《堀川報告》1961年度の私の主な仕事は哺乳動物体細胞の変異性と耐性のメカニズムを追求するためにmouseL細胞を用いてやって来ました。用いたagent及び主な内容は従来この報告でも度度述べてきましたので、今更詳細に述べる必要はないと思います。 ただこれらの問題は自分自身遺伝屋である故か、或る程度の興味をもって進め、又ある程度の結果を得る事が出来ました。然も現在最も力を入れている耐性のメカニズムを染色体レベルでその機能を説明しようと言う試みは、今後大いにやらねばならぬ問題と思っております。ここで大いに付け加えておかねばならぬ事は、これらの問題がin vitroでの発癌問題とどの様な関連性があるかと云う疑問に対して私自身大いに有りと認めますし、又一昨年のこの研究グループ出発の際にとり決めた私の計画分担をあの手、この手で押し進めて来た訳です。従って発癌に関して直接の関連性はなかったにしろ、私自身当初に計画した事は一応満足な結果は得られなかったにしろ達成しつつあるし、又これらの仕事で得た結果は今後の仕事に大いに利用出来ると思います。 例えば、MitomaycinC、UV-ray、γ-rayの如きものは大まかに言ってその作用機構に類似性があり、然も一方L細胞、HeLa細胞の如き株化された細胞を少なくともこれらの要因で処理すると、もともとL原株細胞中にあった耐性細胞こそ或る程度pureな形でisolate出来るが、腫瘍化させる様な大きなActionは持っていないようだと云う事、然し、この腫瘍化出来ない原因が株細胞を用いたためなのか、用いた要因に起因しているのか、と云う問題に関しては未だに解答を得られません。 でもこれまでに少なくともLiebermanの様にPuromycin、8-azaguanine、Szybalskiの5-Bromodeoxyuridineの様に種々のantibiotics、核酸前駆体等種々のagentを用いて仕事をやって来た人々がLやHeLa細胞で大きな変異を起し得たと言う報告を耳にも目にもしない所をみるとやはりDifferentiationの極致に達した株化細胞を用いる事は余りリコウじゃあ無さそうに思われる。結局発癌の問題に関しては現在伝研で成功しつつあるDABを用いてのPraimary cultureでの仕事のように何かの動物からPraimary cultureしたものを用いて勝負するのが手取早いと云う結論です。 で今年の結果ですが、うちは3月に引越しがあると云う弱点はあるが、とにかく
:質疑応答: [勝田]いま“癌細胞を正常細胞に帰してやる”というような発言をされたが、これは “非腫瘍性細胞に変える”というべきと思います。本当に正常に帰す、なんてことは非常にむずかしいことですから。かって数年前に報告しましたが、肝癌AH-130から作ったうちの株、JTC-1,-2はラッテに復元接種するとかなりの致死率を示します。これは染色体数の主軸は、夫々51本と58本ですが、培養はずっと静置培養を使っていました。ところがこの株を3,000rphの高速回転培養に移すと、数代の内に腫瘍性がぐんと落ちました。何回やってみても同じような結果です。そこで高速回転の細胞をいろいろな面から、静置継代の細胞と比較したのです。染色体は高速ではどちらの株も38〜40本の辺がピークになっていました。これは株をラッテに復元したとき第2位になって現れてくる38〜40本と核型もそっくりです。そして正常のラッテの体細胞と数の上ではきわめて近いのですが、核型がはっきりちがうのです。つまりこの場合の腫瘍性の低下は、染色体数からも解糖や呼吸からも、さも腫瘍細胞が正常に戻ったかの如く見えますが、実は株の細胞集団のなかに、腫瘍性の低い細胞(染色体数38〜40)が混っていて、新しいaerobicな環境におかれて俄然ふえ出し、主位を占めるようになった、と考えるべきだと思います。また、そのような細胞集団のなかに、いわば“弱小民族”のような細胞が長く保護されている、ということも大変面白い問題と思います。 [佐藤]いまの高速回転の細胞はSingle cell cultureしたとき40本のばかりになりますか。 [勝田]腹水肝癌はどれも非常に細胞同志でくっつき易く、これをEDTAなどで処理しても一寸ぼやぼやしていると、すぐまたくっついてしまいます。がっちりaseなどを使うと細胞がやられ易く、仲々1ケからは生えにくくなるし、難しいのです。colonial cloningも重ねてみましたが、40本のcolonyの中にすぐ4倍体などがあらわれます。 これは余談ですが、癌の治療について、いま二つの大きな途があります。 (第1)は直接細胞を薬剤などで叩くこと (第2)は担癌宿主の抵抗力を強めること です。 (第1)の方では、癌の突然変異由来という点から考えても、当然その性質に千差万別のあることが想像されるし、また事実、各種薬剤などに対する抵抗性の相違、あるいは耐性細胞の混在などが見付けられてきている訳です。しかも正常細胞の中にも分裂している細胞が色々ある。これらの点から考えてみて、現在(第1)の途をとっている人がかなり多いけれど、このルートをとって成功する可能性は非常に低いのではないか、という気がします。 私個人としては(第2)の方が成功の見込があるような気がしています。例えば腫瘍を動物に接種する場合を考えてみましても、その動物の抵抗に2種の段階があると思います。