【勝田班月報:7802:肝癌の放出する毒性物質についてのまとめ】

《勝田報告》

 ラッテ腹水肝癌細胞の放出する毒性物質についてのまとめ:

 試験管内に細胞間の相互作用の場を実験的に作りたいという目的から双子管を考案したのが1961年である。その双子管を使って種々の細胞の間の相互作用をしらべてゆくうちに、腫瘍細胞とその母組織の正常細胞との間には、腫瘍細胞は増殖を促進され正常細胞は阻害されるという特異的な相互作用の発現されることがわかった。

 また、ラッテ腹水肝癌由来細胞は、培地中にラッテ正常肝由来培養上皮細胞に対する毒性物質を放出していることが認められたので、その毒性物質の本体の化学的追求に入った。この場合、正常肝細胞を阻害するが、正常センは阻害しない、という二つの指標を分析に用いた。

 まず、セファデックスG25で分劃すると、塩の溶出してくる直前の分劃に毒性が認められた。ラッテ腹水肝癌株数種の培地をしらべてみると、どの肝癌培地もその分劃に毒性があった。しかし正常肝由来細胞株の培養後培地の同様な分劃は、正常肝由来細胞株の増殖を促進した。

 次いでセファデックスによる分劃を更にダウェックス50、濾紙電気泳動法などで精製し、毒性物質が分子量2,000以下の塩基性の強い物質であることがわかった。

 肝癌培地はJTC-16から採り、スクリーニングにはRLC-10(2)を使った。

 分劃は2、2'、4群と1、3、3'、5、6、7群の2群に分かれる。

     
  1. ) 1、3、3'、5は弱酸性陽イオン交換樹脂Amberlite IRC-50(acetate buffer、pH4.7で平衡化)を用いて得られた塩基性物質分劃を、更に、強酸性陽イオン交換樹脂を用いて分劃し、4N-NH4OHで溶出される分劃である。1、3、3'はDowex50(H+)、5はAmberlite IR-120(H+)でのクロマトグラフィーで得られた。

     

  2. )4は最も活性の強い分劃でUltrafiltrationで得られた分子量10,000以下の物質を含む濾別液を、セルローズカラムクロマトグラフィを用い、先ずn-ブタノール/ピリジン/酢酸/水の溶出系で得られた活性分劃を、更に、n-アミルアルコール/ピリジン/水の溶出系でクロマトを行って得られた活性分劃である。

     

  3. ) 2、2'はスペルミン標準物質を、1)と同じ条件下で分劃し、ただし、Dwex50(H+)クロマトグラフィで、アンモニアでの溶出液、6N-HCl(ポリアミンを溶出する条件)で溶出される分劃でスペルミンを含んでいる。

     

  4. ) 6、7は今迄と全く視点を変えて分劃を行ったもので、Ultrafiltrate(<MW、10,000)にエタノールを35%(v/v)になるまで加えてゆくと、白色結晶性物質が得られる(900mlのUltrafiltrateより150ngの収量で得られる)。これをエタノール/水で再結晶して得られた物質が6であり、6をDowex-1(Acetate form)カラムにかけ0.1N酢酸で溶出される分劃が7である。

6の分析成績は、C:1.14%、H:1.62%、Ash:84.7%、糖反応(Molish、アンスロン・硫酸)陰性、P陽性、KMmO4に対して強い還元性を示す。 Ca++:0.5ppm、Mg++:0.6ppm以下(原子吸光分析法)であったが、スパーク分析法でAl:52%を検出した。IR、NMRスペクトル分析では、特異スペクトルを与えなかった。このアルミニウムが何に由来するかは不明である。

 以上をまとめると、活性物質は分子量10,000以下の低分子性の物質であり、強塩基性(あるいは陽イオン性)で、6N-HCl、105℃、24時間の処理に耐える物質である。

 活性物質が一種類かどうかは不明であるが、そのうちの一つはポリアミン系の物質である可能性は否定出来ない。ただし、毒性物質とスペルミン、スペルミジンなどのポリアミンとでは、細胞に対する毒性効果の“あらわれ方”が質的に異なっている(即ち、毒性活性物質は添加後効果が遅れて出現するが、ポリアミンは即効性である)。この点は今後も注目すべき点であろう。今後の分劃法としては、イオン交換樹脂法では物質の不可逆的損失が大きいのでセルコースカラムクロマトグラフィが有望と思う。



 

:質疑応答:

[遠藤]低分子のアミンを扱うのは仲々難しいですよ。簡単なように思いがちなものですが。6N-HClで毒性活性が増すのは多少不思議ですね。

[永井]ポリアミンそのものとも言えない行動のある物質です。

[高岡]分劃4と6は別のものですか。

[永井]1種類ではないかも知れませんね。塩酸処理で活性が増すという現象は、実は活性分劃がだんだん不溶性になってゆくのを塩酸処理で塩酸塩となって培地に溶けるようになるので、活性増ということになるのかも知れません。



