【勝田班月報:6912:NGによる試験管内化学発癌】

《勝田報告》

◇下条班員よりのデータが紹介された。医科研癌細胞より依頼された株細胞(RLC-10、RLT-1、RLT-2)のT抗原(SV40 T antigen、Adeno 12 T antigen)は陰性とのことであった。

     
  1. 各種株細胞の合成培地内培養:

     細胞を合成培地内で継代できると、

    1. 血清由来のウィルスのcontaminationが防げる。
    2. 細胞の生化学的分析が容易になる

    などの利点がある。当研究部ではすでに10種の細胞株を合成培地内で継代しているが、さらに別種の株について検討を加えてみた。

     (表を呈示)しらべた21種の内、7種は11月までに切れてしまい、6種は現在死にかけ、6種はまだ結果不明であるが、残りの2株(RLC-10由来で4NQO処理した系、CO#60とCO#60Bの2実験系)では、合成培地DM-145(イノシトール含有培地)内で増殖を続けているので、これはまず今後も継代は大丈夫と思われる。

     このCO#60及びCO#60Bの対照群RLC-10Bは自然悪性化したが、少くともこの合成培地内では増殖できぬのに対し、CQ#60とCQ#60Bが増殖できるということは、同じ悪性化でもその間に質的な相違のあることを明示していると云えよう。

     RPL-1(ラッテ腹膜)、RPC-1(ラッテ膵)、RLG-1(ラッテ肺)、RSP-1、-2(ラッテ脾)、と夫々の臓器より由来した細胞の株である。

     

  2. 4NQO処理のラッテ肝の実験系、CQ#60の処理後の検査歴:

     この実験系はRLC-10株を4NQOで1回処理した系であるが、細胞電気泳動像が大変悪性面をしているとのことなので歴史を紹介する。

    3月1日に第1回の復元テストを行い、2/2に腫瘍死した(95日、135日)。3月5日には染色体のモードは41本であったが、7月及び10月にしらべたところでは、3倍体付近に移ってしまっていた。なおこの時期でも対照のモードは41であった。  

  3. JTC-16・P3株の培養歴:

     JTC-16はラッテ腹水肝癌AH-7974由来の株で、いまだに可移植性を有している。この株を合成培地DM-145に移したのが、JTC-16・P3株である。その培養歴の概略を表に示す。この株の特徴は、合成培地で継代している株でも動物に戻せばtakeされるし、その腹水細胞はすぐまた合成培地で増えることである。

     

  4. JTC-16・P3株細胞の形態:(顕微鏡写真を呈示)

     血清培地で継代しているJTC-16は多核細胞やpiling upの像が見られる。

     合成培地で継代中のJTC-16・P3株細胞は、細胞の大きさが揃っており、核小体が若干大きい(?)。諸所にpiling upが見られる。その細胞とシート内の細胞と形態的に違うかどうか、同じ視野でピントをpiling upに合わせてみると、形態的にはシート内の細胞とそっくりである。

    ☆☆この写真を今見ると、piling upというより、MDCKの形成するドームとか、ヘミシストと呼ばれているものと思われる☆☆



 

:質疑応答:

[佐藤]私の経験では肝癌など合成培地になじませるには、先ず合成培地で培養し、増殖が落ちれば動物へもどし、又合成培地で培養するという事をくり返すと、合成培地で培養できる悪性腫瘍系がたやすくできると思います。

[山田]CQ60の系に関しては、染色体数に変化の起こった時期は、電気泳動値が腹水肝癌様のパターンに変わった時期と一致しているようです。

[難波]合成培地で継代出来る細胞系を作る時、20%血清培地からいきなり合成培地に切りかえるのですか。又合成培地に変えた時lagが出ませんか。

[勝田]合成培地への順応の仕方も、又lagが出るかどうかということも株によって全く違います。RLH-5のように血清培地より合成培地の方が増殖のよいものもあり、HeLaのように順応するのに何年もかかるものもあります。

