【勝田班月報:6203】(前半)




《勝田報告》

 正常ラッテ肝細胞の培養にDABを作用させる発癌実験で、第1回は培養開始1週間後にはじめてDABを添加したが、このときは旨く発癌しなかった。第2回目の実験では開始と同時に与えたところ、非常に面白い成果を得られたので報告する。

 材料は生後9日のラッテ(JAR系)の肝で、メスで細切し、回転管の内壁にplasmaなしで附着させる。培地は20%牛血清+0.4%ラクトアルブミン水解物+塩類溶液(処方D)。

DABは1μg/mlに加え、4日間培地更新なしに培養する。実験群、対照群(非添加)各6本で、4日目以後は週2回培地全量を更新した。第4日以後にはDABを全く添加しない。すると投与後約6日で、実験群の中の1本に新しい増殖の盛な細胞Colonyがあらわれ、ほぼ1日半位の間に、次々と、結局全部の実験群tubeに増殖コロニーが大量にあらわれてきた。対照群では若干のmigrationはあるが、増殖像は今日に至るまで全く認められない。それが実験群では6/6で全部できたのである。そこで問題はこれらの培養を、いつ、いかにして継代するかである。仮にその6本をA、B、C、・・・と名付けると一応次のような処置をとってみた。

A:第14日にラバークリーナーでTD-15へ→Colony 3ケでき増殖中、上皮様形態の細胞
A2:第14日にトリプシン消化で小角瓶へ→Colony 2ケでき増殖中、同上
B:第21日にコロニーだけをとり、トリプシン消化→回転培養(Colony新生せず)
C,D:第21日にコロニー以外の他の細胞をラバークリーナーで除く(コロニーだけ残す)(その後、第28日に継代し、失敗)
E,F:継代せずに初代のままつづける→(その後増殖が中止した)

 各継代の結果は上表の右に記した通りで、この経験からみて、継代は思切って早い方が良い。(3月になった現在。A2系だけが増殖をつづけている)培養法は初代は10rphの回転培養で、継代後何れも静置。増殖してくる細胞には静置の方が良いようである。(A)の細胞が大量にふえたら復元試験をしたいと準備をすすめている。くりかえすが、上の成績から判る通り継代をためらっては失敗する。もう少しふえてからなどと思わずに継代するのがコツである。対照群はDABを加えぬ他はすべて実験群と夫々同じ操作をしてみた。

migrationしか見られなかったが、例えばAの継代のとき、対照群も同様に1本を継代した。このTD-15に継代のもののみ継代後コロニーが1ケ出来たが、DAB処理群のコロニーと異なり、殆んど増殖しない位である。他の継代では一切コロニーはできなかった。

 細胞の形態は(染色標本と生のTD-15継代のA系を展示)。新生の細胞には2種が混っている。右図の(a)と(b)であるが、継代後によく生えているのは(a)の方で、これは上皮様で、石垣状にぎっちりシートをつくってくる。どうもこれが悪性化した本命ではないかと思われる。

 さてこのような結果が得られましたので、全く上と同じ実験条件で第3回目をやってみました。ところがこんどは、実験群対照群ともに、第2日頃(DAB処理中)から細胞のmigrationがはじまり、第5、6日頃から急速な細胞増殖がおこりました。このころは、上の(a)とも(b)との異なる、本当の“fibroglastic〃のものが主でした。第12日に継代、以後今日まで活発にふえています。但し継代後は上皮様のが主体になりました。これは対照群も充分復元してみられるので、両方とも今日まで培養をつづけています。

どうして、第2回目と第3回目と異なる結果になったのか、異なっていたのは、

  1. )ラッテが別のラッテであること(両方共JARの生後9日ではあるが、別の個体)。
  2. )第3回目の方がラッテを殺してから培養に入れるまでの時間が少し長かったこと。
の二つ位であろう。今迄正常ラッテ肝の培養をずい分やってきたが、こんな例ははじめてで、何かこの使ったラッテに原因があったのではないかという気がしている。



[山田]Outgrowthと本当のgrowthの区別は?