《難波報告》

 54)Co-60ガンマー線による正常ヒト細胞(WI-38)の癌化

 放射線によるin vitroの発癌実験の報告は、動物細胞を用いたものでは若干の報告があるが、まだヒト細胞の報告はない。

 実験は29代のWI-38で実験を開始し、コバルトガンマー線を照射した。コバルトを使用した理由、照射線量の決定は月報7706に記した。照射後は文献に従って4〜5時間目で細胞の継代を行った。照射後200日目頃50代目でAgingしかけた線維芽細胞の中に一見上皮様にみえる細胞集落が出現し、この細胞は、その後、現在に至るまで盛んに増殖を続けている。この変異した細胞のG-6-PDアイソザイム パターンは、WI-38と同じBタイプを示し、クロモゾームは著明なHeteroploidyである。そして低濃度の血清を含む培地中でも旺盛な増殖を示す。(図表を呈示)



 

:質疑応答:

[佐藤]復元はヌードマウスですか。

[難波]ハムスター・チークポーチへ接種しました。

[乾 ]変異細胞が全部エイジングを乗り越えている訳ではないのですね。

[難波]そのようです。変異すると形態が上皮様になるのは確かなようですが、形態変異だけでは何とも言えませんね。



《高木報告》

 1969年6月、勝田班結成以来今日まで17年8カ月班員として参加させて頂きました。この月報ではこれまで当班において行って来た仕事について経過を発表させて頂きます。

 1960〜1962年
 まず最初にマウスMY肉腫よりDNP、RNPを抽出し、これを培養正常細胞に作用させてtransformationを試みました。またStilbesterol 0.1〜1.0μg/mlをラット腎細胞やJTC-4細胞に作用させましたが結果はnegativeでした。さらにDABをJTC-4細胞に作用させて9カ月間観察し、cortisone処理ハムスターのcheek pouchへの移植も試みました。

 1962〜1964年
 Stilbesterol 1〜10μg/ml、DAB 1μg/mlを4〜10日種々な日齢のラットやハムスターの肝、腎細胞に作用させて経過を観察しましたが、明らかなtransformationはおこしえないまま、1962年11月高木は渡米、代って杉が班員に加わりました。杉は1964年までDiethylstilbesterol 10μg/mlをハムスター腎の培養にさまざまな条件下に作用させ、33シリーズの実験を行いましたが、ついにpositiveな成績をうることは出来ませんでした。

 その間、高木はアメリカにあって膵の培養にとりくみ、organ culture、cell cultureでfunctional cultureの目的を一応達成することができました。すなわちorgan cultureでは家兎の膵を15日培養し、その間insulinを分泌しつづけていることをimmunoassay、蛍光抗体法で証明しましたし、またcell cultureでも膵から4つの形態的、機能的に異った細胞株の分離に成功しました。

 1965〜1967年
 1964年11月高木が帰国しまして再び班員に復帰しましたが、これまで行って来たStilbesterolの実験は打切り、4NQO、4HAQO、DMBAなどをラット、ハムスターの皮膚、顎下腺などのorgan cultureに作用させてその変化を観察しています。すなわち例えば4NQO 10-5乗Mをorgan cultureした組織に培養開始時と3日目に滴下し、あとは培養をつづけて形態的な変化を観察しています。しかし、1966年の終りからハムスター胎児皮膚の癌化を指向して長期間organ cultureするため培養条件すなわち温度やガス圧などをこまかく検討しています。またハムスター皮膚の移植実験を試み、in vitroで発癌剤を作用させた培養皮膚の復元を試みていますが発癌するには至りませんでした。

 1967〜1969年
 4NQOとMNNGを細胞培養したラット胸腺細胞に作用させています。濃度、作用時間をかえて検討し、1967年には一応transformed fociなどの形態的変化を認めています。1968年に入ってMNNGを中心にラット胸腺由来細胞に対する多くの実験をくり返し、ついにその悪性化に成功しました。その後再現実験として、細胞の培養開始から発癌剤を作用させるまでの期間をかえて20シリーズの実験を行いましたが、その中4シリーズにおいて復元に成功しました。つづいて4NQOについてもラット胸腺細胞の悪性化に成功しました。

 1970〜1972年
 細胞の発癌剤による悪性化の指標として、復元による腫瘤形成が惟一のものです。細胞集団の中で何個かの細胞が悪性化したとして、その際どの程度悪性腫瘍があれば“take”するか、あるいは復元の際悪性化していない正常細胞はどのような態度をとるのかなどを知る目的で、正常細胞、腫瘍細胞を種々の比率で混合してisologousあるいはhomologousな系で移植を試みました。しかし要は腫瘍細胞の可移植性によるのであり、正常細胞は大した影響を与えないと云った結果でした。