[難波]合成培地の方がpHの下がり方が早いという事はありませんか。

[安藤]それも系によって違いますね。ミトコンドリアの発達と関係があるように思われます。合成培地で増殖するようになるという事は、細胞のどこが変わるのでしょうか。

[勝田]少なくとも脂肪酸の構成は変わりますね。これらの合成培地で培養できる系のうち、AH-7974の場合には正常肝細胞の増殖を阻害する毒性物質を、合成培地で培養しているAH-7974・P3でも出して居るということになると、分析がずっと楽になりますから、そういうねらいも持っているわけです。

[松村]4NQO処理によって、染色体数の分布にひろがりが出来るということはありませんか。

[勝田]私達の実験では、4NQOは染色体上の大きな変化はあまり起こさないようです。

[山田]岡山の方はどうですか。

[難波]やはり、低2倍体への変化が多いようですが、何度も作用させると3倍体になったという例もあります。

[佐藤]変化の仕方はまちまちです。ただ3倍体になると安定するようですね。

[堀川]発癌性と染色体の変化に、もし直接的な関係があるなら、統計的にしらべれば特異的な変化の答えが出るはずです。しかし、これだけやっても、どうも結論が出ないというのは、その関係が2次的なものではないのでしょうか。



《山田報告》

 前報に於いて、写真記録式細胞電気泳動法により「少数細胞が悪性化したと思われる細胞集団」の分析を行い、その結果を報告しましたが、今回は同じ方法でRLH-5・P3の4NQO処理後の変化を追求しました。

 まず通常の細胞電気泳動法にて、直接泳動度をカウントした成績では(図を呈示)、処理後42日までシアリダーゼ感受性は増加して居ませんが、個々の細胞の泳動度のバラツキが明らかに49日目に出現して居ます。対照の未処理細胞は全く変化なく、従来通り、この細胞系は殆んどシアリダーゼ処理に反応しません。

 ところが、写真撮影記録式の方法でこの細胞群を分析しますと、種々の知見が得られました。4NQO処理後26日から小型細胞に泳動度の速いものが多くなり、シアリダーゼ感受性の増加したものが多くなって来て居ます。特に2回4NQO処理した群(HQ1B)では68日目に特にこの傾向が著明となり、また大型細胞にもこの種の変化したと思われる細胞が増加して居ます。前回で試みたごとく、細胞群を大中小に分けて、それぞれの型のうちで泳動度が全平均値より10%以上高値を示す細胞の出現頻度(%)、およびシアリダーゼ処理後、全平均より10%以上の減少を示す細胞の出現頻度(%)を計算し、更にそれぞれの型における上記両頻度の積を推定変異細胞の出現頻度として計算してみました(表と図をを呈示)。

 4NQO二回処理群(HQ1B)の小型細胞の変化は前回のCQ42(RLT-1)に近い変化と考えられます。(しかしCQ42の場合には中型細胞が変化している点が異ります)
特にHQ1B群の細胞は全体として、大型になって居ることが目立ちます。

 これらの変化が悪性化とどう結びつくか、ラットへの復元実験の成績を待つとこにすると共に、4NQO1回処理群(HQ1)の其の後の変化も近日中に測定の予定です。



 

:質疑応答:

[堀川]RLH-5・P3を4NQOで処理すると、小型細胞でシアリダーゼ処理によって泳動度のおちるものが、4倍にも増えたということは、RLH-5・P3でも悪性化の見込みがあるということですか。

[山田]RLH-5・P3が4NQO処理によって変異するという事は言ってよいと思いますが、その変異が悪性化に結びつくかどうかはあくまで動物への復元成績を待たねば判りません。

[藤井]免疫の実験についてですが、ホモの動物を使った場合なら抗血清を採った動物のリンパ球を泳動させて細胞性抗体をつけているかどうかというような事もしらべてみられますね。

[山田]基礎条件がきちんと設定できたら、色々実験してみられると思います。

[難波]この実験の場合、非働化はどういう意味をもっているのでしょうか。

[山田]補体をこわすための非働化です。

[藤井]抗体で処理しただけで、電気泳動にかけては駄目ですか。補体の処理も必要ですか。

[山田]抗血清は非働化して用いますから、別に補体を作用させて細胞表面が溶けて穴があくような変化を起こさせることが必要です。ヘテロの系を使って実験しますと、全く明らかに泳動度が変わります。