仮にそれを第1次抵抗と、第2次抵抗とよびましょう。第1次抵抗というのは、たとえば異種移植のときなどによく見られる現象、つまり植えてもつかない、はじめから持っている抵抗のことで、第2次抵抗というのは、癌をうえてしばらくしてから出てくる抵抗、つまり一種の抗体のようなもの、と考えてよいと思います。この場合、第1次の方を変えるということはいわば正常構成を変えることで、反って発癌の危険などが起るかも知れないし、むずかしいでしょうが第2次の方を強めるということは可能であると思います。 腫瘍性が極端に高くはない腫瘍、たとえばAH-130などはinoculum sizeがあまり少ないと、それがついて宿主をたおす%がかなり低くなります。たとえば右図で、A位の数をIPしますと、B位までは一旦ふえても、やがてそれが減り出し、Cのように下ってしまい、その動物はさらに強い抵抗力をもつようになる。いわば免疫が成立して行きますが、Bの辺まで行ったところで、この腫瘍細胞をとり出して別のラッテにIPに入れますと、B’→C’のように、第二次抵抗のできる前に腫瘍細胞はどんどん増えて動物を倒すことができるわけです。つまり100%takeするかしないか、そこにX−Yのような限界量が考えられ、できてくる抗体とそのときの腫瘍細胞数との比によって、第二次抵抗の成否が決まってくると考えられます。 なお、このBをB’にして移すというtwo-step transplantationは培養細胞などのように数が少ないとき応用すると有効です。 [堀川]マウスの悪性腫瘍で培養株になったのはありますか。すぐ復元できるような・・。[佐藤]私のところのEhrlichの株がありますよ。 [堀川]培地は? [佐藤]血清1%〜50%(どちらも復元可能)、あとLYEです。血清量をおとすと、どうも成績が悪いようです。Inoculum sizeにもよりますが。もう一つ、TCと動物継代をくりかえした系があります。染色体数は少なく、増殖も悪いのですが・・・。X線で叩くと染色体数が減りますが、これは増殖が悪くなります。染色体数と増殖度とは関係があるような気がします。 [堀川]私のところでは2/3の染色体が大きく太くなっているMutantがあり、やはり増殖は悪いです。DNA/cellの量をしらべたいと思っています。 [佐藤]染色体数と悪性度は無関係で、動物に復元すると、初代は悪性度が低く、段々に高くなってきます。latent periodが短くなるわけです。長く培養すると悪性度が落ちるものかどうかしらべてみます。またL株の場合、これが動物につくようになったら、腫瘍の概念が変るだろう。 [堀川]Chemical mutagents+L細胞の悪性化という可能性も同時に考える必要があるのではないですか。
《山田報告》ORGAN CULTUREについて: Lasnitzki,I.
Franks,L.M.
Trowell,O.A.
Organの培養はとくにaerationに注意。成熟動物の臓器はとくに酸素を要するので、酸素+5O%炭酸ガスを送って培養する。できるだけ小さい臓器がよい。 今回はorgan cultureの技術の紹介にとどめます。J.Paulの教科書にも比較的よくかかれています。
《高木報告》1.発癌実験
培養組織としてhamusterの腎と一応JTC-4細胞も用いてみたい。hamsterの腎はplasma丈を用いて組織片をガラス壁にくっつける方法とtrypsinizeする方法と両方で培養してみたい。用いる濃度は先にratの腎でtestした処では0.1〜1μg/mlの予定です。これはアルコールでないと完全に溶けませんが、この前も遠藤氏が云われた様にアルコールそのものの障害作用を考慮に入れて、やはり濃い処丈をエタノールに溶かして、あとの稀釋はよく disperseしながらsalineで行いたいと思います。 作用期間はprimary cultureであることを考え、まず2週間位作用させ、細胞が更に増殖する様であればまたintervalをおいて作用させる様にしたい。移植、復元はDABの場合と同様に行う予定です。 但、stirboestrolの欠点としてin vivoで発癌に6ケ月乃至1年もかかることです。以上2つの発癌剤について主として検討する積りですが・・・。次の4NQOについても検討したいと思っています。
これはこちらの癌研と共同の仕事になると思います。 培養組織としてmousuの皮膚、肺、肝、など一応考えています。また細胞に10−5乗から−6乗Mの濃度を作用させた際、封入体様物質を作る細胞とそうでない細胞との運命を追求の予定です。
2.免疫学的研究 概略は前回の班会議で報告しました。 これからの方針として
species specificityを検討すると共に、2)Organ specificityを追求する意味でもantigenのpurificationにつとめたい。前回の失敗にこりて今度は出来る丈多くの細胞を得るべく大量培養を試みています。そしてsolble antigenの硫安分劃、microsome fraction、NucleoproteinにつきImmunoelectrophoresisなどにより検討して行きたいと思います。目下、JTC-4細胞及びchang肝細胞の免疫中であり、またFL細胞の増産にこれつとめています。 3.その他の実験
