFとN-OH-AAFのCu-Chelateの4種である。以上をDABの時と同じ様にDMSOに溶解しMediumで稀釋し、ラット肝primary cultureに投与して形態像の変化を追求した。

     DAB、3'MeDAB投与で見られたと同じ様な細胞質空胞変性、核の萎縮が肝細胞に認められ、AAFでは10-3.5乗M、N-OH-AAFでは10-4.5乗M、7-OH-AAF、Cu Chelateは10-3.5乗Mで著明であるが、それ以下の濃度で変化は弱くなる。更にDABでは特異的に認められなかったが、AAFとそのderivativeでは間葉系、中間系細胞の核が一般に大きくなり、大小不整が著しくなっていた。特に核は膨化し、核質は淡くなり、核小体が円形化し縮少する。そしてN-OH-AAF、Cu Chelateが特にこの傾向が強かった。今迄の経験からこれと同じ様な変化はAflatoxin投与で見られた。

     肝細胞培養の対照として肺培養に同じ様な投与実験を試みた所、核の膨化、核質の淡明化、核小体の縮少化が見られ、この変化は肝細胞の障害濃度と一致していた。

     

  2. いろいろの問題があり発癌機構とどの程度関係があるか疑問が多いが、定量的に扱える便宜さのため、又将来是非とも肝、肺、等のprimary cultureに応用するための練習として、之等AAF derivativeをHeLa細胞に投与してその影響を調べた。

     4者の毒性の程度は前号(I)に記載した方法により調べた。肝臓培養細胞より、ややHeLa細胞の方がsensitiveであり、AAFの10-3.5乗M、N-OH-AAFの10-4.5乗Mで強いcytotoxicityを示した。

     形態学的変化としては、核の大小不整、核の膨化、核質淡明化、核小体の縮少化が見られ、特にN-OH-AAFに強かった。又変性細胞が混在し、Mitotic cellは見られない。変性細胞の中には核膜だけが残り、核質がすっぽりぬけている様なものもある。

     先月の報告の(II)で記載した高分子合成能についてN-OH-AAFを投与して調べてみた。N-OH-AAF投与後1時間でradioactive precursorを入れ、1時間中の摂り込み率を測定した。点線で毒性濃度(3日間培養した結果)を示した(図を呈示)。DNA、RNA合成能は共に同じ率でおちるが、蛋白合成能は10-4.0乗Mでもおちない。

     DAB等は10-3.5乗Mという毒性を示し始める濃度で結晶が析出するので、強い障害像を調べることは不可能である。その点AAFも同じであるが、N-OH-AAFは10-4.5乗Mでcytolyticであり、10-3.5乗Mでも結晶が析出しないため、上の実験が可能になったばかりでなく、今後の実験に良い材料と云える。

     

  3. 6812号の(III)(IV)、6901号の(I)(II)について報告してきた培養(ラット肝primary cultureにDAB 10-3.5乗M投与を2度行ったもの)は、肝細胞部と思われる部位に山もり状の増殖?が見られたので、subcultureした。しかし依然旺盛な増殖は見られない。



 

:質疑応答:

[勝田]薬剤処理してから何日後の観察ですか。

[梅田]薬剤は添加してから除かずに培養して4日後に観察しています。

[吉田]核小体が小さくなっているという表現がありましたが、実質的に小さくなるのではなく、核が大きくなったので小さく見えるのではありませんか。

[梅田]実質的に小さくなっているようです。

[勝田]顕微鏡映画をとって連続観察すればよくわかるでしょう。

[難波]電子顕微鏡でみれば核小体の内部の変化もはっきりわかるのではないでしょうか。AAFはRNA合成を阻害するので核小体が小さくなるとも考えられますね。

[吉田]DNA、RNAの合成がとまっているのに蛋白だけ合成されるというのは、どういうことでしょうか。

[梅田]それは2時間という短時間での観察だからだと考えています。

[堀川]発癌剤のスクリーニングに形態的変化だけを調べてゆくのでなく、梅田班員のデータのように取り込み実験を平行させてゆくべきだと思います。

[梅田]DABでも実験しようと思っていますが、DABは10-3.5乗Mの濃度で結晶が出てきてしまうのです。Nハイドロキシのようによく溶ける形にして実験するつもりでいます。

