【勝田班月報:7406:ヒト細胞の化学発癌剤による癌化実験】

《勝田報告》

 §各種細胞の旋回培養による細胞集塊形成像の比較:

 細胞のsuspensionを旋回培養すると、細胞の種類にもよるが、沢山の小さな細胞集塊(aggregate)を作りながら増殖するものが多い。 この細胞塊の数や大きさが、その細胞の動物へのbacktranplantabilityに平行するという説を立てるもののもあるので、本報では各種の細胞について、果してその造腫瘍性と関係があるか否かをしらべた。

 装置はフラン室のなかに、池本製の旋回器をおき、その上に沢山の三角コルベンをおいただけのことで、きわめて簡単なものである。

 しらべた細胞は、ラッテ由来の株が大多数で、可移植性のあるもの、ないもの、正常細胞、腫瘍由来などを含めて、25種類、イヌ、マウス由来を加えると計27種類であった。培地別では血清培地継代が19種、無蛋白合成培地株が8株であった。

 結果は、ある特定の細胞の間、例えば、正常ラッテ肺由来のRLG-1株の培養内で自然悪性化した株、それを動物に復元してできた肉腫の再培養株というように、細胞塊が同系列内では、悪性度の強いものが密な大きなものを作る平行関係も認められたが、一般化してその説を肯定するデータは得られず、極端な例としては、ラッテ腹膜細胞由来のRPL-1株は動物に腫瘍を作らぬが、固く密な大細胞塊を作った。

 (写真を呈示)悪性度との平行関係が認められた例として、RLC-10(2)・ラッテ肝由来で移植性の弱い株と、その株を4NQO処理で悪性化し再培養した株を示す。



 

:質疑応答:

[佐藤]私も旋回培養では色々な経験をもっていますが、胎児性の細胞は大きな集塊を作ります。また腫瘍になると集塊を作るのですが、腹水型になると、又腫瘍性とは平行しなくなるのです。最初入れる細胞数が集塊形成に影響します。それから培養瓶をシリコンコートすると、ガラス壁に付くか付かないかがはっきりします。

[高岡]腹水肝癌の自由細胞型のものが集塊を作らないというのは初代培養でしょうか。腹水肝癌も培養系になると大分パターンが変わってくるようです。AH-130(自由細胞型)由来のものとAH-7974(肝癌島型)由来のものの間に差が無くなってきています。

[山田]この問題は昔一度考えた事がありますが、癌化が始まると組織の構造がルーズになるのに、塊りやすくなるのは何故か、どうも矛盾しているように思えました。しかし細胞集塊を作るのは腹水肝癌の島とは違って、細胞が均一になると大きな集塊を作るのではなかろうかとも考えられます。最初のきっかけは矢張り細胞膜の荷電に関係があると考えたいですね。一寸趣きは変わりますが、腹水肝癌の細胞が増えつつある腹腔内に苛性ソーダとか塩酸をいれてやると肝癌自由細胞が大きな島を作ります。

[佐藤]Microvilliの問題もあって荷電だけでは説明できないと思います。Microvilliと腫瘍性とは関係がありそうです。

[翠川]増殖速度と細胞集塊の大きさに関係はありませんか。

[高岡]細胞集塊の中ではあまり増殖していないようですし、増殖の早いものが大きい集塊を作るという事はありません。

[翠川]壁への附着性とは平行しますか。

[高岡]そういう尺度から見れば、壁への附着性の強いもので大きな細胞集塊を作るものもありますが、必ずしも平行していません。

[高木]膵臓isletをバラバラにして培養しておくと、何もしなくても、ただ静置培養しておくだけで、きれいなアグリゲイトを作る事があります。

[佐藤]Single cellから増やしたクロンは細胞集塊を作りやすいようです。細胞の均一さが問題でしょうか。

[堀川]細胞のorigin、種の問題など少し複雑で悪性化の指標には一寸無理ですね。



《佐藤報告》

 T-10) 発癌実験

 月報(7405)に示したCL-2(dRLa-74細胞由来)に対するDABの処理歴と、その実験系を基礎に、現在進めているDABの処理状況を示す(図を呈示)。コントロールに比べ、DAB処理群はいずれの処理方法の場合も、細胞の重層度が増大していると思われる。



 

:質疑応答:

[黒木]3'Me-DABでは変異、染色体異常はおこらないが、aminofluorenを作用させると変異、染色体異常が起こるというデータがありますね。acetylaminofluoreneを使ったらもっと良い結果が出るのではないでしょうか。

[佐藤]DABの場合は人の肝臓では代謝されないが、ラッテでは代謝されるという事が判っています。DABで変異が起こらないというのは使った細胞系が悪いのではありませんか。DABについては、日本で動物実験での仕事が沢山報告されていて、肝癌も数多く出来て居るので、これを試験管内の発癌の系にと思って執念を燃やしているのです。もっとスマートにというなら、他に考えられる発癌剤4NQOなどもありますけれど。