前回の班会議以後、FL、HeLa細胞についても、その増殖をおとして効果を検討しましたが、やはりこれらの株細胞には促進効果はみられませんでした。
[勝田]メチルDABというのは遠藤君の誤解で、問い合せましたらやっていないそうです。それからDABによる発癌実験はさっきもお話しした通り4日間で良いのです。あまり長くやりすぎると反っていけないのではないか、つまり変わった細胞がやられてしまう可能性があると思います。とにかく私どもの方法の最大のミソは、正常細胞を増殖させないで生かしておきますから、若し変った奴ができるとすぐ判るわけです。つまり増殖してくる細胞ができる、というのは細胞が変化した証拠なのですから、初期変化をつかみ易い訳です。肉眼でみていても、組織片が丸く、すき通ったように、キラリと光って見えます。そういうのを狙って顕微鏡でみます。大抵その周囲に増殖細胞が見付かるのです。 それからラッテですが、復元接種することを考えますと、やはり自分の研究室で繁殖させて同腹の仔に(兄弟に)返してみるようにした方が成功率が高くなると思います。
《遠藤報告》1)HeLa株細胞: a)Progesteroneについてこれまで主にしらべてきましたが、今後は b)Testosteroneの仕事からAndrogenへ、またさらにAnabolic steroidへと進み、Anabolic steroidを酵素レベルでしらべたいと予定しています。また産婦人科の小林教授に、正常と癌の子宮粘膜をもらうつもりです。 2)間葉性組織の代謝: Mucopolysaccharideの代謝や、骨(軟骨)でもChondroitin硫酸にS35をラベルしてしらべてみたいと思っています。結締織とcarcinogenesisの関係は何かあるでしょうか。例えば結締織のないCorneaには癌ができにくい、といったことなどから・・・。
[佐藤]組織学的には癌組織と結締織との間には相互作用がありますね。腹水腫瘍の場合には、多形核白血球→単核細胞→腫瘍細胞の純培養といったコースをとります。しかし結締織とcarcinogenesisとの関係のデータは未だ見えていません。 [遠藤]私はそれをやってみたいと個人的には考えています。 [高橋]癌組織には蛍光物質がつき易いのですが、これは結締織についていますね。 [遠藤]なおこれ以外にCarcinogenesisの研究ですが、これは目下形態学の勉強をしています。
《伊藤報告》(事後提出)☆腫瘍のS2分劃の仕事は以前の報告で申し上げました様に、trypsinizeして、resin column IRC-50を通過させるところで、4つの分劃に分け、そのIII分劃に活性を認めましたが、此の際やや活性の低下を来しますので、その点の検討を行っております。 但、従来使って居ましたS2分劃が品切れとなって、別の人肝癌のS2について同様分劃を行いましたところ、280mμの吸収パターンに少し差異が出て居ます。ニンヒドリン反応でのパターンは殆ど同型です。この分劃の夫々の活性は現在検定中です。 ☆発癌実験は勝田先生のところで成功されたようですので、早速追試を致します。又、別に当方では培養の際のgas-phaseに少し操作を加えて、実験してみたいと思います。使う細胞は最終的には勿論primary cultureのものを用いますが、暫くは株細胞も併用する事になると思います。 ☆次に此れは報告から少し離れますが、先月の綜合班会議での勝田先生のお話しに此の席上で、もう一度お答えさせて頂きます。 我々のS2分劃がL細胞に対してしか促進作用を持たないと云う事でしたが、此れは培養細胞に対しては仰せの通り、L及びL・P1に対する効果しか検して居りませんので、誠に片手落ちであり、今後、腫瘍細胞を含めて、他の培養細胞に対する効果も検討する積りで居ります。但、現在までに他の研究者の行った結果で“in vitro”で正常ラッテ肝切片のRNAへのC14-orotic acidのuptakeをも促進すると云うはっきりとしたデータが得られて居る事を御報告しておきます。この作用はtrypsin処理して、IRC-50を通過させた分劃にも認めて居ります。それから、アルコール分劃の際の関口さんの御忠告は、今後充分注意致します。
《奥村報告》(事後提出)A.組織培養による細胞の変異
MonkeyとしてはGreen monkeyを用い、消化はBodianの方法を若干変えた方法(既報)で細胞をばらばらにし、培養する。細胞がガラス壁に完全にmonolayerになった時にtrypsinizationで継代する。サル、ウサギのいづれも初代から3代位では明らかな増殖を示すが、その後はあまり増殖が良くないばかりか逆に減少することが多い。(細胞数計数による増殖カーブで示す) 又、細胞数と血清濃度の関係をみると、細胞数の少ないときに高濃度を必要としていたのは興味深い(増殖カーブを示す)。なぜこの様な実験を試みたかは、一応血清の細胞増殖に与える影響をみて、増殖と染色体数の変異性と検討したかった故。
凍結後のHeLa株細胞の染色体数は6代目まで観察した結果からは変化は見られないが、多倍体の細胞が凍結前より若干減少しているのが目立つ。その他は殆ど変化がないと云い得るであろう。しかし、もっと先になって変化が出てくるかも知れないので長期間、核型も併せて観察してゆきたい。
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