【勝田班月報:7308:Colcemid法による異数性クローン誘発】

《勝田報告》

 種々の細胞の増殖に対するスペルミン及びその前駆体の影響:

 肝癌細胞の培地中に放出する毒性物質の本態として、スペルミンが疑わしいことをこれまで報告したが、今回は種々の細胞に対するそれらの影響をしらべた。テストは3日間の培養である。

 まず肝細胞系の細胞、肝癌及び移植性のない肝細胞などに対するスペルミンの影響をしらべると(実験毎に図を呈示)、悪性度の強い細胞ほど抵抗性が強く示された。RPL-1株だけは肝由来でなくラット腹膜細胞であるが、これはわずか1μg/mlの添加でも全滅した。

 次にfibroblasts系の細胞に対する影響をしらべた。正常肝に比べるとやはり抵抗性は高く、培養内で自然発癌したRLG-1はもっとも抵抗性が高かった。

 これは双子管での培養による結果とかなり似た結果になっているが、スペルミンの毒性の方がセンイ芽細胞に対して少し強いという“印象”を受ける。

 合成培地内で継代中の諸株に対するスペルミンの影響をしらべた。結果は各株ともスペルミンに対する抵抗性が比較的強いということである。それがどういう理由によるのかは未だ不明である。このなかでJTC-16・P3はラットの腹水肝癌AH-7974由来であり、いまだに合成培地内継代株でも、動物への可移植性を保持している細胞である。

 各種ポリアミンの代謝経路に関しての図を示す。

 次にラット肝細胞株RLC-10(2)株の増殖に対するスペルミン及びその前駆体の影響をみたが、スペルミンとスペルミジンがはっきりと増殖抑制を示しているのに対し、プトレシンとアグマチンが全く抑制効果を示さぬということは興味が深い。これまで前駆体と考えられていたものが実はそうではなかったのか。哺乳動物細胞にはこの経路の酵素が無いのか。色々なことが考えさせられる。

 生体内に存在する各種のポリアミンについての表を示す。



 

:質疑応答:

[永井]前回の班会議の時、in vitroでの増殖阻害とin vivoに生理的に存在すると思われる濃度との関係をきかれましたので、その後調べてみました。生体内では脳とか腎臓とかにかなり大量のスペルミンがある事が知られていてin vitroでの阻害濃度に匹敵する位の濃度を細胞内に持っていることもあるようです。それから、今心配しているのは、肝癌の出す毒性物質=スペルミンでは決してないので、スペルミンに関しては毒性物質とイコールのつもりで追ってはならないという事です。

[山田]スペルミンの作用はノイラミニダーゼの影響と大変よく似ていますね。強塩基性の物質なので細胞膜との結合の問題を第一に調べてみることが必要だと思います。

[永井]膜の酸性の部分に結合する事が考えられます。肝癌の毒性物質とスペルミンの違いで気になるのは映画に出てくる死に方の違いです。毒性物質の場合は激しいバブリングがあって死ぬのですが、スペルミンはバサッと死んでしまう。増殖の促進物質を追うのは大体間違いがなくて安心ですが、阻害物質を精製するのは罠が多くて難しいですね。

[黒木]ドーズレスポンスカーブをみていて気がついたのですが、死ぬ濃度がとても急激ですね。一段前では50%位なのが次に0になったりして・・・。

[高岡]濃度を倍々稀釋にしているのがよくないのかも知れません。

[黒木]スペルミンの定量は簡単にできますか。

[永井]普通、蛋白質などに使うアミノ酸分析の方法では定量できません。ガスクロでやるより他ないでしょうね。準備はしているのですが、樹脂にすごくよく吸着するので、溶出が困難です。もう一つの方法は高圧電気泳動ですが、これもまだ確立されていません。 [黒木]動物に対する毒性は調べられていますか。

[永井]はっきり知りませんが致死濃度はかなり高いと思います。

[勝田]何れは動物実験にもってゆく予定ですが、何を指標にするか問題です。致死か免疫能か、あるいは他の何か。

[永井]癌患者の血清中のポリアミン量の定量などのデータはありますか。

[勝田]無いのではないでしょうか。それから、このデータをみていて不思議に思うのは、スペルミン、スペルミジンは毒性があるのに、プトレッシンには全く無いという事です。プトレッシンがスペルミンの前駆体だとすると、どうしてこうなるのか。或いはプトレッシンの場合はもっと長過間観察をするべきかも知れません。

