【勝田班月報:7107:AH-7974のヘキソキナーゼ分子種の変動】

《勝田報告》

 Concanavalin A処理による細胞の凝集について

 腫瘍化した細胞はConcanavalin Aで処理すると、凝集をおこすということが、とくにウィルス腫瘍を扱っている人たちから、強調されている。そこで手持の色々な細胞について、Con.A処理をおこなってみた。

 細胞は、ピペットで硝子面から剥離するか、或は0.02%EDTA(PBS溶液)で室温約10分処理した。しかし、細胞がばらばらにならず、判定不能の場合もあった。Con.AはPBSに1mg/mlにとき、これを倍数稀釋して各濃度の0.05mlと等量の細胞浮遊液を混じ、振盪約30秒後室温に放置し、5分後判定した。(これは1時間後、翌日までも放置したが結果は同じであった。

 (表を呈示)結局、検索した19系のうちで、はっきり凝集を示したのは、合成培地で継代しているHeLaの亜株と、ラッテ皮下センイ芽細胞由来で4NQOで1回処理を受け、以後完全合成培地で継代している株である。HQ-1B”(ラッテ肝、JTC-25・P3に4NQOを頻回に与え、山田班員の判定では悪性型)は疑陽性であった。



 

:質疑応答:

[難波]私の実験ではDAB処理で悪性化した肝細胞が、1,000μg/mlのCon.Aで凝集しました。対照群は同じ濃度で凝集しません。

[永井]PHAの反応の場合、Con Aのデータでマイナスでも、他のPHAでは凝集する細胞があるかも知れません。PHAの色々なグループからそれぞれ代表的なものを選んで凝集をみて欲しいと思いますね。



《野瀬報告》

 培養動物細胞のアルカリフォスファターゼ

 培養内発癌過程の生化学的研究の一つに、細胞の持つ形質発現の様相の変化を追う試みがある。この場合、形質として何を選ぶか問題であるが、少量の細胞で測定でき、形質の出現に関し変動の大きいものが対象として好ましいと考えられる。ここでは、上の目的のため培養細胞の生化学的指標をいくつか検討した結果、アルカリフォスファターゼ(Alk.Pase)が興味ある性質を持っていることがわかった。

 まず第1に従来知られているAlk.Paseは、細胞株により活性の強さが非常に異なり、培養条件によっても変化する(I型)。

 第2にこの酵素以外に性質の違うAlk.Paseが存在し(II型)、Alk.Paseがないと報告されているL-929株にも活性が検出できた。酵素的性質としては至適pHが、I型は10附近にあるのに対しII型は8.6附近にある。またいくつかの阻害剤に対する感受性が対照的で(表を呈示)、この事を利用して細胞のcrude extract中のI型、II型をそれぞれ別に測定できる。

 この他にもI型はβ-mercaptoethanolによって失活するのに対しII型は逆に活性化され、温度感受性もI型は熱不安定性であるが、II型は安定である。(表を呈示)

 当研究室で継代しているいくつかの細胞株で、I、II型Alk.Pase活性を測定した。(表を呈示)

 I型Alk.Paseについて見るとラッテ肝由来のRLC-10が最も活性が高く次いで腹水肝癌の培養系であるJTC-16が高い。正常ラッテ肝のextractではRLC-10ほど高くはないが活性は存在する。またAH-7974とJTC-16とを比較すると、in vitroで継代しているJTC-16の方がI型Alk-Paseの比活性が高く、他の腹水肝癌のAH-130、LY176に比べても高いので、in vivoからin vitroへ適応することによってこの酵素活性は上昇するのかも知れない。

 一方II型Alk.Paseは文献的にはまだあまり知られていない酵素であるが、調べた限りのすべての細胞株に存在する。比活性は一般に合成培地で培養している株で高く、血清培地の株のほうが低い。同じラッテ肝由来でもRLC-10はI型があったのに対し、RLH-5・P3にはI型が全くなく、II型だけなのは興味ある点である。RLH-5・P3を血清培地で60日間培養しても、また、4NQO処理して得たHQ-1B"でもI型は出現しない。

