1)組織培養内での細胞の腫瘍化: これがこの班の最大の狙いである。殊に今年度はこの班は広く注目されていると見てよいから、絶対にこの題目に於て或程度の成功を得なくてはならない。Earle一門も最近またこれに目をつけてPolioma virusでの発癌を図っている。しかしX線やcortisoneを使わなくてはtumorができないというのでは情けない話で吉田肉腫やラッテ腹水肝癌のように無処置で接種しても腫瘍ができて、その動物を倒すという位の悪性にしたいものである。 従来の目標は、まず腫瘍化さない株をつくり、次にこれを悪性化させるという狙いであったが、腫瘍化さない株が万一今年中にできないと何も収穫が無いことになるので、何かの細胞のprimary cultureを使うのと、株細胞を使うことも併用する。つまり次のようになる。
この細胞と発癌要因をどのように組合わせるか、であるが、大体次頁の表のように各人の分担をきめた。これが最少ノルマである。
[高野]Changのいわゆるliver cellの株を100万個、ハムスターの頬袋に入れると、少なくとも第1代は腫瘤を作り、10日後に次のハムスターに移したが、これはどうも結果はつくらないらしい。ハムスターはどちらもX線を600γかけたものを用いた。HeLaも同様の経過を辿る。だからこれらのでき方が強くなるということ、たとえばC3H以外のマウスにLがつくようになったとか、そういうことだけでも意味があると思う。またfibroblastsは癌化しにくいという文献がある。 [高木]Primary cultureであまり増えない細胞の場合はどうするか。 [勝田]接種量と瓶数をふやし、動物に復元するとき足りるだけにする以外に仕方がない。たとえば瓶にまいて、それがかなり増えたところで、血清を使って居れば、その血清をやめ、発癌要因を加え、以後はずっと形態学的観察を詳細におこなう。primary cultureの場合には、むしろ増える必要はないとも云える。 薬剤などの与え方は、動物体で発癌させている場合の量や濃度が参考になると思う。つまり体重の何十%が水分だから、それに対して何モル加えているということになる。体外排泄は培地交換と同じと考えてもよい。そして何日間どの位の量を継続するかは全く体験的にやってみる他はあるまい。大体1〜2月以内に変化をおこさせるような方法でないと実用的でないし、Controlも悪性化してしまうおそれがある。 次にin vitroの環境というものは、仮に発癌させても、その培地に適した栄養要求の癌にならない限り、そこで淘汰されてしまう可能性がある。だから初めの細胞に適したというより、癌化したあとの腫瘍細胞に合うような培地にしてから発癌要因を加える方がよいと云える。伝研でしらべてあるAH-130や吉田肉腫の至適培地の条件がこの際参考になると思う。3ケ月位やっても変化がなかったら培養は中止(接種する)。 薬品などを使用した場合は、そのあと瓶に残っていないように充分に洗浄する必要がある。次の実験のとき対照群にできたりすると困るからである。それからこの発癌コースは、腹水腫瘍に代るべき新しい研究法を提供するというところに重要性があるのだから、理想的に云えば、なるべく短期に発癌するもので、しかも再現性の高いものがよい。in vivoに比べればnakedのcellであるから当然作用は早く出る筈である。若し体内に於て間接的に働いているという可能性があるならば、その発癌要因を与えた動物の血清を培地に用いる法もある。しかしin vivoで要因を加えた細胞をとりだして培養するのでは価値はずっと低い。これまでの動物を用いた人工的発癌実験の報告をよくしらべ、細胞の種類と用いる要因との組合せをよく考える必要がある。また要因をいくつか組合わせる法もよいと思われる。 とにかく今年度の最高目標がこれであり、in vitroの発癌がきれいに出来れば国際的に癌の研究に裨益するところが実に大きいのであるから、Z旗を掲げたつもりで突進する必要がある。 2)正常及び腫瘍細胞の特性の、細胞レベルでの比較研究: これまでの研究で、これが癌だといえる生化学的特性は何一つ完全に押さえられていない。わずかに形態学的特性で分類されているだけである。しかし形態学的特性といっても、それはいわば癌化する前の正常細胞の特性で、従って同一形態学的分類に入る癌でもその制癌剤に対する感受性に大幅のばらつきのあることから判る通り、機能的分類が改めて作られなくてはならぬことは当然である。細胞レベルに於てこれら正常及び腫瘍の各種細胞についてその特性を比較研究することは現在きわめて重要なことであり、しかも組織培養によってのみ大きな成果が収められるといえる。そしてこの両者の間の、殊に生化学的特性より見ての相違が明らかにされてこそ、本格的な癌の治療、或は化学療法が可能となるのである。従って我々は一歩一歩確実なデータをつかみ、築き上げて行くことが大切で、その研究を進める思考過程に飛躍があることを最も慎しむべきであろう。 3)正常及び腫瘍細胞間の相互作用の解明: これは伝研及び久留外科に於て各々若干異なった道ながら探求しているところであるが、後者のは腫瘍細胞中に含まれている物質すべてを、細胞をすりつぶして取出し、他の細胞に与えてその影響をしらべているのであって、前者とはいささか目的が異なる。生体内に於ては正常細胞も腫瘍細胞も共に生活しながら影響し合っている。その生きたままの影響をしらべようとするのが後者である。これまでの説では、いわゆるtoxohormoneのように癌細胞から分泌されて積極的に他の正常細胞の代謝を阻害し、患者をkakexieに陥らせるのだという説と、癌の細胞から分泌されるものには何か正常の細胞に増殖をおこさせ、つまり非正常的な行動をさせるものがあるのだという説と二説がある。しかし何れも本当にその目的に適合した実験法を採用しているとは云えない。Parabiotic cultureのような方法で、或はもっとそれを改良しながら、しらべて行くことが絶対に必要であると思われる。 |