 その際in vitroでも同様の細胞の混合培養を試みましたところ、正常細胞が変性することが分りました。はじめ腫瘍細胞の産生する毒性物質ではないかと考えたのですが、これはDNA typeのvirusであることが分りました。rat virusとよく似ているのですが血清学的検査結果はこれとやや異なっています。なお九大におけるラットは調査した範囲ではすべて、このvirusに対する抗体をもっていました。

 一方in vitroの細胞悪性化の指標としてserum factor freeの血清を用いたsoft agar内の培養を検討しましたが釈然とした結果はえられませんでした。

 1973〜1974年
 AAACNのRFLC-5細胞に対する効果を検討しました。3.3x10-4〜1.6x10-4乗Mを用いて長期間観察し、morphological transformationは認められましたが、復元成績はnegativeでした。

 一方6DEAM-4HAQO 10-4〜10-6乗Mラットに注射してinsulinomaをつくり、この培養を試みましたが長期培養はできませんでした。また培養ラ氏島細胞に直接作用させて増殖の誘導を試みましたがこれも成功していません。

 さらにin vitroの細胞悪性化の指標としてCCBの種々培養細胞に対する効果を観察しました。腫瘍細胞では2核以上の多核細胞、正常細胞では2核細胞の形成がみられたが一部株細胞に例外があり、復元成績と比較した場合、絶対的な指標と云うには問題が残っているように思われました。

 1975〜1978年
 ラットおよびヒト膵ラ氏島細胞の長期培養、純粋なラ氏島細胞populationの培養、ラ氏島細胞分裂促進因子の検討およびDNA合成細胞の同定などを行っています。現在までのところラ氏島細胞の機能を保ったままcell aggregateの形で、あるいはcell sheetの形で2〜3カ月は培養可能となりましたが、未だ細胞株の樹立には至っておりません。さらに培養細胞のDNA合成あるいは分裂を促進することが出来ればfunctional cultureにおける発癌実験が可能となると考えています。

 また細胞にcarcinogenまたはmutagenを作用させた直後にDNA合成を抑制するような培養条件(conditioned medium)にしてやると細胞のtransformationの頻度が下ることが分りました。さらにcaffainの影響など観察していますが、このような実験ではどのようなrepair機構がcarcinogenesis、mutagenesisに関係深いか知ることが出来ます。

 なおEMSの発癌性が高いことを動物実験で証明することができましたので、これを用いてヒトの細胞の発癌実験もつづけています。



 

:質疑応答:

[吉田]MY肉腫はマウスに自然発生した肉腫で、Mは牧野先生のM、Yは私のYなのです。こんな所で研究に使われていたとは大変驚きました。



《梅田報告》

 勝田班に入れていただいて10年になる。今振り返ってみると、その時々にそれなりに重要と思いながら実験を進めてきたのではあるが、仕事の内容は大きく振れ動いている。もっとconcentrateして仕事をすべきだったと反省している。Techniqueのあるものを新しく開発し、自分のレパートリに加えたことがせめてもの収穫である。といってもこれらの中には班員の皆様に教わり、触発されて進めた仕事も多い。改めて勝田班に感謝している。

 このまとめを反省材料にして今後の方向を見定め、仕事をしていきたいと思っている。

     
  1. Toxicity experiments

     勝田班に入る前に黄変米の仕事をしてきたこともあり、発癌剤の殊に肝発癌剤の毒性を形態的に調べることが始めの仕事になった。当初はHeLa細胞などを使っていたがこれではらちがあかないので、高岡さんからラット肝のprimary culture法を教わり、その培養に肝発癌剤を投与した。その結果増生する肝実質細胞に著明な脂肪変性の起ることを見出した。今考えればこの脂肪変性はこれら脂溶性発癌物質自身の肝実質細胞親和性に関係があると思われる。

     

  2. ラット肝培養細胞

     ラット肝の培養をかなり長い間手がけた。多少片手間的な仕事の展開でまとまりは少なかったが、2つの収穫があった。  一つは上皮性の樹立細胞系を得てから発癌実験の積りで発癌剤処理に6週間培養してみたものである。所謂focus assayであるが、悪性の形態focusが出ないで、細胞間に索状物の存在を見出した。榊原さんの実験でこの物質がコラーゲンであることが証明され、さらに展開された仕事である。