[高岡]スペルミンが細胞内で合成される場合には無毒なのに、細胞外から与えられると細胞を障害するとは考えられませんか。今プトレッシンに放射能をつけたものを注文していますので、それを使えば合成については、はっきりさせられると思います。



《高木報告》

 AAACNによるin vitro発癌の試み

     
  1. AAACN 10-4、10-5、10-6乗M 2時間1回作用

     処理後170日を経ても未だに形態の変化はみられない。処理後26、63、104日目に同系suckling ratの皮下に移植したが各々144日、107日、66日を経て腫瘍の発生をみない。

     処理後103日に0.45%soft agarにまいたがcolonyの形成はみられず、その後はsoft agarの実験は行なっていない。

     

  2. AAACN 10-4乗M 2時間ずつ1週間隔で8回作用

     処理終了後65日を経て形態の変化はみられず、4〜6回処理後、同系suckling ratの移植実験でも腫瘍の発生をみない。先の月報7307に書いたRFLC-5細胞に対する2時間作用の際の毒性効果から3.3x10-4乗Mについても検討をはじめた。Positive controlとして3.3x10-5乗MのMNNGをおいている。

     動物実験で腫瘍が出来たと云う話は未だ遠藤教授から聞いていないが、以上のin vitroの実験でも現在まで未だnegativeである。

 eroderma pigmentosum患者皮膚生検組織の培養について

 最近、11才の女児で顔面にerosion、その他皮膚部位に悪性化もみられるXP患者の例があったので、日にさらされない健常と思われる部分の皮膚を生検して培養を試みた。培地はMEM+15%FCSである。現在4ケ月半、13代を経ているがfibroblasticな株細胞をえている。この細胞がUVsensitiveか否かは、対照となるべき正常人皮膚繊維芽細胞の増殖が思わしくないためcolony形成能でも、growth curveでも未だ比較されておらず、確実な証明はない訳であるが、肉眼的には差があると思われるので、少し早すぎる感はあるが今後の計画も含めて一応の報告をしておく。なおUVは、15Wのgermicidal lampを点燈後安定してからランプの直下中央100cmの距離に培養シャーレをおいて照射している。Ergometerがないため測定は出来ていないが出来るだけ同一条件で照射するよう心がけている。

この細胞がUVsensitiveとした場合、これを用いた発癌実験を行いたいと考えている。すなわちMNNGその外当研究室で従来取扱って来た発癌剤を作用させて、形態的な変化、soft agar内のcolony形成能、移植実験などを行なってみたい。この際一番問題になるのは移植実験であるが、これはFranksら(Nature,243,91,1973)の方法により行なう予定である。彼等は生後4週令の雌CBAマウスにthymectomyをほどこし、2週後に900r照射してその直後にsyngeneic bone marrow cellsを静注し、その動物の皮下に人の腫瘍を移植しているが、可成りの大きさになるまで発育しているようである。この実験系はラットでも同様に応用出来るのではないかと考えている。因にMNNG各濃度のXPcellsに対する効果をみた(図を呈示)。10日培養の結果では3.3x10-6乗Mではやや増殖阻害、10-5乗M以上では細胞の増殖はみられなかった。PEで観察する積りであったが、この細胞はcolonyを形成しにくく、少数をシャーレにまいても少し増殖するとすぐにsheetを作る傾向がある。従ってシャーレにまいてMNNG作用後、一定の期間毎にtrypsinizeして細胞を集めcountしたものである。

 その他、6-DEAM-4HAQOを静注したラットはいずれも外観は全く変りなく飼育している。現在注射終了後3ケ月を経過した。またRRLC-11細胞の産生(?)するvirusについて電顕写真を供覧する。



 

:質疑応答:

[勝田]ヒトのtumor cellの復元法として、マウスに抗マウスリンパ球血清を打っておいて、ヒトのtumor cellを接種するというのが流行っていますね。

[乾 ]Heterotransplantationはtakeされれば問題ありませんが、takeされなかった場合、腫瘍でないとは言えませんね。それからXP細胞が紫外線感受性をもっているかどうかという事は、はっきりさせておくべきですね。

[黒木]H3 BUdRを使ってunscheduled DNA合成を調べてみればよいでしょう。XP細胞のMNNG感受性が正常と同じだということは期待出来るデータです。