[勝田]Morphologicalに簡単にできます。右図の(a)と(b)のようにmigrationだと(a)のようにA)B)の組織片のまわりに、ほんの少しくっついて出てきますが、増殖がはじまったのは、例えば(b)の(A)片からはじまったものでもどんどん拡がってとなりの(B)を包み(C)にまでおおいかかるという具合で、みるみる拡がって行きます。

 なお昨年の夏ごろから、4ニトロキノリン−ラッテ正常肝の組合わせでうまく行かなかった理由について考えてみますと、in vitroで悪性化を図る場合、まず大きく見て二つの制約があります。第1が“Mutationの方向”で、第2が“培養環境によるselection”です。Mutationには方向性がない訳で右下図のように、細胞の性質は360゜いかなる方向にも変り得る訳です。その内、右図の点線の角度内に向いたとき癌化するとします。次に、そのとき用いている培地あるいはさらに大きく云って培養環境で、細胞増殖を起し得るような細胞の性質の方向を鎖線でかこんでみます。すると、仮に悪性化したとしても、鎖線の角度内に入っていないと、そのまま増殖できずに死んでしまう訳で、つまり点線角と鎖線角のオーバーラップした角“α”の方向に細胞が変った場合のみ“in vitroの発癌”が成功することになります。

 今回成功に近ずきつつあるDABでは、同じDAB肝癌であるAH-130などについて既にくわしくその栄養要求をしらべてあり、他のDAB肝癌でも他所から似たような培地で生えることが報告されています。だから“α”の角がかなり広かったと云えるでしょう。それに対し、4ニトロキノリンの方は、まだこれで発癌させた細胞を培養した経験がないので、鎖線に相当するところがよく判って居らず、したがってαがきわめて狭いか、或はoverlapしていなかったのかも知れません。もっとも1回はうまく行きかけたのですから少しはoverlapしていた、と云えるでしょうが。

 さて、いまお話しましたように“正常肝-DAB”という非常に有望な系を見付けましたし、非増殖系を使うという非常に便利な研究法も見付けましたので、かねてのお約束に従い、早速全班員に追試をおねがいしたいと思います。

 薬剤はDABを使うとして、肝をとる動物は、“勝田・JARラッテ、佐藤・呑竜ラッテ、高木・Wistarラッテ、伊藤・?ラッテ、山田・マウス、堀川・マウス、遠藤・呑竜ラッテ、奥村(発癌前後の染色体の比較)”のように分担しましょう。なお、ラッテはこれまで生後9日のを使いましたが、決してその年齢が良いというのではありません。controlが増える危険性の少ない点では、生後1月位が良いのではないでしょうか。



 :質疑応答:

[山田]初めに培養するときトリプシン処理したら如何?

[勝田]細胞が弱り易いのでこれまではやりませんでしたが、うまく行くのが確実になってきたら、段々に細胞の方をpureにして行くべきです。現在のやり方ではmixomaのできる可能性もあるので、できた腫瘍をさらにcloningする必要もあります。

[高橋]ハムスターにしてはいけませんか。

[勝田]それは各班員properの仕事としては一向かまいません。しかし今の話はそれと別でとにかく突破口ができたら皆でそれをこじ拡げようという方の仕事です。

[遠藤]私のところは3週の呑竜を買っていますので、それを使うことになります。

[勝田]それはかまわないと思います。

[佐藤]私のところは呑竜をまだ飼ったことがないし、繁殖について条件が少し悪いのです。マウスの乳癌だと、TD-15で培養して純系マウスに簡単に復元できますが、今度の場合多くの例数が要るのですか。

[勝田]この場合、多くの成功例を作ることが先ず必要と思います。

[佐藤]培地更新は?