[勝田]細胞はHeLaを使っていると、先に進んでから困るのではありませんか。

[梅田]HeLaを使うと技術的にやさしいので使っているのですが、もちろん肝細胞で実験したいと思っています。

[勝田]スライドで見せられた、あの塊は肝細胞ですか。

[梅田]DAB処理後増殖してきたもので、肝細胞の塊だと思っていますが・・・。

[勝田]パイルアップしているものが、変異してどんどん増えてゆく細胞群だとは限りません。弱った細胞が押し上げられて塊になっていることもありますから。

[梅田]細胞をバラバラにするのに、DNaseを使うのはよい方法ですね。

[勝田]酵素は気をつけて使わなくてはいけませんね。トリプシンだって生きている細胞に作用しないと云われていますが、胸腺の細胞にトリプシンをかけると、細胞は死にませんが、グロブリンの顆粒がつぶれてしまうのです。



《安村報告》

 ☆Soft Agar法(つづき)

これまでの報告にCQ-42とかCQ-40とか、Cula-TC、Culb-TCとか、書いている本人もときどき錯覚するくらいですので、読者のみなさんはきっとまごついておられるでしょう。くわしいHistoryは月報のNo.6812に勝田先生がのべられていますのでもういちどがらんください。(略図を呈示)

 Cula、Culbはrat tumor lineのことで、それらの再培養系はそれぞれCulaTC、CulbTCという名です。こんご命名者の書式にしたがってCulaTCとかきます(Cula-TCでなく)

     
  1. CulbTC細胞:

    前号(6902)の2.でふれましたようにCulaTCにひきつづいて、このCulbTCをSoft agarの中でColonyをつくらせることにやっと成功しました。前回の実験(月報No.6901)では35,000個/plateでは1コのcolonyもできなかったので、今回は細胞数をふやして行いました。予想に反して好成績でした。(結果は表を呈示・21日培養で82,500/plate以上は数えられないくらいに多いコロニー数)各希釈あたりplateは4枚です。mediumは日水製の変法Eagle MEM(1xConc.)です。41,250/plateのところで21日めの判定で38コのColonyが数えられた。ところが28日めの判定ではもはや数えきれないくらいのColony数になってしまった。21日めに見落すくらいの小さなコロニーが多数あったのかもしれない。しかし、これらのコロニーはいずれも小さく径が1mm以下で、2mm以上に達するものはみとめられなかった。mediumが1xConc.のために栄養不足なのかもしれない。次回は再び2xConc.のmediumで再実験の必要があろう。これで前回のCulaTCでの成功と加えてやっとSoft agar法の目安ができたところです。

     

  2. C3-sとC3-l細胞のs-l dissociation:

    AH7974細胞からSoft agar法でクローニングしたクローンC3系のsmall size colony系のC3-sとlarge size colony系C3-lのそれぞれについてsmall-largeのdissociationをしらべてみた。目的はこのdissociation rateとTD50(tumorigenic dose 50%)との関係をしりたいからである。(表を呈示)C3-s系のefficiencyはわるく、しかもlarge colonyは1コもみられなかった。このことは前号でのべられたC1-sとC1-lのdissociation rateに大きな開きがなかったこと、C6-3の系ではlarge colonyができなかったことなどと比べて、クローン間の差を示すものか?



 

:質疑応答:

[堀川]今のスライドのコロニーは寒天の表面のコロニーですか。寒天層の中の方にあるコロニーですか。

[安村]寒天に細胞を混ぜてかためているので、寒天層の中にあるコロニーが殆どだと思います。

[堀川]C3-lのクローンからも出てくるコロニーはsmallの方が沢山出てくるのですね。つまりsmall sizeの方がドミナントなのですね。

[安村]そうです。

[吉田]smallの系からlargeが一つも出ないのですね。smallの方の数の総計はかなりな数になりますから、その中からlarge sizeのコロニーが一つも出ないということは、largeからはsmallが出るがsmallからはlargeが出ないということでしょうか。

[堀川]安村班員は予測として、どちらのコロニーが本当の悪性のものだと考えておられますか。しかし、それを決めるにはlargeからもlargeだけ出てくる系を樹立しないとはっきりさせられませんね。

[安村]現在large系を寒天にまいて、又large、large・・・とコロニーを拾うもの、又small系はsmall、small・・・と拾うものというやり方でクローニングを続けています。