[高木]対照に使う人由来の二倍体細胞も自分の所で作って使いたいと思っているのですが、仲々成功しなくて困ります。それからXP細胞は凍結保存にも弱いようですね。



《山上報告・若い研究者》

 前号に記しましたような立場にしたがって、培養内でtransformしたcloneを出来るだけ多くrandomにisolateするために、次の二つをためしています。一つはthymectomyした動物にNG処理した細胞を植え、出来たtumorを再培養して、thymectomyしない動物には着かないcloneをさがす方法で、thymectomyを練習しています。胸骨の一部を切開してthymusを吸引する方法で慣れると非常に確実に出来るようです。

 もう一つは全く培養内で最初からcloneとして採れないかを考えています。このため植継がずに長期培養出来るように、又条件も簡単で広くcover出来るように考えてみました。9cmのシャーレにcellを植えsemiconfluentになってから、0.6%のsoft agar mediumをcoverし一方の端からNGを72時間拡散させて処理し、その後soft agarを捨て、数回シャーレを洗ってから、liquid mediumでrefeedしながら観察しています。Soft agar 30mlでNG 2-3mgですと、9cmシャーレ中に6cmほどのnecrosisの円が出来、その外に月形の細胞のzoneが残ります。(NGは72時間以前に分解消失すると考えられます)。NGを置いた対側ではcell growthが盛んでここからはげ落ちる恐れがありますので、定期的に外周をトリプシン処理するが、かき取っています。現在2Wになるものもありますが、まだfocusは認めません。移行部では数日内に巨大化や多形、線形等の強い形態変化がみられます。この方法はNG以外でも色々やってみるつもりです。副産物に薬物resistantがとれる可能性もありMutagenと組合わせて拡散させる事も可能ですので。



 

:質疑応答:

[勝田]此の場合、変異とはどういう事だと考えているのですか。

[山上]接触阻害がとれて、コロニーが盛り上がってくる事を指標にしています。

[山田]基本概念として変異=癌化だと割り切るには何か根拠がなくてはいけないと思います。そこを皆が何時も悩んでいる所ですから。そう気軽にとび越えられない筈の大きな壁を無視して、その先をスイスイとやっている感じがしますね。

[黒木]接触阻害がとれる事が変異の条件だとするからには、その系は何時もちゃんと接触阻害を保っている事が大切です。

[勝田]それから胸腺を除去した動物で腫瘍性をチェックしていると、本当の腫瘍から遠ざかっていくのではないでしょうか。

[吉田]癌化のeventをみるという事で、初期変化のチェックをする為の手段としてなら、これでよいのではありませんか。簡単に短期間でチェックできるのは有利ですから。

[山田]それにしても免疫学的に処理した動物にtakeされるかされないかということだけで悪性化をチェックするのは問題だと思いますね。

[勝田]生体内でも変異は始終起こっているが、たいていは排除されてしまう。その中で生き残って生体内で増殖できるものを癌というのだと思っています。

[乾 ]細胞が癌化することと、癌という病気とは分けて考えるべきなのですね。

[高木]変異した細胞が生体内で増殖する場合、宿主の方に問題があるのでしょうか。それとも細胞側の問題でしょうか。

[勝田]細胞の側に主体性があると思います。

[高木]胸腺切除の方法を使うのは、in vitroでの形態変化からin vivoでのtakeされるまでの期間を少しでも短縮できるのではないかと考えての事です。

[吉田]組織培養を使って癌化を研究する利点はin vivoの実験では捕まえられない早い時期の細胞変異をみられる事だと思います。その意味ではこの方法はよいと思います。

[勝田]二つの問題があります。一つは変異した細胞が生体内ではどうやって排除されているのか。もう一つは悪性変異した細胞がtakeされるまでに黒木説の三段階の順をふまなくてはならないのか。それは単に量的変化でなく細胞の質的変化なのかという事です。

[黒木]例の三段階説は移植のステップにすぎず、細胞レベルの変異はもっと複雑でしょう。移植性と100%同じという指標はないと思います。培養したハムスター細胞に4NQOを処理して得られる変異細胞は、動物にtakeされてすぐ動物を殺すもの、takeされないもの、takeされるが宿主の動物と同じ位の大きさの腫瘤になってもまだ動物を斃さない毒性の弱いものなどと色々なものがとれます。恐らく生体では排除されてしまう運命にあるものがin vitroでは生き残るからでしょう。そういうin vitroの特徴を生かすべきですね。

[勝田]In vitroの特徴はあらゆる変異を捕えられる可能性をもつ反面、宿主を斃すのが癌という病なのに、その宿主の反応を組合わせてみる事のできない弱みがありますね。