 現在、これらAlk.Paseの活性の誘導の可能性について検討中である。



 

:質疑応答:

[堀川]マウスとラッテの間に根本的に違いがあるという事は考えられませんか。

[野瀬]FM3Aの場合にはI型でした。必ずしもマウスにI型がないとは云えません。

[堀川]癌化のマーカーになりますか。

[高木]臨床的にはAlk.Paseが高いと肝癌を疑いますね。

[藤井]骨への転移の時も活性が上がりますが、肝とは別の型だそうですね。

[高木]別の型だと言われています。組織特異性はありますか。

[野瀬]今の所ないようです。型を培養中に変えられると面白いと思っています。

[安村]IとIIが異なる遺伝子由来かどうかを調べるだけでも重要なことですね。少ない細胞で測定できる所もいいですね。ハイブリッドなど作って調べると面白いでしょう。癌と関係なかったとしても、遺伝的に面白い問題です。

[吉田]単純に考えるとIとIIは別の遺伝子でしょう。どの染色体にその遺伝子がのっているのか。又染色体数が倍になった時、酵素活性も倍になるかどうかなど、大変面白い問題にもってゆけそうですね。



《佐藤茂秋報告》

     
  1. 吉田腹水肝癌細胞AH-7974のヘキソキナーゼ分子種の変動

     哺乳動物組織のヘキソキナーゼはI、II、III、IV型の4つの分子種に分けられ正常肝はこのすべての分子種を持つ。AH-7974の細胞は、ラットの腹水型として継代されている時はI、II、III型ヘキソキナーゼを持ちこの内、II型の活性が強い。この細胞の組織培養株、JTC-16はI、II型を持ちIII型は見られない。この培養細胞をラット腹腔に戻し移植したらI、II型に加えIII型ヘキソキナーゼが出現した。ラットに戻し移植した細胞を再び組織培養に戻したところ培養1週間後ではI、II、III型ヘキソキナーゼが見られ、3週、5週にも尚I、II型に加えIII型が見られたが、III型の活性は弱くなっていた。以上の様なヘキソキナーゼ分子種のパターンの変動の機構を今後研究して行きたい。

     

  2. 組織培養されたマウス脳腫瘍細胞のアルドラーゼ分子種について

     哺乳動物のアルドラーゼにはA型(筋型)、B型(肝型)、C型(脳型)の3種の分子種があり正常脳にはA型、C型及びA-Cハイブリッドが存在する。神経外胚葉起源の脳腫瘍である神経腫瘍は正常脳と同じアルドラーゼ分子種のパターンを示すが起源の異る脳腫瘍にはC型は存在しない。C57BLマウスの脳にメチルコランスレンで誘発され皮下に継代移植されている脳腫瘍でA型、C型アルドラーゼ及びA-Cハイブリッドを持つものがある。この可移植性脳腫瘍細胞を組織培養した。細胞はガラス壁に附着して増殖し、細い細胞質突起を持ってその先端が他の細胞と接着して網目構造をとり、歩行性も見られた。核は比較的小さく細胞質には多くの顆粒が認められた。培養12日後に細胞を集めアルドラーゼ分子種を電気泳動法により調べたところA型、A-Cハブリッド及び弱いながらもC型も認められ正常脳及び皮下腫瘍と似たパターンを示した。培養1ケ月後でも同様の傾向であった。経時的及び培養条件によるアルドラーゼ分子種のパターンを今後検討する予定である。



 

:質疑応答:

[難波]JTC-16の場合、なくなったIII型を培養内で誘導できますか。

[佐藤茂]これからやってみようと思っています。

[吉田]正常肝と較べて量的には違いがありますか。

[勝田]絶対量として比較するのは難しいでしょうね。

[佐藤茂]それぞれの型に対する抗体を作って、アイソトープをつけてやれば定量も可能だと思います。

[吉田]培養するとIII型が消えるのは、関係している遺伝子のマスクされることによる結果でしょうか。或いはpopulation changeでしょうか。

[佐藤二」短期間で変わるのは一寸population changeとは考えられませんね。

[堀川]gene activityの変化なのかpopulationのchangeなのかと言うことになると、仲々区別が難しいですね。



《佐藤二郎報告》

 B2 lineのラット肝対照群とアゾ色素添加群の染色体を分析した(表と分布図を呈示)。Modeはすべて42で正diploidであり、アゾ色素添加のものが、むしろpeakが高くなっている。培養日数の短い場合には、染色体異同がないのか、或いは、B2 lineがアゾ色素に感受性が弱いか分らない。