[堀川]large sizeのコロニーの細胞と、small sizeのコロニーの細胞と個々の細胞の大きさに違いがありますか。largeの方が大きいのでしょうか。それともコロニーを作って居る細胞の数が違うのでしょうか。

[安村]はっきり判りません。細胞の大きさはあまり違わないように見えますが。

[梅田]それぞれの系の細胞の性質についてはどうでしょうか。たとえば、山田班員に電気泳動度を調べて貰うとか。

[安村]目下動物へ復元接種して悪性度をみているだけです。そのうちに、クローンとして安定したら電気泳動も調べてみたいと思います。

  ☆☆☆安村報告の始めにCula-TCでなく、CulaTCとするとなっていますが、命名者は今後Cula-TCと書式を決めましたので、お間違いなく☆☆☆



《堀川報告》

 培養哺乳動物細胞のDNA障害と修復機構(11)

 培養哺乳動物細胞が外界から受けたDNA障害を少くとも修復し得る能力をもつことはこれまで報告してきたUV線、X線さらには4NQOを用いた実験から示された。今回はやや主題から脱線するきらいはあるが、X線障害をうけたDNAの修復機構を解析するためにBUdRを用いて行なった一部の実験結果を報告する。

 前報においてすでにふれたごとく、BUdRは放射線感受性増感剤として知られており、培養細胞は勿論のこと微生物のDNAの中にthymineと置換して取り込まれることが知られている。放射線に対して最大の感受性を示す状態にまでBUdRを取り込んだ際の、培養細胞および微生物におけるthymineに対するBUdRの置換率を、代表的な実験結果からpick upしsummarizeした。(表を呈示)

 またBUdRとaminopterinの存在下でmouseL cellsを種々の時間培養した後、種々の線量でX線照射した際のコロニー形成能でみた細胞のX線感受性の違いを調べた(図を呈示)。BUdRを含むmedium内で、前もって培養する時間が長いほどX線に対する感受性が増大することがわかる。

 つまりsemiconservative modelに従うDNAの複製に伴ってDNAの一本鎖にBUdRが取りこまれた際よりも、二本鎖ともにBUdRが充満された場合の方が細胞のX線に対する感受性は増大することが明らかに示された。

 一方Lcellsを種々の線量で照射した直後にBUdRとaminopterinを含くむmedium内で種々の時間培養し、その後正常培地で培養してコロニー形成能で細胞の生存率をみた(図を呈示)。X線照射後に細胞をBUdRで処理した場合には、もはやX線感受性増感という現象は認められない。つまり以上の結果から考えられることはBUdRはX線照射によって障害をうけたDNAの修復に関与するenzymeのactivityあるいはその修復過程等を阻害することによってX線に対する感受性を増大させるものではなくて、どうもDNA分子自体を不安定なものとしてX線照射によるdamageを増大させる作用の方が真の感受性増感の機作のようである。これらについての明確な解答は今後の実験にまちたい。



 

:質疑応答:

[吉田]ジニトロフェノールなど添加するとどうなるでしょうか。放射線をかけて後、ジニトロフェノールを添加すると染色体の断裂の回復が起こらないのです。

[堀川]そうですね。4NQO処理後、低温におくとDNAの修復が起こらないことからも考えられる事ですね。カフェインなどを入れてやった場合障害部位のリンクが起こって、オリゴヌクレオタイド位の大きさで切り出そうとするのを阻害するので、回復出来ないのではないかと考えられています。修復を間違えることが発癌機構の一つになるのではないかとも考えられますね。切り出されたままでいれば、死ぬとしても変異は起こらないのではないでしょうか。4NQO処理のあとアデニンでもほうり込んでやれば、間違った修復が行われて早く発癌するというようなことはないでしょうか。

[勝田]耐性細胞で染色体が減ったものは、DNA量も減っていますか。

[堀川]DNA量も減っています。DNA量が減ることによって放射線によるヒットの回数が減るので耐性が上がると考えられています。

[安藤]X線耐性は徐々に高まるのですか。

[堀川]そうです。耐性獲得と共にカッティング酵素の活性が高くなるのではないかと考えた事もありますが、動物細胞では細菌の場合のように簡単には考えられませんね。動物細胞はダメージを受けて、それが全部回復しなくても生き延びられるので、事がややこしくなります。細菌の場合ならダメージがすぐ致死にひびいてきます。