[黒木]癌は形態変化+αだとすると、形態変化を初期指標にするのは自然でしょう。

[佐藤]+αかどうか。発癌剤は始から癌性変化の方向を決めているとも思われます。

[黒木]経験的には形態変化なしの悪性変化はありませんでした。

[乾 ]形態変化と染色体レベルの変化は時期的に関係があるようです。しかし染色体に限ってみると、変異初期に主体だった集団が動物にtakeされるとは限りません。



《山田報告》

 前々報でラット腹水肝癌AH66Fを10unitsのノイラミニダーゼ処理後、1mMの(But)2cAMPで処理するとその表面荷電が増すことを報告しましたが、その後その増加する荷電を担う物質を検査した所恐らくは酸性ムコ多糖類が細胞表面に露出して来るのではないかと云うことを思わせる知見を得ました。即ち、シアリダーゼ感受性も、カルシウム吸着性も、この処理によって増加せず(図を呈示)、酸性ムコ多糖類に特異的に結合すると考へられているRuthenium redの吸着性が、ノイラミニダーゼ→(But)2cAMP処理された細胞に増加することを発見しました。Hyaluronidase感受性もこれと同様感受性が増加することも、併せて知りましたので、まずは酸性ムコ多糖類に依存する荷電が新たに露出して来るものと推定しました。

 ConA反応性に対する(But)2cAMP、Glucagon、Insulinの干渉:

 ConAのAH66Fに対する反応性が、これら三者により阻害されることを前回報告しましたが、今回は三者の反応を経時的に追求してみました(図を呈示)。そして前報を裏付ける成績を得ました。

 即ち(But)2cAMPの作用は細胞膜直接の影響ではなく、細胞内のcAMPレベルを含め、二次的に細胞表面の荷電を変化させるものと思われます。この所見は、細胞増殖時期と休止期における細胞内cAMPの変動が間接的に膜の荷電を変化させると云う推定を可能にさせます。

代謝阻害剤によるConA反応性の変化:

 Puromycin、actinomycin及びCytochalasinB其の他呼吸阻害剤いづれもConAの細胞に対する反応性を阻害しました(表を呈示)が、しかしpuromycin、cytochalasinBが特に著明でした。2-4dinitrophenolの場合は、使用量が少いのでなんとも云へませんが、NaN3でも著しく阻害しました。この成績の意味づけについては今後考へてみたいと思って居ります。



 

:質疑応答:

[野瀬]泳動値が変化するのは、細胞膜の荷電密度の変化だとすると、細胞の形の変化とも関係があるのではありませんか。

[山田]それは関係ありません。膨潤なども泳動値とは関係ありません。



《乾 報告》

 ニトロソグアニジン系誘導体8種の毒性、突然変異誘導性及び発癌実験:

 先月の月報でニトロソグアニジン種々の誘導体のバクテリアに対する突然変異誘導性は側鎖が長いものほど少ないと云う実験結果を文献的に報告し、細胞水準での毒性、突然変異誘導性及び発癌性についての検索を計画しつつある事を前回報告した故、その結果の一部と、将来の計画について報告します。

 実験には

  • N-methyl-N'-nitro-N-nitrosoguanidine(MNNG)、
  • N-ethyl-N'nitro-N-nitrosoguanidine(ENNG)、
  • N-n-prophyl-N'-nitro-N-nitrosoguanidine、
  • N-n-buthyl-N'-nitro-N-nitrosoguanidine、
  • N-iso-buthyl-N'-nitro-N-nitrosoguanidine、
  • N-n-penthyl-N'-nitro-N-nitrosoguanidine、
  • N-n-hexyl-N'-nitro-N-nitrosoguanidine(HNNG)、
  • N-methyl-N-nitrosoguanidine(Denitrose-MNG)、
の8種のnitrose-化合物誘導体を使用し、各物質を細胞100μg、31.1μg、10μg、3μg、1マイクロ・・・のlogarismic scaleで投与し、その細胞毒性の検索を行なった。作用Doses決定の為のfirst stepの実験とし、MEM+10%C.S.の条件下で上記8種の化合物を100μg、31.1μg・・・の条件下で培養3代目のハムスター線維芽細胞に48時間作用した。MNNG作用群においては3.1μg/ml作用群で細胞はLD100を示し、1μg/ml作用群はLD50以下であった。それに反し、発癌性の全くみとめられないDenitrose-MNG作用群では、100μg/mlにおいても細胞毒性は認められなかった。実験計画の意に反し、ENNG〜HNNG作用群間上においては、各作用群に上記条件下において細胞毒性度について差はみとめられなかった。