《難波報告》

 N-36:4NQO誘導体によるクローン化した培養肝細胞の培養内発癌実験

 従来、4NQOの発癌実験に使用していたクローン化した肝細胞(PC-2系)が、クローン後1年経過したので、以前にクローン化した後に、凍結保存していた細胞を培養にもどし、再クローンを行ない、piling upを示さぬ均一な上皮性の形態を示す細胞よりなるコロニーから、単個培養で得られた細胞(PC-14系)を、この発癌実験に使用した。この細胞の培養歴を図で示す。

 使用した薬剤は4NQO、4HAQO.Hcl、2Me.4NQO、6-carboxy-4NQOである。それらの薬剤をエタノールに10-3乗Mに溶き、更にEagle's MEMで終濃度3.3x10-6乗Mに稀釋し細胞を処理した。1回の処理時間は30分である。最初の薬剤の処理は、TD40ビンの中にほぼ一杯に細胞が生えて来たところで行なった。その結果、処理後、数時間内の観察では各薬剤の示すCytotoxicityは、4HAQO.Hcl、2Me.4NQOは強く、約1/3の細胞がガラス面より脱落した(処理後は正常の−20%BS+Eagle's MEM−培地にした)。これに反し、6-carboxy-4NQO、4NQOではその細胞剥離はわずかに認められるにすぎなかった。しかし、処理後24hrではいづれの場合にも細胞の障害は殆んど認められず、また4HAQO、2Me.4NQO処理後に認められた浮遊細胞も殆んど認められず、ガラス面にほぼ一杯に細胞が付着していた。このことは、ほとんどの浮遊細胞が再びガラス面に付いたことを示す。第二回目の薬剤処理は、第一回目の3日後に前と同じ条件で行なった。その後に認められた細胞の変化も、ほぼ前と同じであった。  動物復元は、薬剤の最終処理後、56日、70日、98日で行なっているが(ただし、6-carboxy-4NQO、4NQO系はコンタミのため、実施出来ず)現在まで“Take”されるに至っていない。この間、いづれの場合にも細胞の形態的変化はそれほど著しくなかった。

 N-37:DABで培養内で癌化した細胞の増殖に対するDABの影響

 前月報(7106)でDABによる培養肝細胞の癌化を報告した。そこで、この細胞を動物に復元して生じた腫瘍の再培養細胞(DT-1は固型腫瘍から、DT-2は腹水腫瘍から再培養した)を使用し、これらの細胞の増殖がDABに対してどのように影響されるかを、growth curve(DT-1)とplating efficiency(DT-2)とで検討した。

     
  1. growth curveは段階的に稀釋した細胞を短試にまき込み、2日後、対照群はDABを含まぬ培地、実験群はDAB添加培地にかえ、更に3日培養を続けた後、それらの細胞数を算えた。
  2. plating efficiencyは60mmのシャーレに、細胞をまき、2hr.で対照群はDABを含まぬ培地、実験群はDAB添加培地にかえ、3日間処理後、更に両群とも、DABを含まぬ培地にかえ、10日間培養を続けた後、生じるコロニーを数えた。

 (図と表を呈示)DABによって癌化した細胞増殖はDABにやや抵抗性があるように考えられるが、しかし対照細胞に比べ、それほど決定的な差ではない。



 

:質疑応答:

[堀川]この実験結果からDABに対する耐性についての結論は出せませんね。対照群に比べてDABで悪性化した群のコロニー形成率が1ケタ低いのは困りますね。軟寒天法で調べることは出来ませんか。それから抵抗性は薬剤の処理期間が影響しますか。或いは濃度が問題なのでしょうか。