     もう一つは樹立された細胞系について調べているうち、aflatoxinB1、benzo(a)pyreneに感受性の高いもののあることを見出したことである。この系はそれ迄クローニングされていなかったので、20ケ近いクローンを拾ってこれらに対する感受性を調べた所、非常に高い感受性を示すクローンが含まれていることを見出した。このものはC14-benzo(a)pyreneを水溶性代謝物にする能力も高く、特種機能を保持した細胞系という意味で興味がある。

     

  3. 試験管内発癌実験

     Serial passageによる方法、colonyレベルで検索する方法、focusレベルで検索する方法と3つの異る方法で実験してきた。

     Serial passageによる方法では、シリアンハムスター胎児細胞を発癌剤処理してずっと継代維持し悪性形態転換の起る迄待つものである。用いた発癌剤は4NQOなどそれ迄に培養内で発癌作用の報告されたいたもの、内因性発癌物質と云われる3-hydroxy anthranilic acidであった。この実験では4NQOを用いても4〜5ケ月を過ぎないと悪性転換を起さなかった。その頃発癌剤処理により1〜3ケ月で悪性化すると報告されており、4〜5ケ月もかかるものは恥かしくて報告出来なかった。また繰返し実験を行うには手間がかかりすぎるので、そのままになって了った。

     Sachs、DiPaoloらのfeeder cellの上に少数のハムスター細胞をまき悪性形態コロニー出現をみる方法も大部以前に手がけたものである。この方法はシャーレの数を20枚前後にしないと充分な数の悪性形態のコロニーが出現しないこと、形態判定が主観的であること、コントロールにも時におかしな形態のコロニーが出現することなどが、当時の結論であった。しかしこの実験から毒性と悪性転換率の関係を示す表し方を考えたりした(以上Manchesterでの実験)。その後のPientaの方法については現在検討中である。

     コントロールのハムスター細胞、またはマウス細胞の数回継代したものを用いて発癌剤処理し、6週間培地交新のみで培養を続ける所謂focus assayを行った所、見事な悪性形態focusの出現することを見出した。この実験はしかしながら、その後何回も繰り返してきたが、Controlにも盛り上るfocusが現れてうまくいかなかった。現在尚検討中である。残念なことに昨年10月号にDiPaolo等がこれに似た方法を報告した。

     

  4. Y-AK、Y-CH、Y-DD株の樹立

     

  5. 実験がうまくいかなかったし、報告されているBalb/3T3細胞を使った発癌実験もうまくいかなったので、われわれの研究室で、3T3と類似の継代法で新細胞系の樹立を企てた。その結果、AKRマウス細胞よりY-AK、C3HマウスよりY-CH、DDDマウスよりY-DDと名付けた3系の細胞株を樹立した。これら細胞について、focus assay法で悪性転換実験を行った所、Y-CH、Y-DDは発癌剤で処理しない細胞でも悪性形態focusが多数出現した。Y-AKは接触阻害もあって良い細胞と思われたが、ここでも低率ではあるが、focusを形成した。

     

  6. 発癌剤代謝

     発癌剤が代謝活性化される事は以前から知られていた。毒性でみていた頃もAAFと、N-OH-AAF、N-AcO-AAF、7-OH-AAFを用いて毒性の違い惹起される形態像の違いについて調べた。

     発癌剤芳香族炭化水素についてはその活性化にはarylhydrocarbon hydroxylaseなる酵素の存在が必要とされている。この酵素のおおよその活性を測定するのに、C14-benzo(a)pyreneが水溶性代謝産物になるのをみる方法がある。われわれは今迄の方法をmicroassay化した。そして種々の細胞で同活性を測定し、興味ある結果を得た。この方法は芳香族炭化水素による発癌実験を行う際の細胞の選択などに簡単に調べられるので今後もおおいに利用出来ると思っている。

     

  7. 遺伝毒性

     DNA単鎖切断能の探索は興味があり、突込んで仕事した。それ迄の方法で納得のいかなかった点(DNAが1ピークになり遠心管底に沈む)をかなり改良したassay法を確立した。その方法は発癌剤などがDNAに作用したことを知る目的では手間がかかりすぎるがnitrogen musterdのような2本鎖DNAにまたがって結合する物質の作用の検索には威力を発揮した。

     染色体の検索は見様見真似で化学物質処理により生ずる異常をスコアするようになった。各種化学物質で検索した所、DNA鎖切断をみるよりは検索が容易であった。次で述べる突然変異を起す物質は調べた範囲ですべて染色体異常を起していた。

     FM3A細胞を用いて多くの物質について8-azaguanine耐性獲得の突然変異を調べてきた。今迄の検索ではバクテリアのmutationにかかる物質はほとんど哺乳類細胞でもmutationがかかり、バクテリアでかからないものの中に時に哺乳類細胞のmutationのかかるものがあるようであることが分った。今後も続けて検索する必要があると思っている。Precarcinogenの突然変異実験の際、ラット肝ホモジネート遠心上清と補酵素を組み入れて所謂metabolic activation実験が可能であることを示した。