 今後、適当な条件を設定し、R-(CnHm)基側鎖の大小による初期細胞毒性の変異(化)を検索すると共にMNNG 0.5、1μg/mlと同じ毒性の条件下で、Heiderberger等、Sacks等のfeeder layer+Hamstaer Embryonic cellの系を用い、各誘導体の突然変異誘発率を、算定し、合せてMNNG〜Denitrose-MNG間で2、3の物質を選出し試験管内発癌実験を行ない、同一誘導体間での側鎖の大きさと発癌率の関連について検索したい。



 

:質疑応答:

[黒木]Feederの細胞が1週間から10日で剥がれるのはいいのですが、ハムスターの細胞まで剥がれるのは変ですね。容器が悪いのか、feeder cellの数が多すぎるのか・・・。

[梅田]100万個は少し多いですね。

[吉田]毒性の判定は何でみていますか。Killingですか。

[乾 ]そうです。毒性ではメチルとエチルの間に一段差がありますが、killingが変異と平行している訳ではありません。

[吉田]染色体にもdirectに働きますか。

[乾 ]Chromatid levelのbreakは起こします。

[吉田]変異率と染色体のbreakの関係をみると面白いでしょうね。

[黒木]アルキル基はDNAにくっつき、グアニジド基は蛋白にくっつく。突然変異はアルキル化と関係があるようですね。



《佐藤報告》

 T-1) dRLa-74の性状について:

 dRLa-74は(N-1-1)、0.06%DAB飼育(191日)ラッテ肝由来の細胞株である。今回報告の実験は総培養日数603〜664日の間で行われたものである。

     
  1. )細胞形態:上皮様細胞、核の異型性認める。核は細胞質に比して大きい。細胞は網眼をつくって増殖する。  
  2. )増殖率:6日間で約10倍(6.6万個/1.5ml/tue植込み)  
  3. )アルブミン、α-フィトプロテイン:培養液(BSfree、48hrs)の約100倍濃縮液で検出されなかった。  
  4. )腫瘍性:100万個、10万個、1万個/rat 復元。現在観察中。

 T-2) dRLa-74の分散実験:

 dRLa-74は0.2%Trypsin 5〜10分処理では殆んど遊離生細胞が得られないため、クローニングその他の実験が不可能に近い。Trypsin(Difco)、EDTA(Sigma))、Hyaluronidase(Sigma)の単独ないしは組合せによる分散条件を検討した(図を呈示)。処理時間は60分、0.1%Trypsin+0.1%EDTAの組合せで20%以上の遊離生細胞を得た。更に、Trypsin 0.05、0.4%+EDTA 0.02、0.5%の組合せを行った(表を呈示)。一応いずれも遊離生細胞を得たが、0.5%EDTA使用の場合、生細胞は全く得られなかった。0.05%Trypsin+0.12%EDTAの場合で明らかな如く、殆んどの細胞が4個以内の細胞として分散されていることがわかる。

 ☆前月報でも少し記載したが、勝田班長を中心として組織培養を応用して発癌機構の研究にかなり永い間従事して来た。その間Donryu系ラッテ肝の培養とDAB、4NQOの組合せを中心に研究した。現在世界の研究は肝特に成熟ラッテの肝の培養に関して急速な発展が見られるようになった。我々は今心新たに研究の速度をあげなければ最後の勝利を自らの手中におさめることは不可能に思われる。−己への反省− 成熟Donryu系ラッテ肝の培養については大学院ツタムネが従事してきたので次回月報でまとめて報告の予定。

 発癌機構の問題で詳細な検討が必要であり又重要であると思われるのは、勝田さんが最初に見つけた発癌剤による増殖誘導の問題(1)と、正常細胞(真の意味の)の癌化と所謂前癌状態の癌化の区別(2)であろう。(1)に就いては私も追試し確認したし、又次癌学会でも報告の予定である。(2)に就いては差当たり、弱いけれども造腫瘍性の確実にある細胞が発癌剤でどのような態度を示すかを検討しようと試みている。本月報の報告は後者の実験の出発である。



 

:質疑応答:

[黒木]Singl cellと生細胞と両方の表現がありましたが、どう違うのですか。

[佐藤]この細胞系の場合、single cellにするためにトリプシンやEDTAを使うとsingle cellは増えますが、死んだ細胞も増えますので、特にsingle cellの中の生きているものだけを数えています。