[安藤]細菌に比べると、動物細胞では機能していない遺伝子が沢山ある、という事でしょうか。

[堀川]そうだろうと思います。今の動物細胞は生き死にでしか事を判定出来ないのが困ります。酵素活性などを取り上げて問題に出来れば、もっと面白い仕事が沢山出るでしょうのにね。

[吉田]生化学的なマーカーを持った細胞を沢山作ると面白い仕事が出来ますね。



《安藤報告》

 4NQOは4NQO耐性度の高いL・P3細胞のDNAに障害を起すか。

 細胞によって4NQOに対する感受性が異る。私が現在使用しているL・P3は4NQOに対して比較的感受性が低い。この原因には種々な事が考えられる。例えば(1)4NQOを速やかに代謝し、非発癌性物質にかえてしまう。(2)細胞の高分子成分、特に核酸、蛋白との結合が感受性の高い細胞に比べて弱い。又結合したとしても、与える障害がより少い。等々。今回は(2)の問題、特にDNAに対する障害作用を調べてみた。

 Full sheetになったL・P3細胞に10-5乗Mとなるように4NQOを与え30分処理後、直ちにアルカリ性蔗糖密度勾配遠心法により、DNAに鎖の切断が起るか否かを調べた。結果は(図を呈示)、コントロールではsingle strandとなったDNAは分子量が大きく、遠心管の底に沈んでしまうのに対して、4NQO処理細胞のDNAは多数の鎖切断が起り、heterogeneousな分布を示していた。すなわちDNAに対する障害作用は耐性度の高いL・P3でも起る事、したがって、耐性の原因を他に求めなければならない事を示している。又この障害の修復速度も今後検討の予定である。さらにはRLH-5についても比較してみる予定である。



 

:質疑応答:

[堀川]4NQO処理後、最初から30分以後はderivativeにして押し出してしまうのに、改めて4NQOを加えると、又取り込むというのはどう考えますか。

[梅田]何日かおいて4NQOを作用させるのでなく、短時間で何回も加えてやれば、4NQOの取り込み量はどんどん増やせるわけですね。押し出したderivativeは、4NQOとどう違いますか。

[安藤]大きさだけからみても、4NQOより大きいもの、小さいもの、色々とあります。

[勝田]そのものが何かということを早く調べてみなくては・・・。

[安藤]今しらべ始めた所です。

[堀川]4NQOと4HAQOとは吸光度で分けられますか。

[安藤]蛍光をみれば、わかります。

[梅田]生きた細胞でなく、細胞の抽出液に4NQOを加えて加温しても矢張り4NQOが壊されるでしょうか。

[堀川]感受性のちがいはリダクションの活性によるものだと思います。L・P3よりエールリッヒの方が耐性があるようですね。

[勝田]この前の月報に書きましたが、RLH-5・P3という合成培地DM-120でどんどん増殖する系が出来、これはL・P3より4NQOに感受性が高いから、これも並行して実験に使ってみる予定です。

[難波]in vivoの実験で、肝細胞は4NQOのターゲットcellにならないということが発表されています。

[梅田]しかし、in vivoよりin vitroの方がはっきりした結果が出ることがあります。in vivoでの細胞レベルのことは、あまりはっきり断言出来ませんね。それから、DABとかNGとかの場合もDNAの切断があるのかどうか調べておう必要がありますね。

[安藤]NGの場合はRNAにも蛋白にも結合するが、どちらについた場合に変異を起こすか調べたデータがあります。結論は蛋白に結合すると変異を起こすということでした。

[堀川]4NQOはDNAを切断しないというデータも出ています。実際には4HAQOになって切断していると考えられます。



《藤井報告》

 AH130と正常肝細胞(ラット)の抗原について:

 先月の月報で、Exp.011469,D2の沈降線はAH130のhomogenate in 0.5% Na-deoxycholate-PBSに正常ラット肝のhomogenateに存在しない抗原を示す旨を報告しました。すなわち前号でAH130-extractとウサギ抗AH130血清(FR80)の間に出来た沈降線A1、A2、A3の中、A1は正常肝extr.との間の沈降線と連なり、A2はspurをつくって正常肝抗原と共通する抗原を示すが、spurの形からは、AH130extr.にあって正常肝にない抗原の存在を示していた。A3沈降線は、AH130extr.の高濃度、すなわち細胞数1億cells/mlと5,000万cells/ml相当のところでFR80抗血清の間にみられたものであるが、正常肝extr.にない抗原を示すものであった。