[堀川]腫瘍特異抗原というものが本当にあるのでしょうか。

[山田]免疫の方からは、腫瘍細胞とは腫瘍特異抗原をもつようになるのか、或いは臓器特異抗原を失うのかという二つの方向から攻めることが出来ると思います。

[堀川]細胞電気泳動法を免疫学的に使うということから、案外細胞の悪性化を早い時期につかまえられそうですね。それから将来、泳動度のちがう細胞を無菌的に分劃出来るようになったら、抗体をくっつけた細胞だけ拾うことなど可能になるでしょうか。

[山田]もちろん可能になると思います。



《難波報告》

 N-10 4NQOで悪性化した培養ラット肝細胞の4NQO感受性について

 4NQOで悪性化した細胞を試験管内で、できるだけ早く捉える試みの一つとして本実験を行った。即ち、4NQOで悪性変異した細胞が4NQOに対して、耐性を有するかどうかを集落培養法によって検討した。実験は3回行い、3回とも同一の傾向を示す結果を得たので報告する。

 使用した細胞は培養ラット肝細胞系RLN-E7(4)のものでその対照細胞、10-6乗M 4NQO間歇処理20回で悪性化した細胞、及びこの悪性変異した細胞を動物復元して生じた腫瘍を再培養した細胞を使用した。4NQO感受性試験では20%牛血清加Eagle's MEMに4NQO終濃度10-9乗、10-8乗、10-7乗M(又は10-7.5乗M)含む培地に少数細胞をまき込み1週間培養を続けた後、4NQOを含まぬ培地で培地を更新し、更に1週間培養し、形成されたコロニー数を算え、それぞれの細胞系に於て4NQOを含まぬ培地に2週間培養した場合に形成されるコロニー数を100%として、その相対的コロニー形成率を算定した。

 結果:4NQOで試験管内で悪性変化した細胞、及びその動物復元で生じた腫瘍の再培養細胞に4NQO耐性は認められなかった。従って、4NQO耐性を細胞の4NQOによる悪性化の指標とすることが出来ないことが判った。(表と図を呈示)



 

:質疑応答:

[堀川]コロニーの形成率からみた耐性の実験は、4NQOを入れっぱなしでみていますね。4NQOを30分処理して除いてしまった場合はどうですか。

[難波]30分処理もデータがありますが、全く同じ結果が出ています。

[佐藤]前にラッテの肝細胞の増殖率でみた時は、4NQO処理の細胞は4NQOに対する耐性が出来て居るという結果ではありませんでしたか。

[難波]そうでした。増殖率をみる実験の方が培養日数がずっと短いことと、半分死にかけの細胞も核数計算では数にはいるので、そういう結果になったのだと思います。

[高木]増殖度をみることとコロニーの形成率をみることと、どちらが適切な手段なのでしょうか。

[堀川]増殖カーブでみる時は、カーブがプラトーに達した所でみなくては正確な結果が得られないと思います。理想的には両方の手段で実験した結果をみて結論するべきでしょうね。

[佐藤]コロニー形成の場合、一つ一つのコロニーの大きさはどうですか。コロニーの大きさは増殖に関係があるわけですが・・・。

[堀川]重要な点ですね。放射線での耐性細胞のコロニー形成能をみますと、形成率は大変よいが、大きさは対照より小さいということがありますね。

[佐藤]コロニー形成能だけでは耐性の正確な答えが出ないと思います。例えばコロニー形成能は同じでも生き残ったものの増殖の速度が変わっていたりすることは、チェック出来ないでしょうか。

[勝田]1週間も4NQOを入れつづけるという条件では、抵抗性をみるつもりで再変異をみているという事になりませんか。

[難波]悪性化した細胞に4NQO耐性が出来ていれば、4NQO添加の条件で悪性細胞を拾うことが出来るとも考えたのです。

[山田]4NQOの毒性に対する抵抗性をみていることになりませんか。

[松村]あのカーブは対数で書いてあるのに曲がっていますね。そのことから考えられることは、薬剤の濃度の濃い所とうすい所では細胞に対する作用の仕方が全くちがうのではないかという事ですね。