    《山田報告》

     ラット肝細胞およびその悪性化培養株を用いて行った研究の主なる成績

       
    1. 細胞表面荷電と細胞の生物学的態度(Biological behaviour)との関係

         
      1. ) In vitroにおける細胞増殖に伴う変化:

           
        1. 細胞表面荷電の周期的変化(cyclic changes during cell cycle)特に分裂期における荷電密度の急烈な上昇  
        2. 細胞表面損傷に伴う荷電密度の反応性上昇と増殖(initial change after cultivation in vitro)  
        3. 試験管内細胞密度依存の表面荷電の変動(contact inhibition)
         
      2. ) In vitroにおける悪性変化に伴う変化:

           
        1. 細胞表面荷電密度の上昇(増殖能の昂進に伴う変化)  
        2. 細胞相互の表面荷電密度の不均一性の出現  
        3. シアル酸依存荷電の上昇  
        4. ConAおよび、その他の植物凝集素のreceptorの細胞膜におけるmotilityの昂進  
        5. 試験管内細胞密度に無関係な、細胞表面荷電密度の変動(loss of contact inhibition)
         
      3. ) 細胞集団としての悪性化とその証明:

           
        1. 試験管内における発癌物質(4NQO)を投與すると、構成細胞の一部の細胞が悪性化し、漸次その細胞集団構成が変化し、全体として悪性の性質を示す表面荷電密度及びその性質を示す様になる。自然発癌株においては、特に悪性細胞の構成頻度は特に低い。  
        2. 悪性化の指標であるhostへのbacktransplantationの成立は、単にそれぞれの細胞が悪性化するか否かと云うだけでなく、それぞれの抗原性の変化、特にhisto-Compatibilityの変化により左右される。従ってba.transplantabilityの有無と細胞表面の変化とはparadoxicalな関係になることもある。

       
    2. 染色体の変化と細胞表面荷電

       i)In vitroにおける発癌過程において、染色体は直ちにheteroploidyへと変化するとは限らず、その初期にhypodiploidになる時期がある。marker chromosomeの存在は必ずしも悪性化を意味しない。  ii)染色体のmode数と細胞表面荷電密度は、略々平行的関係にある。染色体の分布幅の変動は、その細胞集団の個々の細胞の表面荷電密度のバラツキと略々比例する。

       

    3. 肝癌細胞表面におけるConA receptorの流動性の変化

       ConA receptorの膜における流動性は植物凝集素と全く関係のない作用を有するインシュリン、グルカゴン、dibutyl cAMP、そして異種抗体、抗血清等により著しく作用をうける。

      その他膜の損傷或いは変化の指標として細胞荷電密度の変化についても種々検討した。



    《乾報告》

     私の培養の仕事は、勝田先生に拾っていただいてからやっと軌道にのせて頂いた様なものです。L929細胞にたばこタールを添加して“L細胞の悪性化”と話して、さすがの先生も怒りを忘れて大笑いされて以来、私の培養細胞とのつき合いは、次の三つの時期に区分されると思う。

       
    1. 培養細胞の癌化を試みた時代(1972〜1974、今でもやっています)  
    2. 試験管内で癌化した細胞を使って、その性質等を分析しようとした時期(1972〜1974)  
    3. In vivo-in vitro combination systemを行なった時代(1974〜現在)
     以下、それぞれについて、反省の意味を兼ねて要約を書いて行きたいと思う。

       
    1. 培養内で癌細胞を作った時代

       1968年後半から、それ迄の染色体観察、DNA測定のための培養から脱却して、培養細胞の癌化を手がけ出した。化学物質として、ようやく日の目を見いだしたMNNGと当時専売公社から大量の研究費をもらっていた関係でたばこタールを使用したが、すでにSachsら、勝田先生らの報告があるにもかかはらず、これが非常にむずかしく、高山先生に叱られる日が2年位つづいた。たまりかねて、ハムスター胎児細胞を使っていたのを中断し、勝田先生からL929を頂き、これにタールを投与したら、L細胞の増殖増進、造腫瘍性の強化を観察した。これを報告した時、勝田先生から笑われたのちあれは“癌"だよと云われて再びハムスター細胞に挑戦した。この年に正式に班員にしていただいた。まもなく新生児ハムスター胎児由来の線維芽細胞にたばこタールを処理し細胞のMalignant transformationに成功した。はからずもこれがタールのin vitroのtransformationの世界で第一報であった現在でも引用されている。一つ成功するとつづくもので翌年MNNGでのtransformation、この頃共同研究者として津田君がやって来て、急性毒性が強いため発癌性の証明されなかったNaNO2でのtransformationに成功した。その後は生物実験センターにうつり西君がAF-2でのTransformationに成功して現在に到っている。以上が我々の癌作りの歴史であるが、“今さらin vitroで癌を作っても”と云う声があるが、私はin vitro transformationは、まず注意深く細胞を培養する練習になり、組織培養の基礎的手法の大部分をマスターしないとこれが出来ないと思うので、又新人が来たら適当な物質をえらんでin vitro transformationの実験をやってもらおうと思っている。