 AH130extr.に特有とみられたA2、A3のうち、A2沈降線は、AH130extr.の2,500万cells/ml相当濃度とウサギ抗正常ラット血清(FR51)との間に極めて弱く認められた沈降線L1'とつらなるかどうか−もし融合すれば、A2沈降線を生じたAH130の抗原が、正常肝にもふくまれることになる。しかしL1'沈降線が、正常肝extr.とFR51血清の間の沈降線L1とspurをつくり、しかもそのspurの形からL1'をつくるAH130extr.中の抗原は正常ラット肝extr.にある抗原と共通部分を有する。交叉反応性を示すような抗原ということにもなる。

 この辺の事情をもう少し詳しく解析する目的で、最も明瞭な沈降線をつくる抗原の濃度を用いて(抗血清は常に1/1稀釋を用いている)、double-diffusionを行ない、かつ、沈降線の蛋白染色の他に、多糖体染色をも行なって解析の補助とした。(夫々沈降線の略図を呈示)

 Exp.013169.C:

  • 抗原:AH130、1/1、1億cells/ml。NRL、1/1、2,000cells/ml。  
  • 抗血清:FR51=ウサギ抗ラット肝血清、FR80=ウサギ抗AH130。
 Exp.0131169.D

     
  • 抗原:AH130、1/2=5,000/ml。NRL1/2=1,000/ml。

 上の二つの実験は、前号のExp.011469.D2の右半分を再現すると共に、AH130extr.とFR80、FR51両抗血清に対する沈降線の関係を検討したものである。Exp.013169.D.はExp.013169.C.におけるAH130と正常ラット肝extr.の1/2濃度を用いた。Exp.C.D.の何れにおいても、示された沈降線は同様であり、前号で問題としたA2、A3沈降線・・AH130に特有であるかどうか・・は、L1、L2、L3と融合する像を示さなかった。

 A2、A3沈降線が、NRLextr.とFR80の間につくる沈降線L4とspurをつくるか、融合しそうに見えるが、この関係は同様にしてつくった沈降線とpolysaccharide染色することによって明瞭に示された。

 Exp.013169.H.多糖体染色:

     
  • 抗原、抗血清はExp.013169.C.と同じ。
 多糖体染色はperiodic acid-NADI reaction法によったもので、Schiff's法より簡単で特異性もつよいとされている。

 染色終了後も、多糖体染色されなかった沈降線は白色の沈降線として残っており、解読が容易である。淡紫に染った多糖体(glycoprotein)の線はNRLとFR51の間のL2と、FR80との間のL4(FR51の間の線と共通する)のみで、AH130の側の沈降線は全く染っていない。すなわちAH130の沈降線形成抗原は多糖体性のものでなく、従ってA2、A3線とL4、L2とは別の抗原によって、たがいに無関係に形成されたものであることがわかった。

 以上の成績から、異種血清(ウサギ抗AH130)を用いた実験に基づく限り、AH130細胞抽出液中にあって、正常ラット肝に無い抗原(群)の2ツが示された。この抗原は、多糖体性のものではないようである。ということは、この抗原が、膜抗原に起原するものでないのかもしれない。この辺は、更に検討したいところである。

 しかし、異種抗血清を用いて指標とするかぎり、種特異抗原の問題もあり、癌化による抗原の変化をみるためには、現われる沈降線が複雑で、解析を誤まるおとし穴があって先人の失敗も少なくない。早急に同種および同系の抗癌抗血清を作って、発癌過程の抗原変化の解析という本番に入りたいと思っています。



 

:質疑応答:

[難波]抗血清のタイターは揃えてありますか。

[藤井]大体80位ですが、正確にはあわせてありません。

[梅田]細胞膜はどの分劃にはいりますか。

[藤井]どの分劃にもはいっています。

[梅田]AH-130の抗血清をRatで作れば、もっとはっきりすると思います。細胞膜の分劃を、チェックする必要がありますね。

[勝田]AH-66の培養株でRatにtakeされなくなったものがあるのですが、その抗原性がどうかも調べてみると面白いでしょう。

[吉田]培養で悪性化したものの途中経過とか、そのAH-66のように悪性だったものでtakeされなくなったものとかを、染色体のマーカーと組合わせて調べてみると面白い仕事になりますね。