[勝田]4NQOを使っている場合、濃度を/mlで決めてよいものでしょうか。/cell数で決めるべきではないでしょうか。

[安藤]まさにその通りです。私の番の時にデータを出しますが、あのカーブが曲がるということも、細胞1コに取り込まれる4NQOの量にクリティカルな線があるからではないでしょうか。

[山田]4NQO処理を重ねるごとに、コロニーの形成率は上がりますか。

[難波]上がります。しかし対照の方も総培養日数が長くなるにつれて、だんだんコロニー形成率が上がりますから、4NQOの効果としてははっきりしません。形成率が対照よりどんどん高くなるようだと4NQO処理により変異の率が高まると考えられますが・・・。

[山田]4NQO処理の追い打ちのかけ方も問題がありますね。間をおかずにすぐ次の処理をするのと1月もたってから処理するのとでは、細胞の変わり方が違うでしょうね。

[勝田]光に対しても、もう少し気をつけた方がよいでしょう。

[堀川]光力学的効果がある場合は、暗室で実験します。ナトリウム電灯を使うのがよいでしょう。



《堀川報告》

 培養哺乳動物細胞のDNA障害と修復機構(17)

従来われわれは紫外線またはX線照射さらには化学発癌剤4-NQOとその誘導体処理による培養哺乳動物細胞のDNA障害とその修復機構について比較解析を進めてきているが今回の班会議には時間の都合上スライドを準備することが出来ず、黒板を使用して、これれ3者の間の詳細な比較解析結果を報告し、あわせてこうした観点から私なりの発癌機構についての考えを述べ諸氏の御批判をあおいだ次第です。こういった訳で次回から詳細な実験結果を報告します。



 

:質疑応答:

[安藤]RLC-10では二重鎖切断の回復がないようだというデータが私の実験でも出ましたから、堀川さんと私の実験結果の違いは、血清培地で培養している細胞と合成培地で培養している細胞の違いかも知れません。

[堀川]そういう事は考えられますね。

[安藤]チミジン、ロイシンにプレラベルしておくという実験で、24時間後に培地内へ又放出されてくるチミジン、ロイシンの量は、始めに細胞内へ取り込まれた量の何%になりますか。

[堀川]今答えられませんが、計算してみます。



《安藤報告》

     
  1. 4NQO処理L・P3細胞はDNAの修復合成を行うか(3)

     月報No.6910に於て10-5乗M4NQOで処理したL・P3細胞にはDNAの修復合成が検出されなかった。そこで今回は条件を少しかえて再度テストしてみた。しなわち4NQOの濃度を3x10-5乗Mとする事によってDNAの鎖切断数を増す事、及びヒドロキシ尿素を使う事により正常な半保存的合成を抑制する事という条件下に再度修復合成の有無を調べた。アルカリ性CsCl遠心の結果、フラクション数1〜20迄のHeavy域について、コントロールと4NQO処理両者を比較すると明らかに4NQO処理の場合の方が高いカウントを示している。更に定量的に重い域と軽い域のカウントの比を計算してみると、コントロールでは重い域に全体の6%あるのに対して、4NQO処理の場合は16%存在する。これは恐らく有意差であろうと思われるが、なお検討し続けなければならないと思う。もし有意差であるとすれば「4NQO処理によって起った切断が再結合される際に古いDNA鎖の中に新たなヌクレオチドの挿入が起った、すなわち修復合成が起った」と結論出来る筈である。(図と表を呈示)

     

  2. DNAの切断及びその修復現象は細胞の癌化に直接関係があるか。

     私は4NQOがL・P3、RLH-5・P3細胞のDNAを切断し、細胞はこれを修復するという現象を見て来たわけだが、果してこの現象が発癌の本質にどれ程関係があるかはわからない。そこで先ず種々の4NQOの誘導体を使って「発癌性のあるものは全てDNAを切るか」という問いをテストしてみた。もしこれに例外があればこの両者の関係は希薄となるわけである。テストは全てアルカリ蔗糖密度勾配遠心で一重鎖切断の有無を調べた(結果の表を呈示)。

     4NQOから6NQO迄は発癌性とDNA鎖切断は平行しているのが見られるが、4NQO6Cは発癌性があるにもかかわらずDNA切断を起こさない。一方、4NPO、3M4NQOは逆に発癌性がないのにDNAは切る。このような結果になったわけだが、次の二つの解釈が成立つ事になる。