[黒木]1ml注射器で吸ったり出したりするとsingle cell rateがぐっと高まります。

[佐藤]上皮系の細胞は機械的な刺戟に弱いのです。

[山田]pHも影響するでしょう。

[佐藤]pHについては調べてありません。

[吉田]なぜ腫瘍細胞に発癌剤をかけるのですか。

[佐藤]正常細胞由来といっても何時悪性化するか分からないのですから、性状が不明です。それより、まだ非常に悪性とまではゆかないが、動物に接種すればこの程度の腫瘍を作るということが分かっている材料を使って発癌剤を与えることで、腫瘍性の増強だけでもはっきりさせたいと考えています。

[吉田]Single cellにするわけは・・・。

[佐藤]元がsingleでないと、発癌剤で腫瘍性が増したのか、腫瘍性の強いものをselectしたのかが、分からなくなりますから。

[山田]腫瘍性の強弱は、増殖度とも関係がありますし、死亡日数と必ずしも平行しませんね。組織像でも判定できませんし、仲々難しい問題ですよ。

[佐藤]私の系の場合、生体内で同じDABを与えつづけて悪性に移行して行く段階のものを指標に持っています。

[津田]発癌剤が変異剤として働いて腫瘍性が無くなることもありますね。

[黒木]復元実験の場合、動物の系、年齢、部位など一定にすれば生存日数が悪性度を示すと思います。



《梅田報告》

     
  1. )前回の班会議(月報7306)でアルカリ蔗糖勾配上で直接細胞をlysisさせる方法でのDNA崩壊が時間、温度に影響されること、又崩壊のパターンは正常細胞と悪性細胞で異っているらしいことを報告した。前回のデータはまだ整っておらず、いろいろの試みの結果を報告したので、温度の条件、lysisの時間も同じでないものが混っていた。

     一応、ヒト由来の正常細胞と悪性細胞、マウス由来の正常細胞と悪性細胞について同じ条件(lysis 19℃と37℃、時間1、2、4、24時間)で比較したいと考えたので、前回報告したヒト由来二倍体細胞、HeLa細胞、マウス由来L細胞に加えてマウス由来胎児細胞、L-5178Y細胞とも実験してみた。

     

  2. )(図を呈示)マウス由来胎児細胞の遠心パターンのデータは19℃lysisでは1時間2時間でcomplexの山がみられ、4時間lysisでBottomより13〜14本目のmain peakが一番高くなっている。37℃lysisでは1時間lysisで既にmain peakが現れている。  (図を呈示)L-5178Y・マウスlymphoblastoma originは今迄HeLa細胞、L細胞でみられたように、1時間lysisで既にmainpeakが12本目に現れている。

     

  3. )前回ふれたことであるが、このDNA崩壊のパターンに核膜の有無が関係している可能性があるので、核膜の消失しているmetaphaseの細胞のみ集めてアルカリlysis液中にのせ同じ条件で遠心してみた。(図を呈示)HeLa細胞の結果(先回月報7306で24時間目のみ欠)と、ヒト由来2倍体細胞のmetaphase細胞の結果は、両者共、1時間lysisで13本目にピークが現われ、19℃lysisにも拘らずcomplexの出現は見られなかった。



 

:質疑応答:

[山田]Degradationが起こる場合、癌細胞と正常細胞とでどう違うのですか。

[梅田]癌細胞はcomplexにならず、正常細胞は小さいけれどcomplexになりやすいと考えています。正常細胞はDNAが核膜に強くついているのではないでしょうか。

[松村]分子量の変化は超遠心以外にもfilterにかけるとか、、電気泳動とかでもみられるので、そういう方法も平行してやった方がよいと思います。S値の変化は色々な原因で起るので、この結果からだけでstrand breakageと断定は出来ないのではないでしょうか。



《黒木報告》

 [cAMPの糖アミノ酸輸送能への影響]

 前からすすめてきた細胞の膜輸送能研究の一環として、cAMPの糖、アミノ酸輸送能への効果を調べた。実験材料として、主にハムスター胎児細胞(HE)を用いた。

 dibutyryl cAMP(dbcAMP)及びtheophyllineを1mMに24時間処置したのち、2-deoxy-D-glucoseとα-aminoisobutyric acid(AIB)のとりこみをみた。とりこみの測定はMartinの方法に従った。とりこみは20分まで直線的に増加する。glucoseのみのとりこみはdbcAMP+theo.で促進されるのに、AIBのとりこみは抑制されるという、一見矛盾した成績を得た。