[難波]薬剤によって違うと思います。

[吉田]細胞によっても違うでしょう。

[勝田]一口に薬剤耐性といっても二つの面があります。一つは添加された薬剤に全く関与せずにいられる細胞と、もう一つはその薬剤をどんどん代謝してしまえる細胞です。

[堀川]腫瘍化すると耐性になるのか、耐性になったのが腫瘍化したのか、ですね。

[安村]今の段階では化学物質による発癌での、薬剤の毒性と細胞の変異の関係が判っていないのですから、耐性の問題はまだ難しいですね。



《高木報告》

 混合移植実験

      
  1. RG-18を腫瘍細胞として用いたhomologousな移植系での実験

       
    1. RG-18細胞のtumorigenicity

       RG-18細胞を10、50、100、500、1,000コ接種した結果(表を呈示)、この細胞のTPD50は100コと500コとの間にあると考えられる。

       

    2. 混合移植

       RG-18細胞10から1,000までとRFL細胞0、100から100万個までの混合移植実験で、RFLの0、1,000、100万個だけとりあげてまとめると(表を呈示)、RG-18細胞500、1,000ではRFL細胞を混じた事による影響はみられないが、10、50及び100ではRFL細胞を多く混じたときにtumorigenicity促進の傾向がみられた。

      
  2. RRLC-11を腫瘍細胞として用いたhomologousな移植系での実験

       
    1. RRLC-11細胞のtumorigenicity

       RRLC-11細胞10万個、100万個についても行い、いずれも3/3に27日で腫瘍の発現をみた。少数の実験では、RRLC-11細胞のTPD50は10と50との間にあると思われる。

    2. 混合移植

       この実験系ではRFL細胞は0、1,000および100万個だけしか行わなかった。RRLC-11細胞100以上ではRFLを同時に移植したことによる影響は各細胞数について認めることは出来ない。RRLC-11細胞50ではRFL細胞100万個の時やや抑えているように思われるが、RRLC-11細胞10では逆のようにも思われ現時点では傾向を判断するのはむつかしい。RRLC-11細胞10から500までについては追加実験中である。(表を呈示)

 

:質疑応答:

[勝田]正常細胞を混ぜて復元した方がtake率が高くなるという現象の説明に、宿主に対する免疫反応だけを強調しない方がよいと思います。正常細胞がfeederになっているのかも知れませんから。

[安村]腫瘍性と可移植性とでは言葉の重みが違いますが、どう使い分けますか。

[佐藤二]その細胞が動物にtakeされるかどうかというような時、腫瘍性を使い、出来た腫瘍が移植継代できるかどうかという時、可移植性を使うのではないかと思います。

[堀川]少数の腫瘍細胞を単独で接種する場合は誤差が大きくなるでしょうね。正常細胞を混ぜて接種すると、その少数の腫瘍細胞が接種される時の誤差が減るので見かけ上、take率が上がるとは考えられませんか。

[藤井]正常細胞と腫瘍細胞を別の部位に接種してみたらどうですか。

[高木]まだ、いろいろ問題があると思います。正常細胞が生きている状態でなければならないかどうかも、調べる予定です。



《安藤報告》

 連結蛋白質切断の再結合に対するDNA合成阻害剤の効果

 前月号月報において、FM3A細胞に対するaraCの作用を調べた。その結果araCは3x10-6乗MにおいてはDNA合成を95%以上阻害、細胞増殖もほぼ完全に阻害した。一方araCはこの合成阻害の外に、クロモソーム断裂も惹起する事が知られているのでFM3A細胞のDNAに対して切断を起す否かを調べた所、10-5乗Mでは24時間後にそれが現れる事がわかった。しかし6時間以内には作用しない事もわかった。そこで今回は、4NQOで切断された物の回復に対する作用を調べた。先ず細胞を30万個/mlにsuspendし、10-6乗Mの4NQOを30分作用させ、直ちに洗滌し、新鮮培地中で回復培養を行った。この時にaraCを加えておく。(図を呈示)回復培養6時間でDNAはほぼ元の大きさに迄再結合されていた。この時araCが10-5乗M存在していても再結合には何らの影響をも与えなかった。araCのみではno effect。