       

    2. In vitro transformed Cellを使用した実験

       MNNGでTransformeした細胞を使用して2つの実験をまとめた。一つはtransformeした細胞のDNAは正常のそれより、m-RNAのtranscription siteが大きいと云う仕事で、余分に読みとられる部分のRNAがハムスターのどの染色体のどの部分であるかと云うchromosome-RNA hybrydizationの仕事が宿題として残っている。もう一つは杉村先生との共同実験で、同じくMNNG-transformed cellで、Metaphase arrestを98%以上同調させて、Poly ADP Riboseの酵素活性の細胞周期での消長を調べG2で活性の高いことを報告した。

       

    3. In vivo-in vitro combination system

       1973年秋、専売公社へ移って検定は多いし、動物と、細胞をかう設備と顕微鏡しかなく、何をやっていいか途方にくれている時、梅田先生から“Medical News”にこんな記事が出ていたから少しこの仕事を考えてみないかと云うSuggestionを受けたのが始まりで、AF-2を標準サンプルに母体に同薬品を投与、胎児細胞のTransformation、Mutation、染色体異常、小核テストを同時にしかも短期間に観察する系をまずまず成立させた。私自身この実験手法にギ問を持っており、半信半疑の時、一早くPromorteして下さったのが勝田先生で、班員の先生方から一から十まで教えをうけ、この系がやっとこれからと云う時班が終るのは残念である。この系がまだ完成しない時、2月の綜合シンポジュウムで話す機会を与えて下さり、その時、判って下さったのは、班の諸先生方と、愛知がんセンターの田中達也先生、阪大の近藤宗平先生位だったと思う。それが、ようやく認められつつある時・・・。私は系をRefineし、開花させることを勝田班に対する義務と感じている。



     

    :質疑応答:

    [難波]ウワバインの濃度1x10-3乗Mというのはずい分濃いですね。

    [乾 ]ウワバインの濃度は動物によって適正濃度が何オーダーも違います。



    《榊原報告》

     §培養ラット肝細胞のγ-GTP活性:

     医科研癌細胞学研究部で樹立、維持されているラット肝由来上皮様細胞株16系統についてγ-glutamyltranspeptidase(-GTP)の組織化学的活性をしらべた。これらの細胞株はその形態から肝実質細胞であることが推定され、既に多数の論文でそのように記載されているので改めて問わないことにする。細胞をタンザク上に播き、約3日後(対数増殖期)及び2週間後(増殖静止期)の2度に亙り所定の方法で染色した。染色後直ちに検鏡、写真撮影を行った。注目すべきことは、検索した細胞株の80%強(13/16)が陽性という結果である。最近、肝に於ても癌化の2段階説を裏付けるデータが集りつつあるが、H.C.Pitotoらは癌化の初期にG-6-P ase陰性、canalicular ATP ase陰性、γ-GTP陽性といったenzyme-altered fociが多数出現すること、これらはdormant initiated cellのclonal growthによると推定できることをのべている(Nature,271,1978)。今回検索した株細胞の中には可移植性を証明し得ないものも含まれているが、ともかくそれらの大部分が癌化を方向づけられた細胞であるという漠然とした推定を、この結果は支持するこのではなかろうか。一方、RLC-18の如く、可移植性のある癌細胞でありながら、γ-GTPが陰性のものもあるわけで、培養肝細胞の悪性化をγ-GTP染色のみで同定することは危険であることを示している。



    《吉田報告》

     ウィスター系ラット各亜系の由来と毛色遺伝子および染色体特性

     ウィスター系ラットは世界各国で医学生物学の研究のために数多く使用されている。我が国においてもこの系統は第2次大戦前より飼育されており、現在もその子孫を各地で繁殖し有用な実験動物として使用されている。我が国では古くからのウィスター系の外に、戦後新たにウィスター研究所より高度に兄妹交配されたWistar-king-A系が移入され(北大・牧野1953)、また最近別のルートからウィスター系やWistar/Lewisと呼ばれる系統が入っている。我が国在来のウィスター系から高血圧系として知られるSHR(京大・岡本ら)が生じ、その系統は世界各地に配布されていることは周知のとおりである。ウィスター系ラットの毛色はアルビノで外部形態から他のアルビノラットと識別することは殆んど不可能である。したがってこの系統の遺伝子組成や染色体の特徴をはっきりさせておく必要がある。ここでは我が国で飼育されているウィスター系ラットの由来とその分布、および遺伝学的ならびに細胞遺伝学的特徴について調査したのでその結果を報告する。