 (図を呈示)theoph.を1mMにして、dbcAMPを0.1、0.3、1.0、3.0mMとかえたときのとりこみでは、theo.もdbcAMPも含まないときの値を100%として、glucoseのとりこみ促進、AIBの抑制はともに、dbcAMPの濃度に依存している。特に、theo.のみでglucoseとAIBのとりこみが抑制されている。theo.の単独では、抑制的に働くことを示している。

 HE以外の細胞について調べたところ、dbcAMPによるglu.とりこみ促進はHEとHA-15のみで、他の細胞では無効か、あるいは逆に抑制的に働いた。

 この成績は複雑であり、clearcutな説明を与えることは困難である。ただ云えることは、transport siteとそのregulatory mechanismは、基質によって、また細胞によって異っているであろうことである。



 

:質疑応答:

[吉田]UV感受性の問題で、golden hamsterはどうでしょうか。

[黒木]調べてありません。

[松村]Reversionが起こるのはUVをかけてからでなく、MNNG処理してからの時間の方が問題なのかも知れません。MNNG処理後変異が安定してからUVをかけたらどうでしょう。

[津田]cAMPでAIBのとり込みが落ちるのは何故でしょうか。

[黒木]Theophyllin単独で低下しますから、cAMPの作用ではないのかも知れません。



《野瀬報告》

 Sucrose利用性細胞を単離する試み:

 前報に報告したようにrat embryoから、培地のglucoseをsucroseと置換してその中で細胞を継代してきた。この細胞(RESと命名)のgrowth curveを示す(図を呈示)。培養開始後1カ月たっているがglucoseの代わりにsucrosを利用してかなり良く増殖できる。lactoseはあまり良い糖源とはならないようである。糖を全く含まない培地では増殖が全くなく細胞は死んでゆくので、糖を要求しないのではなく、sucroseを利用していると考えられる。そこで、一般に細胞内へは取込まれないと言われているsucroseが、この細胞には取込まれるのかどうか検討した。H3-deoxy-O-Glc.およびH3-Sucroseの細胞への取込みをみた結果、deoxy-Glc.は取込まれるが、Sucroseはほとんど入らないことがわかった。従ってもしこの結果が正しければRES細胞は細胞外でSucroseを分解してから単糖類を取込むのではないかと考えられる。

 Sucrose及びglucose培地で継代した細胞の染色体数の分布は、ほぼdiploidで、modeは40〜42本であった。

 次にestablished cell lineから同様にsucrose利用性細胞がとれるかどうか検討した。HeLaS3とCHO-K1をglucose中、sucrose中およびno sugerでの増殖をみた。基礎培地はglucose-freeのEagle'sMEM(2xAAs Vitamins)+5%透析FCSである。どちらの細胞もsucrose中では増殖できなかった。これらの細胞をmutagen処理し、適当な期間培養した後、sucrose培地に移し、生育できるcloneができるかどうか調べてみた。HeLaS3では数回の実験ですべて細胞は死滅し、目的の細胞はとれなかったが、CHO-K1では(表を呈示)sucrose培地中でいくつかcolonyが形成された。これを単離しようとしたが、うまくゆかず、本当にsucroseを利用できる株なのかどうかまだ確実ではない。

 その後何回か同様な実験を行なったがsucrose培地でcolonyができたのはこの一度だけで、あとはすべてnegativeであった。しかしcolonyのでき方が、全体にまばらに細胞がいる中にはっきりできていたので、この実験は確かと思われる。colonyのでき方は発癌剤によって形態的transformationを起こした場合と似ているので、この実験系を確立してin vitro発癌実験のモデルとしたいと考えている。



 

:質疑応答:

[吉田]自然には、こういう変異細胞は出て来ないのですか。

[野瀬]出てきません。

[吉田]染色体数の分布、対照の方にモードが少しずれているのがありましたね。



《吉田報告》

 Colcemid reversal法によるラット肺細胞の異数性クローンの人為的誘発:

 染色体の変異と細胞の癌化との関係を明らかにする目的で、Colcemid reversal法によりLong-Evans系ラットの肺培養細胞を用いてトリソミーやモノソミーなどの異数性クローンを多数作成した。クローン作成のprocedureは次の通りである。