 以上のようにaraCは連結蛋白切断の再結合に対し影響を与えない。すなわちDNA合成は不要である事になる。



 

:質疑応答:

[堀川]araCを添加しても4NQOによるDNA鎖切断の回復が抑えられないというのは、私達にもhydroxy-ureaを使っての実験で同じような結果を得ています。この場合pre-existing enzymeによって回復するのではないかと考えています。

[安藤]nucleotide結合の再結合ではなく、結合蛋白による回復だとも考えられます。

[堀川]cycloheximidも添加してみたのですね。

[安藤]linker proteinのconfigurationの変化によるものだと考えますと、蛋白合成の必要はないことになります。

[佐藤茂]酸不溶性の分劃については判りますが、可溶性分劃の方はどう変りますか。

[安藤]アイソトープのカウントは殆ど残っていません。

[堀川]C14ラベルのアミノ酸を添加してみたら、取り込まないでしょうか。

[安藤]アミノ酸の取り込みを100%止めておいても、DNA切断は回復するというデータからアミノ酸の取り込みは必要ないのだと思います。DNP、KCNを加えても同じように回復するのですから、高分子の合成があるわけでなく、簡単なconfiguration変化である可能性が強くなります。

[勝田]切れた末端のアミノ酸を調べてみる必要がありませんか。

[堀川]それはもっともです。が、何分量的に少なすぎますのでね。どうやらこの仕事はやっている人達だけが信用してうまく行ったと喜んでいるのだが、第三者は一向に信じてくれないという事になりそうですね。

[梅田]メルカプトエタノールをDNAの切れる最少限の濃度で添加しておくと、細胞は死ぬでしょうか。又S-S結合にしか反応しない酵素を使ってみるのはどうでしょうか。

[難波]4NQO処理の場合、遠心操作のために切れるという可能性はありませんか。

[安藤]そういう可能性は考え難いのですが、絶対にないという確証はありません。

[堀川]杉村さんのデータでは、裸のDNAも4NQOで切れます。

[難波]生物学的に考えますと、切れたDNAの回復が良すぎると思います。これだけDNAが切れても細胞が死なないことが疑問です。

[勝田]この仕事は発癌とどう結びつくのですか。

[安藤]DNAが切れる、そして修復されるという事が、いろいろな化学発癌剤で同じようにみられる現象なのかどうか、ということがあります。

[佐藤二]材料を選ぶ必要があると思います。これだけの4NQOをかけると必ず発癌するということが判っている細胞を使ってほしいですね。

[安藤]今の所、発癌剤の作用機作を徹底的に調べようと考えています。

[佐藤二]DNAの回復があるとか、ないとかいう現象と動物にtakeされるかされないかというレベルの事が結びつく実験だと理解しやすいと思うのですが・・・。

[勝田]どうも感覚的な違いがありますね。

[安藤]そうのようですね。

[佐藤二]癌化というのは、みな機構が違うのではないでしょうか。或る発癌剤はDNAに作用しても、他のものは又全然違う作用をしている。しかも結果としてはどれも癌になるということが考えられますね。

[堀川]DNAのrepairをやっている人達も、DNA以外のすべての物質にも発癌剤の影響はあるだろうと考えています。しかし、DNAは形質発現に直接関係のある物質だし、そのrepairもつかみやすいので注目している訳です。

[安藤]初期変化は、膜やRNAにあっても最終的にはDNAまでゆかなければ、変異しないのではないでしょうか。



《堀川報告》

 培養哺乳動物細胞のDNA障害と修復機構(33)

 今回はpronase、X線、4-NQO(または4-HAQO)処理によってマウスL細胞の二本鎖切断はどのようにinduceされるかを検討した結果について報告する。勿論これまで報告してきたようにpronase処理の場合はsucrose gradientのtop layerに細胞を移してからの処理であり、X線、4-NQO(または4-HAQO)処理の場合は培養条件下の細胞への直接の処理であって、この間に条件の違いのあることは留意されたい。