       
    1. 4NQO6Cは条件を変えればDNAを切る。又4NPO、3M4NQOの発癌性は動物あるいは投与法を変えれば発癌性を証明出来るかもしれない。  
    2. DNA鎖切断は発癌過程には直接の関係はない。

     このいずれであるかは更に実験を重ねなければ結論は出ない。この方向の実験としては、4NQO系だけでなしに他の発癌剤、(DAB、MC、ニトロソアミン、ニトロソグアニジンetc)についても拡大検討する予定である。

     

  3. 中性蔗糖密度勾配遠心法で分析している物質は純粋な二重鎖DNAか。

     今迄の分析でしばしば観察された事は、中性蔗糖密度勾配遠心で検出されるDNAのピークが、あまりにもシャープ過ぎる事、このシャープさは、markerに使用したλファージのDNAよりもシャープなバンドであった。これは恐らくフリーなDNAではないのではないかとの疑問を解くために、4NQO処理をしない細胞を大きな密度勾配にかけ大量にピーク分劃を集めた。今回は、このもののUVスベクトルを測定してみた。結果は、およそフリーなDNAとはほど遠いスベクトルを与えた。すなわち、明らかに裸のDNAではなく、細胞の何らかの成分と複合体を形成していると思われる。

     この複合体はやはり4NQOによって大きさが小さくなる事は事実である。



 

:質疑応答:

[勝田]4NPOの発癌性はマイナスというのは、どこのデータですか。動物の種類を変えたり、薬剤の濃度をかえたりすると、発癌させられるのではないでしょうか。

[安藤]どなたかが、そういうデータを出して下さると、大変すっきりするのですが。

[勝田]ピークのDNA+αのαとは何ですか。

[安藤]まだ分析してみていませんので、わかりません。

[堀川]ピークがDNA+αということは、一寸考えられないことですね。DNAそのものだけであるはずの所ですから・・・。

[勝田]部分的修復をみるのに、チミジン以外のもの例えばグアニンなどで取り込みをみたら・・・という意見が出ていましたが、やってみましたか。

[安藤]まだです。

[松村]さっき問題になったDNA+αは何か塩濃度でも変えて、+αを分離出来るのではないでしょうか。

[安藤]まだ分離を試みてはいません。ボトムの所に出てくる物質は大変粘度の高いもので、まさに高重合DNAと思われるようなものなのですが。

[堀川]アルカリの方も調べてみてほしいですね。それからDNAを切るのは最終的に4NQOか4HAQOかという点についてはどう考えますか。

[安藤]4NQOを4HAQOへ変える酵素をおさえるDicumarolというものを入れて、そこの所をはっきりさせたいと考えています。

[堀川]私は4HAQOに特異的な作用があると考えています。Dicumarolを使っても完全には抑えられませんから、仲々シャープな結果を出すのは難しいでしょうね。

[難波]4HAQOは毒性が弱いということを、黒木さんが書いていますが、DNAを切ることとは関係がありますか。

[堀川]毒性とDNAの切れることは同じではありませんから、4HAQOは毒性が弱くてもDNA切断では主役ということも考えられるわけです。

[安藤]DNAが切れるということは、イコール発癌に結び付くと考えられますか。

[堀川]私はそう考えたいと思います。DNAが切れ、ミスリペアを起こすことが変異の可能性を高めるのではないでしょうか。

[安藤]色素性乾皮症の場合の発癌機構はそうではありませんね。

[堀川]色素性乾皮症の場合は、私達と全く反対のことを言っているわけですね。リペア出来ないから発癌するということです。私達はリペアの能力のあるものがDNAを切られた場合、ミスリペアを起こす可能性があると考えます。そしてそのミスリペアが変異の原因になると考えます。しかし、DNAの切断の実験と細胞レベルの発癌の実験の間には大きなギャップがありますね。例えば、濃度にしても1オーダー違います。