 Long-Evans(♂)Lung culture→11代subculture→cylinder methodによりCloningを2回くり返しdiploid cloneを分離→同クローンを-80℃で冷凍保存し、以後使用時溶解する→(9cm)plastic cishに細胞をまき1day culture→colcemid 0.02〜0.06μg/ml加え37℃で2〜6hrs culture→pipettingによりmetaphase cellsをはがす→washing by centri.2回→Metaphase cells collected→(9cm)plastic dishに50〜100cellsをまく→about 10days culture→cylinder methodによりcloning。

 [結果]

 Metaphase cellsをシャーレにまいて1doubling time(15〜20hrs)後、染色体標本を作成した時、anewploid cellsの頻度は約10〜20%で、モノソミーとトリソミーは約等頻度で得られる。2m=40以下の細胞は2n=44以上の細胞より得られにくい。クローンとして得られる異数性頻度は約5〜10%である。(作成されたモノソミー及びトリソミーのクローン 15系の表を呈示)。



 

:質疑応答:

[佐藤]Colcemideを加えて出てくるcloneで、染色体41本と43本の関係は、42本から1本減ったのが41本で、その1本が42本に加わると43本になるということでしょうか。

[吉田]ラッテではそう簡単にゆきませんね。Monosomyになると致死的になるという事があるのかも知れません。

[高岡]Cloneでtrisomyを維持できる期間はどの位ですか。

[吉田]よく判りませんが、1カ月から1年位は大丈夫だと思います。とにかく、癌化に関係のある染色体はどれかを追跡する手段にしたいと思っています。



《堀川報告》

 以前にも報告したように、当教室で開発したレプリカ培養法を用いることによって、Chinese hamster hai細胞株(山根研究室より入手)の個々の細胞について栄養要求性を調べた結果、この細胞株は各種栄養要求性変異細胞から構成されていることがわかったが、この方法によって現在1種類の栄養非要求性細胞株(Ala+、Asn+、Pro+、Asp+、Hyp+、Glu+:この細胞はCH-hai N12と名づけた)、および2種類の栄養要求性細胞株(Asn-、Pro-、Asp-、Ser-、TdR-とAla-、Asn-、Pro-、Ser-、Gly-、TdR-)を分離して継代している。これらのうち前者の栄養非要求性細胞株(Prototroph)を使用すれば前進突然変異を解析することが出来るし、後者の栄養要求性細胞株(Auxotrophs a)とb))を使えば復帰突然変異を調べることが出来るのは当然のことである。

 さて、今回はこれらのうちで前者つまりPrototrophを用いることによってX線照射した場合のAuxotrophの出現率、つまり前進突然変異の誘発率を算定することを試みた実験系について報告する(表を呈示)。

 このさいPrototroph中に出現したAuxotrophを選別する方法がまず必要な訳であるが、現在の段階ではこのための完全な方法は確立されていない。従って本実験ではPuckとKao(1967)によるBUdR−可視光線法(表を呈示)を応用した。(個々の処理時間、BUdR処理濃度などの決定には別の基礎実験から得たデータをもとにして定めたものであるが、ここではそれらについての詳細は省略する。) いづれにしても100万個の細胞をmutagen(X線)で処理したあと、完全培地中でfixation and expressionのために48時間培養し、ついで10万個づつの細胞をシャーレに植えこみDeficient medium中で更にstarvationのために24時間培養する。ついで3x10-6乗M BUdR中で24時間培養したのち、120w可視光線で60分間照射することによりPrototrophのみを殺し、Auxotrophを選択的に生かせて、その後完全培地中でコロニーを形成させることによってその数を算定しようとするものである。

 さて、この方法によって前記のPrototrophを各種線量のX線で照射した際の線量−生存率曲線ならびに10万個生存細胞数あたりの誘発突然変異率をまとめた(図を呈示)。このCH-hai N12細胞となづけたPrototrophはX線に対して比較的抵抗性細胞であって、n=4.6、D0=200R近辺にある。一方、突然変異の誘発(Prototroph→Auxotroph)は低線量域では非常に低く、400R位から急激に増加してくるが、高線量域では横ばいの型になる。このような型の誘発突然変異率曲線が何故得られるのかについての解析は今後に残されている。なお今後の問題としてこのBUdR−可視光線法によって得たAuxotrophと思われるもののうち果して、どれ程が本物のAuxotrophであるか、つまりBUdR−可視光線法の本実験への有用性の検討をレプリカ培養法を使って検討する必要があるであろうし、一方この実験系で得ている誘発突然変異率とazaguanine抵抗性を指標にして解析を進めている誘発突然変異率、さらにはAuxotrophを用いた場合の復帰突然変異率との関係がどのようであるかといった比較検討が残されている。