 まずpronase処理であるが、前回班会議において、また月報で報告したような50℃、15分間処理で600からそれ以上のbreaks数がDNA二本鎖に誘起されるという結果は以後の実験では再現出来ず、(図を呈示)55℃で15分間処理した場合に約5個程度のbreaksが入るという結果が得られた。以前の実験と今回の実験で何故このような違いが生じてきたかについては、その原因は明瞭ではないが、使用するpronaseのLot No.の違いによりpronase中にDNaseのcontaminationがある可能性も否定出来ない。また、4-NQO(または4-HAQO)、X線処理により誘起されるdouble-strand breaks数について濃度あるいは線量に対してプロットしてみた(図を呈示)。4-NQO処理では最高25個程度のbreaks数が入り、(4-NQOの場合以前に月報で報告した結果と少し変っているが、これは計算の際にfraction numberの扱い方を変えたためである)。

 一方、4-HAQO処理の場合には最高15〜20個程度のbreaksが誘起されることが分った。また、X線照射の場合には、それまで使用した線量範囲内ではL細胞のDNA二本鎖切断は線量に依存して直線的に誘起される。これらの結果から同一線量照射によって一本鎖切断は二本鎖切断の約10倍も多く誘起されることが分る。

 さて、こうしたpronase、X線、4-NQO(または4-HAQO)で誘起されるそれぞれの二本鎖切断は何を意味するのか、また、これらのうちどの種類の切断が再結合可能であるのか、こういった問題に関して今後検討していく予定である。



 

:質疑応答:

[安藤]acid solubleの変化とS-valueの変化は別の事だと思います。pronaseはpreincubateしておくとcontamiしているDNaseを失活させることが出来ます。それから温度処理はpronase layerを作ってからの処理ですか。 [堀川]そうです。 [安藤]incubationのstartが室温だと処理前に切れる可能性もありますね。それからX線をかけた時の二重鎖切断のS値はpronaseで切れるより大きかったですね。 [堀川]あの場合は少し条件が違うのです。条件を同じにしてみると別の結果になるのかも知れません。 [永井]pronase処理の場合、SDSの問題、温度の問題、酵素の効き方と色々なファクターがありますから、このカーブを酵素活性を示すものといってよいかどうか。 [佐藤茂]処理温度によってlinker proteinのconfigurationが変るかも知れませんね。 [安藤]最高に切れた時のS-valueはどの位ですか。 [堀川]3〜4x10の9乗daltonです。 [安村]紫外線感受性のクロンについてですが、1回目の処理より2回目の処理後の方が出て来たコロニー数が少ないのですね。NGによる変異が効いていて本当のmutantを拾ったなら、二度目にはぐっとコロニー数が増えるのが当然だと思いますがね。結果だけみているとメデタシメデタシなのですが。 [堀川]私も不思議に思っています。でもとにかく感受性はずっと高いのです。X線では感受性も耐性も作れません。生物の進化のレベルで紫外線は関係があるのでしょうね。

《永井報告》

 培養細胞におけるイノシトールに関する研究(1)

 イノシトールは生体内で大部分遊離のかたちでコリンと同じ程度存在し、一部はリン脂質のかたちで存在する。その機能としては現在のところ下記の3つが知られている、その真の生物学的意義はまだ不明である。

     
  1. ビタミンとしての働き:ラットではイノシトール欠乏症があり、毛がぬけ、spectacle eyeとなる。培養細胞レベルでも今回分析したJTC-21・P3のようなイノシトール要求株が存在する。JTC-21・P3では培地中からイノシトールをぬくと四日ぐらいで増殖がみられなくなり細胞は死ぬ。  
  2. 一般に細胞の膜系にイノシトールリン脂質としてその一部が存在するが、膵臓や海鳥の塩類腺において分泌速度とイノシトールリン脂質のリン酸基のturn overとの間に対応関係がみられるほか、脳においては特にturn overが速いので神経の刺激伝達機構との関連が考えられている。以上の例も含めて一般に細胞膜の機能と深い関係にあると考えられている。  
  3. 立体的に水と同じ構造をもつことから細胞の凍結保存に使用され、またDNAの構造を保護するとも言われている。ところでイノシトールリン脂質はともかく、細胞内に大量に存在する遊離のイノシトールの存在理由については分かっていないのが現状である。
 イノシトールの異性体は9種類あるがそのうち動物体に存在するイノシトール類としてはmyo-、scyllo-Inositolの異性体と代謝中間物としてのmyo-inosose-2の3種が知られている。(代謝経路の表を呈示)