[勝田]週2回です。さっき1日おきと云いましたが間違いです。

[高橋]第4日に培地を洗いますか。

[勝田]培地をすて、よく液を切り、そのまま新培地を加えます。だから少しはDABが残るでしょうが培地をかえる度に稀釋されてしまいます。勿論洗っても良いでしょうが、それより成功につれて、作用日数を段々減らして行くのが面白いと思います。またControlにDABの混入する危険を考え、一度DABに使ったピペットはそのまま棄てています。

[遠藤]普通の有機物ならクロム硫酸で洗っていれば大丈夫です。それよりピペットを新聞紙でまいて乾熱滅菌するとき、少し熱が上りすぎると、カーボンやインクが出てきて、これが発癌の原因になる可能性があります。

[山田]EarleのLのときの発癌も技術に不明の点が多い。

[勝田]対照も癌化してしまったしね。生体内で発癌する場合、二つの途が考えられています。その第一は、変異した細胞がそのままどんどん増えて癌になるのと、第二はその薬剤の作用で細胞がやられ、そこに再生が起る。その再生が止まらなくなってしまって癌になる。この二つです。我々の仕事は第一の方が、少くとも存在し得ることを示している訳です。

 いま説明したような培養法で肝を培養しますと、かなり永い期間細胞が生きています。例えば7ケ月目にしらべて、Nigrosine陰性、Neutral red超生体染色で核は染まらず、細胞質顆粒は染まります。つまり“No multiplication but viable”の状態です。

Subcultureすると肝細胞は壁にろくに附かなくなります。

[山田]DABと蛋白とのinteractionを考える必要があるのではないですか。

[勝田]いわばrestingの細胞がDABによりmutationを起すことについて、私は次の様な可能性もあると“考えて”います。つまり遺伝形質支配はDNAでなくDNA-proteinである。このproteinにDABが作用し(或はcompoundを作って)、遺伝形質支配に変化が起る。

[関口]九大遠藤氏の仮説で、4ニトロキノリンがprotein-SHに働くという考があったが、核蛋白にはSHが少いので立消えになりました。

[山田]遠藤君はRNA-proteinを考えていたようです。

[高橋]Phenol抽出RNAは駄目で、Dodecyl・RNAだとDNAのcontamiが無くて良いので、この方法でRNAの変化を追っています。

[山田]自分はproteinのことはよく判らないが、RNA-proteinのproteinと4ニトロキノリンとのinteractionでclear cutなデータが出ている様です。

[勝田]これまでの経過をふりかえると、班研究としては成功していると思います。in vitroの発癌は外国でも狙っているので1日も早く仕事をいそぐ必要があります。それで、この春(6月末)の病理学会に、発癌seriesの第1報としてまず“正常ラッテ肝細胞の培養”ということで、第1報を出しておきたいと思いますが、如何でしょうか。

 また、昨春の第1回連絡会でこの仕事の綜合的題名として、“組織培養による細胞の悪性化の誘起の研究”としようと決めましたが、いま考えていて誘起(induction)だけでなく、できたものについても比較するという意味も含み、次の名前に変えたら如何でしょう。第三者にきいてみてもこれで充分意味は通じるというのですが・・・。

《組織培養における細胞の悪性化の研究》英語では“Production of malignancy in tissue culture”となります。

[佐藤]“正常細胞の癌化”で良いか? どちらかと云えば《発癌》ということを打出しておいた方が良いのではないですか。

[堀川]Cell lebelでの発癌ということは、発癌のConceptとして良いのですか。

[佐藤]良いと思います。原題だと“株になったときの悪性化”という意味にもとれます。

[山田]各班員が全部一緒に話し、或は発表する場合はともかく、別々に発表するときは、この方を副題にした方が良いのではないか・・・。

[勝田]単に各個研究を寄せあつめただけの班研究ではなく、有機的な綜合研究なのだから題名は統一した方が良いと思います。

[山田]きゅうくつな感じもします。癌のできたときは良いが、今の段階でこのような題名をつけるのいうのは。

[勝田]私は、この辺で研究上にもフンギリをつけるという意味で題名を考えたいのです。[山田]できた、というところで題をつけるのでも良いのではないか。竜頭蛇尾の感、“Japanese Gann”のような気味があります。

[堀川]山田班員の説は一考に値します。“悪性化のための”という位にしておいて、悪性化して行ったときから題名を変えれば良いでしょう。具体的には“ための”という言葉を入れるわけです。