《高木報告》

     
  1. NG-20

     月報6910でNG-20(再現実験)について簡単に説明した。

     その中NG-20の(1)系では200万個cellsを、処理後309日目にnewborn WKAratの皮下に接種して観察をつづけていたが、約50日後に腫瘤の発生が2/2に認められた。腫瘤はその後も大きくなり、その中1匹は80日目に腫瘍死した。このtreated cellsは処理後49日目頃initial changeに気付かれたが、その後著明な形態学的な変化はなく、処理後290日頃にはっきりしたmorphological transformationに気付いている。またこの頃より細胞のproliferation rateも急上昇し、現在ではtransformed cellsは1週間に約50倍と、これまでにあつかった細胞の中では最高の増殖を示している。

    なお、NG-20の(2)、(3)系の細胞は現在も差程著明な形態学的な変化はなく、(1)系と相前後して行った復元実験でも腫瘤の発生をみない。これでNGによる発癌に成功したのは4系となった訳である。

     

  2. NGでcarcinogenesis in tissue cultureに成功した4実験系の比較を、i)発生過程の図解、ii)4実験系、発癌経過の比較、iii)復元実験とまとめた。(図表を呈示)

     4実験系では一定したruleは見出せない。即ち、形態の変化を来すものもあれば、NG-18の如く殆ど変りないものもある。増殖率もNG-20のように極端にますものもあれば、NG-11の如くかえってcontrolより低いものもある。

     染色体数のmodeもcontrolよりshiftすることは間違いないようであるが、controlがhypotetraploidにあるNG-18ではむしろdiploidの方にmodeがshiftしtetraploid rangeにもバラツイていると云った具合である。

     復元実験をみると、NG-4、NG-11、NG-18をみたところではtotalの培養日数(NGを作用させるまでの培養日数+作用後復元して腫瘤を生じたまでの日数)は300日前後と思われるが、NG-20では424日かかっている。もっともNG-20は作用後長らく形態的に著明な変化がなく、309日迄に復元を行っていないので、果してこれ丈の日数が必要であったか否か疑問である。

     これを要するに実験が定量的に行われていないことに問題がある訳で、今後さらにtarget cellをかえ、またstrain cellを用いても出来る丈発癌実験を定量的な方向にもって行きたいと考えている。



 

:質疑応答:

[堀川]黒木氏のデータによる4NQO処理で発癌に要する期間と比べると、高木さんのNGの方が発癌までに長い期間を要するほうですね。4NQO+NGという処理をしてみるとどうなるでしょうか。

[佐藤]正2倍体の細胞が動物にtakeされるのか、或いは偽2倍体のものがつくのか、再培養をして染色体を調べてみるとわかると思いますが、どうですか。

[高木]調べてみましょう。



《梅田報告》

 膀胱発癌剤として知られているtryptophan metabolitesをHeLa細胞、ハムスター胎児細胞に投与して作用を検討してきたので、まとめて報告する(月報6906 IIで一部ふれた)。使用したmetaboliteはsKynurenine(Ky)、Kynurenic acid(KA)、xanthurenic acid(XA)、3-hydroxy kynurenine(3HOK)、3-hydroxy anthranic acid(3HOA)の5種類である(代謝経路図を呈示)。Mouse膀胱内にpelletの形で植え込み、1年近く経ってから、膀胱をひらいて出来ているtumorをみて、発癌性を検しているそうで、ある時は虫眼鏡で拡大してみて始めて小腫瘤を見出すとの事です。一応その様なtestで発癌性の証明されている(+)は3HOK、XA、3HOA、されていない(-)はKy、KAである。化学構造的にはo-amino-phenolic compoundsが発癌性と関係ありとされている。

     
  1. HeLa細胞に対する作用: 細胞の障害度を障害の殆んどないものを0、致死的に作用したものを4と、5段階に分ける簡易的な方法で5種の物質の作用をみると、Ky、3HOK、3HOAが障害性強く、KA、XAでは弱い。(図を呈示)

     形態像ではKy、3HOK、3HOAは細胞はやや大き目、核小体も大きく、不整形を呈し、KA、XAは細胞はcontrolと大差ない大きさであるが、やや異型度が強くなる像を呈する様になる。

     3HOAでH3-TdR、H3-UR、H3-Lewの摂り込みをみた場合、1時間3HOAを作用させた後、H3-precursorsを入れ、更に1時間経った後のH3 activityをgas flow counterで計測した。DNA、蛋白合成の抑えられている濃度でRNA合成は続く。