 今回はJTC-21・P3(イノシトール要求性)、JTC-25・P3(イノシトール非要求性)におけるmyoおよびscyllo-Inositolの比をガスクロマトグラフィーを用いて調べた。(分析結果の図を呈示)結果をまとめると、イノシトール要求性株と非要求性株ではmyo-とscyllo-Inositolの量比において逆転がみられた。これまで知られてきた生体材料の組織および臓器を用いた分析結果では遊離イノシトールの大部分はmyo-Inositolとして存在し、scyllo型はmyo型の約1/10程度にしか存在しないので、この逆転は興味深い。なお培養細胞を用いてイノシトール分析をしたのは今迄調査した限りでは、我々の場合が最初のようである。

 今回は検体は2つのcell lineのみであり、Internal standardとして入れたdextro-Inositolに問題があり定量的な結果は得られなかった。出発細胞数が1,000万個のorderで充分なので今後分析を続けて行くとともに、このような角度から生体におけるイノシトールの存在意義を解明する手がかりがえられるならばとも思っている。



 

:質疑応答:

[難波]myo-I.を添加してから何日位でscyllo-I.が出来るのですか。

[高岡]イノシトール要求性の方はmyo-を添加しつづけていますので、今回のデータでは判りません。アイソトープを使って調べられるとは思います。

[佐藤茂]scyllo-I.の絶対量はどの位ですか。

[永井]非要求性のmyo-I.の量とほぼ同じ位です。

[堀川]色々なstepの物質を加えてみると、パスウイェイがはっきりするでしょう。イノシトールが欠除すると膜が変わってDNA合成に変化が起こるという話もありますね。

[永井]そういう実験があります。しかし膜に関係があるとしても、細胞内には膜に必要な量の数倍にもあたる大量のフリーイノシトールが存在するのです。それらが何のために貯えられているのか、全くわかっていないのが現状です。

[安村]グルコースをガラクトースに置き換えても増殖できるVeroの系をもっているのですが、その細胞のイノシトールも調べて見て下さい。

[永井]それは面白いですね。ぜひ調べてみましょう。

[難波]培養株の栄養要求性の変化はPPLOに関係があるのではないでしょうか。



《梅田報告》

 今迄行ってきたハムスター細胞のin vitro carcinogenesisの試みのうち既に報告してきた例と、追試実験を行って丁度処理後200日に達した系とを癌学会演題申し込みのためまとめたので合せて報告する。

     
  1. ハムスター胎児細胞を10μg/ml PA培地で1日間処理して後継代した。(それぞれ図を呈示)10代培養110日をすぎてから増殖がやや盛んになり形態的にtransformationを起し、12代目のもので軟寒天中にmicrocolony形成を認めた。30代処理後200日頃より更に良好な増殖を示す様になり、一週間で15〜30倍の増殖率を示す。29代の細胞のハムスター頬袋への移植により腫瘤形成が認められた。

     ハムスター肺培養細胞に32μg/ml液1時間処理後継代したものは、7代60日頃よりやや良好な、16代処理後140日頃より急速な増殖を示すようになって現在25代に致っている。

     

  2. ハムスター肺培養細胞に10-2.5乗M monocrotaline培地の2日間処理を2回行った系と、1回だけ行った系と2系を長期継代した。両者共処理後非常に遅い増殖を示し空胞を持った細胞から成っていたが、培養100〜150日を過ぎてから両者共急に1週間に10倍の増殖率を示す様になり形態的にも空胞が無くなりtransformationが明らかになった。後者は目下処理後200日になった所であるが前者は24代処理後200日以後に更に増殖率が急速になり一週間に70〜80倍に達する。目下37代300日に達している。軟寒天中でも後者はcolony形成を示し目下動物移植実験の結果を待っている。

     