     ウィスター系ラットの由来:我が国で戦前から飼育されていたウィスター系は東大農学部にてクローズドコロニーとして維持されていたものである。昭和19年(1944)に北大理学部動物学教室へ5頭(♀3:♂2)が分譲され、そのうち1対の交配からWistar/Mk、Wistar/Hokが育成された。昭和26年(1951)に兄妹交配7代でこの系統の一部が国立遺伝研へ移され、ここでWistar/Ms系として現在兄妹交配77代を継続した。東大農学部よりはその後、塩野義製薬(昭和27年)、名大農学部(近藤・昭和28年)、日本獣医畜産大(今道・昭和32年)等へ分譲されている。北大理学部からは京大医学部や北大医学部等へ分譲され、京大医学部に入ったWistar/KyoからSHR系ラットが樹立されている。日本獣医畜産大においてはWistar/Imamichi系が育成され、広く実験動物として使用されている。

     前述のWistar-King-A系はウィスター研究所(米国)のKing女史により近親交配がラットにおよぼす影響を研究するために高度に兄妹交配された系統で、同女史の死後同研究所のAptekman氏がそれを引きついだ。我が国へは兄妹交配148代で北大理学部へ入り(昭和28年)、これをWistar-King-A系と名づけた。この系統は同年に国立遺伝研に入り、兄妹交配を継続して現在204代になっている。Wistar-King系統はその後昭和44年に昭和医大内科でラット緑色腫瘍の移植のため新たに入手し、昭和50年よりそれを遺伝研にてWistar-King-S系として兄妹交配を継続した(現在22代)。また故吉田富三博士が別にWistar研究所より入手し、それは松本実験動物飼育所で飼育されている。欧米で主に使用されているWistar/Lewis系が最近日本に移入され、東大医科研、その他2、3の飼育業者によって維持されている。Wistar/Furth系はコロンビア大学のFurth教授が白血病系として育成したもので、広島大医学部(横路)がこの系統を維持している。英国よりヨーロッパのウィスター系ラットを輸入し、実験動物中央研究所で系統維持が行われている。

     毛色遺伝子:これについてはすでにいくつかの報告があるが、ここでは遺伝研の系統について調査したのでそれに関係する部分のみを報告する。Wistar/Msは兄妹交配76代の調査で毛色遺伝子はaacchhであった。この系統については私が北大在職中に東大より入手して兄妹交配数代以内で調査した記録があるが、その当時も毛色遺伝子はaacchhで、これは現在も変わりがない(吉田1951)。東大農学部より塩野義製薬(昭和28年)に入った系統の毛色もaacchh。北大より京大へ入ったWistar/KysおよびSHRもaaccBBhhで毛色に関しては遺伝研のそれと一致した。唯Wistar/Mkの最近の調査では毛色遺伝子がAAcchhであり(東海林1976)、最近京大へ入った同系統もAA遺伝子をもっている(山田1977)。北大のMk系統に突然変異が起ったのか、それとも他の系統の混入があったのかは今のところ明らかでない。Wistar-King-Aは兄妹交配201代(遺伝研)でAAcchh、Wistar-King-Sはaacchhであった。

     染色体調査:染色体の形の違いが系統の識別のマーカーとなることは私が第12回実験動物談話会(昭和40年)で報告した。すなわち第3染色体が系統によってテロセントリック(T)またはサブテロセントリック(S)である(吉田1964)。Wistar/Msの第3染色体はT/T対で、この性質は昭和40年および現在でも変りはない。Wistar/KyoおよびSHRもT/Tである。Wistar-King-A系およびWistar/Mkは共にS/Sで類似の形をしている。最近異質染色質のみをC-バンドとして染め分ける方法が開発され、C-バンドの特徴から系統をマークすることができる。この方法によるとウィスター系の中でも亜系によりNo.4染色体にC-バンドの有無がある。Wistar/Ms、Wistar/KyoおよびSHR系のNo.4染色体にはC−バンドはみられないが、Wistar-King-AおよびWistar-Mkにはそれがある。なおNo.7染色体も系統により異なる。遺伝研のWistar-King-AのNo.19染色体の長腕部の先端に著明なC-バンドがあってこの系統の特徴となっている。

     これらの系統を使用する研究者は上記のようなラットの系統の特性を充分把握して研究を進めることが重要であると思うのでここに報告した。



     

    :質疑応答:

    [難波]毛色遺伝子と染色体の相関はどうなっていますか。

    [吉田]まだ判っていません。三番目の染色体にのっているという説もありますし、ないというデータもあるようです。



    《加藤報告》

     当研究班により昨年度、オスのインドホエジカからのFibroblastの培養細胞(耳の皮膚由来)を得ることができた(既報)。そのうちの一つのクローンは、population doubling timeが20時間、diploidyは98〜99%であるので、このクローンを用いて、個々の染色体のDNA合成の時間、そのパターンを解析した。細胞をH3チミジンでパルスラベルしその後1時間ごとにコルセミド処理して染色体標本を作製せいた。1本1本の染色体での標識頻度から、染色体全体及び染色体の各セグメントでのTsを求めた。また銀粒子類を算定することにより、染色体の相対的な合成速度を求めた。
     主要な結果は、

       
    1. Tsについて、核全体は8時間。No.1 Autosomeは8時間。No.2 Autosomeは7.5時間。No.3 Autosomeは7.5時間。X染色体は5.5時間。Y染色体は4.5時間であった。

       

    2. 性染色体はおくれてDNA-合成を開始し、Autosomesより早く、おわる。故に一般の細胞と異りlate-replicatingではない。(cf.,Comings,D.E.,'71)

       

    3. 染色体の各部は特有の複製パターンを持つ。例えばAutosomeのcentrometric regionはTs=5.2時間である。等。

       

    4. 第3染色体のペアは片方にX染色体(母方由来)、片方はXを缺く(父方由来)ので、相同染色体同志、確実に見分けられる。今、この第3染色体上のDNA-合成速度を相同染色体同志で比べると(30例)、等しい速度でDNA-合成が行われている。

     同様な試みをDon6(チャイニーズ・ハムスター由来)の培養細胞でも行っている。



    《久米川報告》

     ホルモンによるマウス耳下腺の分化

     マウスの耳下腺は生後急激に分化し、L-amylase活性が上昇し、その分化の機構はまだ明らかでない。in vivoで生後6日目のマウスにhydrocortisone(100μg/g body int.)、thyroxine(10μg/g body int.)、insulin(2μg/g body int.)連日投与すると、amylase活性の誘導が起った(図を呈示)。この結果から生後20日頃上昇する血清中のglucocorticoidsによって離乳期頃、耳下腺の分化がもたらされるのだと思う。

     これらホルモンの作用をさらに明確にするため、耳下腺を完全合成培地で培養し、ホルモンの影響を調べた。

     ホルモンを添加5日間培養しamylase活性を調べた(表を呈示)。DM-153にprednisolone(Pr)だけ添加してもamylase活性の顕著な誘導はないが、Prにinsuline(In)thyroxine(Thy)を加えて培養するとamylase活性は著しく上昇した。Prに両ホルモンを添加するとさらに上昇した。

     次いて、これらホルモンの作用を明らかにするため、Th又はInの濃度を一定にし、Prの濃度を変え、添加した(図を呈示)。amylase活性は10-7乗mg/ml以上のPrの濃度に依存性を示した。逆にPrを一定にし、In、Thの濃度を変えた場合amylase活性の濃度依存性はみられなかった。これらの結果から、glucocorticoidsがマウス耳下腺の分化に関与し、InおよびThはその作用を補助しているのではないかと考えられる。



    『後記』

     勝田班月報をワープロで転写始めてから1年あまり、やっと一くぎりがつきました。

     “試験管内化学発癌”の研究班はほぼ18年つづき、その間参加した班員と班友は39人、月報は休むことなく発行され、214号をもって終わっています。

     今回、このホームページに投稿したのは、その214冊のうち班会議号のみ87冊です。勝田班の班会議は年5回招集され、班員は発表内容の原稿を提出する決まりになっていました。その各自筆の原稿に発表後の討論を付記して班会議号を編集発行しました。

     今回、改めて読んでみますと、発表されたものと提出原稿とは必ずしも一致しておらず、従って原稿にはない実験についての討論がありますが、特に注釈は付けませんでした。又、図表は省略しましたが、本文で一応の解釈ができるように挿入しておきました。

     ワープロ転換に際しての誤字もあるかと思いますが、基本的には原文に忠実に転換したつもりです。研究者それぞれに、好みの単語、おくり仮名、句読点の使い方などが、おありのようで、現代では?と思われることもあるかも知れません。

     組織培養技術が未熟であった頃、若い助手と大学院生だけで申請し発足した班でしたから、殊に初期の班会議に提出された問題点は組織培養の基本的な技術に関するものが多く、今現在、組織培養技術を使いたい方々にも参考になるかと存じます。

     なお、学会出版センター(1983年)の『癌細胞を撮る・勝田甫と組織培養』に「勝田班と月報」という項がございます。興味のおありの方は参考になさって下さい。2000年1月