     染色体標本を作り、mitotic coefficientとAbnormal mitosisの頻度を調べた。調べた4物質で、殆同じ程度の障害を示す濃度に投与した。Ky、KA投与では3〜6時間でmitotic rateは低下するが、後回復し、control値に近くなる。この時のAbnormal mitotic cellはcontrolで見られる頻度と殆一致している。3HOK、3HOA処理ではmitotic rateはやや低下する濃度であるが、gap、break、fragmentationが高率に認められ、又endoreduplicationが24、48時間作用時に見出される。

     

  2. ハムスター胎児細胞に対する作用: 障害度をHeLaで見たと同じ様にみると、障害の程度の傾向はHeLaの結果と似ている。形態的にはKy、HOK、HOAで細胞が細長いSpindler shapedとなり、criss cross様patternが認められ、KA、XAでは配列の乱れは少なかった。  染色体標本による異常分裂像の出現頻度、Mitotic coefficientを3HOK、3HOAで行った。結果はcontrolに較べて高率にgap、break、endoreduplicationが出現しているのが、目立った所見であった。

     

  3. 4HAQOのHeLa細胞染色体像に及ぼす作用: 3HOK、3HOAが高率にendoreduplicationを惹起すること、又前回の月報(6911(II))に記載した様にN-OH-AAF投与でも高率にendoreduplicationが認められたのが気になって、4HAQOを我々の使用しているHeLa細胞に、我々の方法で投与して惹起される像を観察した。結果はgap、break、fusion等著明な変化が起るのに対しendoreduplicationは認められなかった。

     

  4. まとめ: 発癌性の認められている3HOK、3HOA投与でHeLa及びハムスター胎児細胞共に強い障害性を示し、特に後者にcriss cross様形態を惹起し、更に染色体異常も高率に起させたことは興味ある。発癌性の証明されていないKyが、3HOK、3HOAに次いで障害性が強く出現したこと、ハムスター胎児細胞にearly change様criss cross像を起させたことは、Kyが3HOK、3HOAへの代謝前駆物質であると理解して解釈し得る。弱いながら発癌姓があると云われているXAについては本実験で殆んどKAと同じく弱い阻害性を示したが、今の段階では何も云えない。

     Endoreduplicationが、3HOK、3HOA、N-OH-AAF投与で、高頻度に認められたが、4HAQO投与では認められなかった。Endoreduplication出現のmechanismを考えると興味ある所見である。



 

:質疑応答:

[難波]トリプトファンそのものを高濃度に添加すると細胞はどうなりますか。

[安村]細胞はやられてしまうでしょう。トリプトファンは適正の幅が非常にせまいものの一つですからね。

[梅田]4NQOやNGの細胞障害の程度はどの位ですか。発癌に有効な濃度の処理の場合ですが。

[佐藤]あまり薄い濃度では細胞障害を起こさないし、又急速な悪性化の傾向はみられないようです。早く悪性化させるには、かなりの細胞障害を与える位の処理が必要だと思います。

《三宅報告》

 1968年11月4日に初代の培養を行ったd.d.系マウスの全embryoについて、継代後4回に亙って4NQO、10-6乗Mを処理した細胞について。

 やむをえない事情のため、その検鏡さえも行いえなかった所、本年1969年5月27日に細胞の増殖の顕著なものを認めた。その頃、対照例は既に変性に傾き、消滅した。位相差像では、増殖する細胞は紡錘型小型の、両端の鋭い原形質を持ったものであったが、継代を続けるうち、その増殖細胞の主体が、いずれにあるか判然としない位に多型性に富んでいた。即ち、増殖の強いものでは原形質の延びたfibrocyticにみえるもの、形質が周囲にのびたfibroblasticなもの、  小判状の小型のalveolarに前記の細胞に囲まれて終る細胞、この他に巨核巨細胞、多核巨細胞を混えていた。継代を続け7〜8代の頃になると、紡錘形小型の細胞を主とするものであることが、漸次判ってきた。試みに  H3-TdR 0.2μc/mlのcumulative labelingを行ったところ、いずれの細胞にもlaabelされ、15時間目には100%に近い値をえた。tg≒23h.、ts=7h.と考えられ、最初にlabeled mitosisをみたのは2h.目の標本であった。これから、Colony formation、Cloningとすすむ予定である。