[山田]私の考えはMain titleは夫々につける。Subtitleで統一ということが主です。

[堀川]それには賛成しかねます。やはり綜合の有機的な結合にによる研究であるからにはMain titleを統一した方がよいと思います。

[高橋]日本語の方は良いが、英語のProduction of・・・”は問題と思います。“The study on・・・”とした方が・・・。

[山田]“Japanese Gann”の外国の評判が気になります。Just like“Japanese Gann”ということになるのが・・・。日本語は良いとして英語の論文はどうするのですか。

[勝田]この次の連絡会(5月)までに考えてくるようにした方が良いと思います。いまはとにかく第1報を病理学会に出させてくれ、ということです。

[山田]学会発表なら良いだろう。

[堀川]DABの仕事が或程度のところまでで、あとうまく行かずnegative dataになったときの発表は?

[勝田]出来そうなんだから、今からそんなこと云わないでくれよ。これから高岡君に実際の手技を説明してもらいましょう。また発癌物質、たとえばこのDABなど、使ったあとどういう処理をしたらこわれて発癌性がなくなるか。これは取扱上大切なことなのでぜひ遠藤班員にしらべてもらうことにしましょう。

(どうもこのあたりの発言は、実際に自分の研究室で細胞の変化をおこさせている者とそうでない者との切実感の相違が喰いちがいを作っているようである。5月の連絡会までには各班員ともかなり成果を得られると思うので、この次は話もちがってくると思われる。割当に従って各員早急にピッチを上げて頂きたいところである。)



《実験法の詳細(高岡)》

〔DABの溶かし方〕

これは九大の高木班員のとかし方をまね、Tweem20を使いました。

 100mlコルベンにDAB100mgを入れ、Tween20を5ml加えます。即座にとけます。これを100℃、30分で1昼夜おきに3回間歇滅菌し、さらに滅菌塩類溶液を45ml加えます。これを4℃で保存します。冷えると沈殿ができますが、温めればまたすぐ消えます。

〔培地〕

 牛血清(56℃、30分非動化済)20%+LD(Lhを0.5%にとかした塩類溶液D)80%に 上記のDAB溶液を1μg/mlに加えます。

〔材料の取り方〕

 生後9日のラッテをエーテルで殺し(放血はしませんでした)、肝を無菌的にとりだしてシャーレに入れます。このとき塩類溶液で肝臓を洗ってはいけません。洗うと、あと組織片が壁に着かなくなります。さてこの肝組織をメス2本を使って、0.5〜1,0mm角位になるまで細切します。粥状にするわけです。これをピペットでRoller tubeの管壁に一面につけます。右図の(a)の幅ぐらいにぐるりとつけるわけです。生後9日のラッテですと、1匹の肝からRoller tubeが20〜30本できます。さて組織片をつけ終ったら、培地をすぐに入れます。各管1,5ml宛入れますが、組織片が乾かないようにすぐダブル栓をしめます。

〔培養法〕

 37℃の恒温器で、約10rphの回転ドラムにさして培養します。4日間は培地をかえずにそのままおき、4日後にDABの入った培地旧液を全部すて、よく切ってから、DABの入らぬ新しい培地を1.5ml宛加えます。以後は2回/週に培地交新します。この間ときどき顕微鏡で観察し、migration或は増殖像に気をつけます。なお、観察のとき、細胞を乾かさぬようにする注意が肝要です。



 :質疑応答:

[佐藤]メスの代りに鋏を使ったらどうですか。

[高岡]組織片をつぶすおそれがあるので、メスを使わないと・・・。

[勝田]それもよくといだメスでね。鋏だと引きちぎってしまって、細胞がやられる。

[山田]pHの変化は?

[高岡]非常な稀釋液なので、DABをこの位入れてもpHには全く影響ありません。

[遠藤]エーテルで殺すとエーテルのeffectが出ないかしら・・・。

[関口]さっき山田班員のいわれた、DABがProteinにくっつくということは・・・?

[山田]よく判りませんが、そのようなデータが出ています。

[関口]in vivoではfreeの形では作用しないんじゃありませんかね。




☆☆後半へ続く