  3. ハムスター胎児細胞にN-OH-AAF 10-3.5乗M 1時間処理を2代にわたって2回行って後長期継代を続けた系は、13代目の処理後130日頃より増殖が一様に良好になり形態的transformationを起した。目下31代処理後235日迄安定な増殖を示している。本例ではまだ軟寒天中のcolony形成は(±)の状態である。

     

  4. ハムスター肺培養細胞にNBU 10-3.0乗M培地2日間処理を2回行った系は、19代処理後150日頃よりやや良好な増殖を示す様になった。24代180日より更に10〜60倍の増殖を示し、目下48代培養340日に達している。軟寒天中で25代目のものは小コロニー形成(PE 0.8%)が認められ、目下動物移植の結果を待っている。

     

  5. ハムスター胎児細胞に3HOA 10-3.5乗M培地で1日間処理後継代した系と、ハムスター肺細胞に10-3.0乗M1時間処理後長期継代している系と、2系培養している。前者は9代目処理後110日より形態的transformationを起し、やや良好な増殖を、培養24代180日頃より一週で10〜100倍近くの増殖を示すようになった。軟寒天中で25代目のものは0.8%のcolony形成を示した。後者の系は14代130日頃よりやや良好の、20代170日頃より更に良好な増殖を示し、現在23代に達している。目下動物移植の結果を待っている。

     

  6. ハムスター肺細胞の10-5.5乗M 4NQO処理(2回及び1回の2系)による、一系は13代処理後110日より急激な増殖を30代200日を過ぎてから更に急速な増殖を示し、30代目のもののハムスター頬袋への移植で肉腫の形成をみた。他の系も処理後150日を過ぎてから良好な増殖を示し、目下23代190日に達している。

     

  7. コントロールの細胞は5系列あり夫々に増殖率の消長があるが、培養200日の2例、250日の1例、300日の1例では一週間に10倍以下の増殖を示していた。もう1つの例は29代培養230日を過ぎてからやや増殖率が良くなり、明らかにtransformationを起したと思われる。

 以上総括すると、我々の実験系では培養100日をすぎてから形態的transformationを起し、一週に10倍前後の増殖率の上昇を示す様になるが、一部のものは更に200日頃から一週に20〜80倍の急速な増殖を示し、2段目のtransformationを思わせる変化を起す。その様になったものに復元実験で速く腫瘍形成が認められた。形態的観察の結果では培養当初は大型で明るい核質の細胞から成っていたのが、第一段のtransformation後は一様にやや小型でcriss-cross等を示す紡錘形細胞になる。第二段のtransformationをすぎたものは、更に小型で細長く、piling up、criss-crossの著明な細胞に変る。しかもこの様な細胞の核質はCarnoy固定、HE染色でクロマチンの凝縮が著明に認められる様になっている。

 In vitro carcinogenesisの実験目的は、発癌の機構を解明するためと、又各種発癌剤、或は未知物質の発癌性をin vitroで証明することがあろう。後者の立場からでも数多くの物質の解析から、前者に、すなわち発癌機構をchemical structureのlevelで追求することも出来る。この後者の立場をとって、まずin vivoで発癌性の証明されているが、in vitroで試されていない物質で、in vitro carcinogenesisの試みを行ってみたわけである。この場合、in vivoに比較して早期に、確実に、結果が出ないと意味が半減すると思われるが、我々の系では、その点を満足させていない。この点の改良こそ今後の最大目標と考えている。



 

:質疑応答:

[難波]対照群も殆ど老化現象を示さずに立ち上がっていますね。

[梅田]私の実験では対照群も殆ど株化しそうです。核質の凝縮している方が、S期が短くなっているとも考えられますね。

[堀川]オートラジオグラフの実験はもう少し技術的に考えてみたらどうですか。パルスラベルでみた方がよくありませんか。

[梅田]興味のあるのはS期の短縮かどうかという事なので、パルスラベルでは判らないと思います。

[勝田]映画を撮ってみればいいじゃないですか。

[梅田]はい。

[佐藤二]やはり自然発癌のことが問題になりますね。glucoseの濃度を高くするとどうなるかなども考えています。