 ただどの形態を持った細胞も豊かな取り込みをしたという所から、こうした細胞が同じ由来のものなのか、それとも系を全く異にしたものかで、このtransformationの意義や、考察が異なって来る。全embryoであるから、雑多な種の細胞が硝子瓶に散りしかれたことは当然で、このうちの、系統を異にしたものが、同時にtransformしたのか、同じ種の細胞が培養の条件で形態を単に変えたにすぎないのか。今となっては、不明のことが多いが、colonyを作ってゆく間に、種を異にした細胞集団がえられるかも知れない。



 

:質疑応答:

[堀川]4NQO処理の条件は・・・。

[三宅]10-6乗Mの濃度で3日おきに5回処理しました。

[勝田]復元接種はしてありますか。

[三宅]1月程前に同系マウスの背中へ接種してあります。

[安藤]subcultureはしなかったのですか。

[三宅]培地をかえるだけでsubcultureは7〜8月しませんでした。



《安村報告》

 ☆JTC-16(AH-7974TC)とそのSoftagarによるクローン群とのTrumorigenicityの比較:

 (図と表を提示)結果は各クローン(C1、C3、C6)の間にはtumorigenicityの差が(125細胞の接種で、C1-Sは3/3、C6-Sは1/3、C3-Lは2/4の腫瘍死)S、Lの間には有意の差はないということを示している。

 ちなみにSoftagar中におけるcolony-forming efficiencyはその高さの順にC6-S>C3-L>C1-S>C1-L>C3-Sの如くである。C.F.E.とTumorigenicityとの間の相関関係、またS、LとTumorigenicityとの間の相関関係がclear-cutに結論を出すことができなかった。

 ☆AH-66(JTC-15)、AH-66A(Wild株よりSoftagarでクローン化された系)のSoftagar中のC.F.E.およびそのtumorigenicity:

 Colony-forming efficiencyとtumorigenicityとの相関はまったくみられない。

 原株のAH-66は100万個の細胞接種でtumorをまったく作らないが、Softagarで生えてきたクローン系AH-66Aは10,000個で動物を3/3腫瘍死させた。そのひらきは2乗のorderである。(図と表を呈示)



 

:質疑応答:

[高木]寒天で出来たcolonyは全部拾ったのですか。そして全部悪性だったのですか。

[安村]全部拾ってそれぞれ調べるべきでしょうが、とてもやり切れません。

[高木]私達の実験では悪性化しても寒天内でコロニーを作りにくい系なのですが、寒天で拾ったクロンはとにかく腫瘍性が高かったようです。寒天で拾うことは動物にtakeされる系を拾うという意味ではすぐれていると思います。

[勝田]MUSOは現在でもマウスにtakeされないのですか。クロン化した腫瘍性の高いものだと、2,000コの細胞でも動物を腫瘍死させ得るとします。その細胞がワイルドの系の10万個の中に2,000コ混じっている場合、ワイルドを10万個接種しても動物にtakeされないかも知れません。悪性の2,000コ以外の細胞が何をやっているか判りませんから。

[高木]寒天にまく場合、100万個の細胞を入れたのでは、startがシングルでないという事もあり得るのではないでしょうか。

[安村]あり得ます。

[堀川]100万個もまいて20コのコロニーが出来た場合、コロニーを作った細胞にはすごいセレクションがかかっていることになりますね。軟寒天内でコロニーを作らなかったものを拾って実験をする必要もあると思います。BUdR+照射という方法で増殖系を殺して、増殖しないものを拾えるのですから。

[安村]もっと簡単に、液体培地で少数まいてcriss-crossのないコロニーを拾えばよいでしょう。

[松村]寒天でコロニーを作ることがセレクションの結果かどうかは、液体培地でクロンを拾って、クロンごとの軟寒天内コロニー形成率に違いがあるかどうかみればよいと思います。

[安村]寒天でのデータは他に沢山あるのですが、長くなりますから省略します。