[黒木]変異、染色体異常は大腸菌とヒトリンパ球でみています。

[翠川]発癌剤と変異剤は必ずしも一致しないでしょう。

[堀川]いや、今や殆ど一致しかかっていますよ。

[佐藤]しかし菌を使った実験の結果が必ずしも発癌実験と一致するとは思えませんね。発癌剤と臓器の親和性は発癌実験の第一歩として考えることだと思います。

[黒木]DAB 40μg/mlというのは少し濃度が高すぎると思いますが溶けていますか。

[佐藤]解毒作用のことも考えなくてはなりませんし、加えた濃度のすべてが作用しているかどうか判りません。

[堀川]変異を指標にするのは良いと思いますが、感受性とは一致しません。DABへの抵抗性の実験は何回やりましたか。

[佐藤]三回です。

[黒木]この条件なら必ず悪性化するというpositive controlをとって実験すると、もっと事がはっきりすると思います。



《乾 報告》

 核酸・染色体hybridizaion I(予報)

 先に我々は、生化学的手法でハムスター正常肝DNAと、正常肝細胞由来、MNNGでtransformした細胞由来のRapidly LabeledRNAをhybridizeし、MNNG transformed CellのRNAが正常のそれより多くDNAにCompeteする事を報告した。その後、正常細胞、Transformed CellよりRapidly LabeledRNAを抽出し、各々の染色体上でのhybridizationを試み、遺伝子の発現部位の相違を追求して来たが、仲々成功しなかった。今回の報告では、hot labelした細胞よりLabeledRANを抽出し、染色体上にhybridizeする手法に光明を見出したので報告したい。

実験方法:実験には、MNNGでtransformしたHNG-100、ハムスターterminal embryoの初代〜3代細胞を使用した。細胞はいずれもMacCoys5A+10%C.S.、37℃、5%炭酸ガス条件下で培養した。

 標識RNA抽出には、各細胞の単層培養直前に40μCi/mlのH3-UdRを45分作用し、作用直後氷室内でHanks液で3回洗い過剰のH3-UdRを除去した後、細胞をとり上げ、Scherrer and Darnellの方法でRNAを抽出した。

 染色体標本は同様単層培養直前の培養に5x10-7乗Mのコルセミドを3時間作用後、0.9Mクエン酸ソーダで20分(一般より長め)ハイポトニック処理を行い、空気乾燥法で(Flameをもちいず)標本を作製した。

 染色体−RNA hybridizationは、染色体標本作製後直ちに標本を0.07M NaOHで3分間処理し、水洗後エタノールシリーズで乾燥し、2倍のSSC中で2.0、0 D/mlのH3-RNAを標本当たり10μl、67℃、18時間作用した。作用後2倍のSSCでよく洗い、RNaseで過剰のRNAを洗滌後標本を乾燥し、Radio autographyを行った。

 結果は(写真を呈示)、染色体上にH3-RNAのgrainが認められるが、Single chromatid上に1ケのgrainのみであり、Sister chromatidの両腕の同位置にGrainが認められない点、又grainをもつ染色体が全染色体中でわずかである点等、問題が多い。

 今後、手法の改良を行い、染色体上での遺伝子発現部位の解析を試みて行きたい。



 

:質疑応答:

[難波]この方法ではヒストンはどうなっていますか。

[乾 ]NaOHの変性処理をしていますから、ヒストンはとれているはずです。

[黒木]どういう組み合わせでやっていますか。

[乾 ]今は同種だけですが、いろいろ組み合わせてみるつ;もりです。

[堀川]アイデアとしては大変面白いのですが、染色体上のgrainがもっとシャープでないと説得力に欠けますね。手法そのものの特異性をはっきりさせて、これがartifactでないと証拠づけておく必要もありそうですね。

[乾 ]E.coliのRNAとは殆ど附きませんし、生化学的な数値では明らかに差が出ます。

[黒木]DNA-DNAの方が出易いですか。PolyA H3を使ってautoradiographをやればypolyT sequenceの染色体上の存在が判るのではないでしょうか。(その後文献を調べた結果、mRNAのApolyA sequenceは、核内にあるpolyA plymeraseによってRNAの3'OHに合成されて行くことが判った。従ってpolyAのtemplateとしてのpolyTなるものはDNAに存在しないらしい)

[堀川]この場合、DNAはむき出しになっているのですか。

[乾 ]ある程度むき出しになっています。

[野瀬]変異細胞で余分なRNAが出来ているのは他の細胞を使っての例がありますか。

[乾 ]SV40で変異した細胞で同じような報告があります。しかし、肝癌で反対にRNAが減ってしまったという報告もあります。

[堀川]技術的にカッチリやっておくと面白い仕事になりますね。Chromosomeからの蛋白のはずれ方によってartifactが出る可能性がないかも、見て置いてください。

[難波]Hybridizationの差は増殖の差ではありませんが。増殖との関係は・・・。

[乾 ]何とも言えません。なるべくlog phaseの後期にラベルしていますが。



《山田報告》

 新しく樹立された7系のラット正常肝由来培養株について主として形態学的に比較検索した。RLC-15、-17は(各々顕微鏡写真を呈示)明らかにfibrocyteが混入して居り、染色体もばらつきが最も著しい。従ってこの二株は正常肝細胞株としては最も不適当であると思われる。RLC-16、-19、-20、-21、-18はいづれも比較的均一な細胞像を示し、多核細胞も巨核細胞も殆んどない。RLC-16、-19はadultラットから得られた系であるが、RLC-16は培養びん硝子壁との接着性がより弱く、細胞はいづれも収縮して居り、他の株と異り、しかもその染色体モードの百分率はやや低いので多少問題がある。RLC-19、-20、-18は極めて正常肝細胞を思わせる細胞株であるが、RLC-18は変性が強く、今後継代が困難と思われる。RLC-21は全体としてやや紡錘状の細胞形態を示す。

 従ってadultラット由来としてはRLC-19、newbornラット由来としてはRLC-20、embryo由来としてはRLC-21を今後の発癌実験の材料として用いていきたい。(一覧表を呈示)

 

:質疑応答:

[佐藤]肝臓の上皮細胞をとるには、少数にしてまくと、上皮はコロニーを作り、線維芽細胞はコロニーを作りませんから、割合簡単に上皮細胞が拾えます。しかし、2核の細胞はなかなか増殖しないので継代できませんね。

[山田]これらの系からクロンを拾って実験したいと考えています。

[翠川]しかし細胞の機能はin vivoからin vitroへ移して1日たつともうがらりと変わってしまうという説もありますね。

[山田]それではin vitroの発癌実験はやれないことになりますね。

[藤井]形態だけみていると、系によってそれぞれ特徴があるようですが、発癌性に差はあるのでしょうか。

[山田]これからやる予定ですから、今はまだ判りません。

[佐藤]In vitroでの自然発癌は染色体上の変異が起こってから3カ月ほどして動物にtakeされるようです。2倍体→2倍体と拾っていっても矢張り染色体のmodeはずれるようですね。他にラッテの脾臓を培養したものでグロブリンを産生している株があるのですが、これは190日位でラッテにtakeされました。

[高岡]自然発癌の早い例では、ラッテの腎臓の培養で3カ月培養してautoの皮下へ復元したら、大きな腫瘤を作ったものがあります。

[黒木]ヒトの細胞のagingはどんな細胞でもあるのですか。

[難波]リンパ球のBcell以外は殆どすべての細胞にagingがあるようです。遺伝病のものにもあります。ただ上皮性の細胞についてはdataがありません。

[堀川]細胞のaggregateと電気泳動度の間に何か関係がありますか。

[山田]逆の関係があると思います。

[堀川]細胞によって培地の条件が異なるということが泳動度に影響しませんか。

[山田]泳動にかける前によく洗って、泳動させる時は共通の人工的medium中で行いますから、問題はないと思います。



《難波報告》

 ヒト細胞の化学発癌剤による癌化実験:

 現在までに知られている正常ヒト2倍体細胞(リンパ球系の細胞は除く)を培養内で確実に発癌させるものはSV40のみであり、SV40以外の腫瘍性ビールスを使用しての正常ヒト細胞の癌化の報告は細胞が本当に癌化しているかどうかの点で、全て不確実である。またヒトの体内に発生した腫瘍からは、SV40もその他の腫瘍性ビールスも見い出されていない。最近、HuebnerらはOncogene説を提唱して、ヒトの癌もビールスによっておこるのではないかと考え、彼等のグループで現在知られている種々の細胞由来のOncogenic virusesを使って、ヒトの細胞の癌化を試みているが、まだヒトの細胞を癌化させるビールスは発見されていない。

 そこで、ヒトの癌の原因は、はたしてビールスなのか、それともかってロンドンの煙突掃除人に多発した皮フ癌の例以来多くの疫学的観察から推定される化学発癌剤によるのか、それとも両因子によるのか、とにかく実験的にビールスなり化学発癌剤でヒトの細胞を癌化させてみる必要がある。

 ヒトの癌をどのように直すかが、癌の細胞を相手に悪戦苦闘している研究者の夢と希望で、反対にヒトの細胞を癌化させることを企てることは夢も希望もない。むしろ人類に罪悪をなすものではないかと、私自身大変心苦しい思いをした。

 しかし、とにかくヒトの細胞をまず化学発癌剤で確実に癌化させ、そしてもし癌化した細胞が得られれば、その癌細胞にビールスを発見できるかどうか(この場合、化学発癌剤がビールスを誘発したことになる)の計画の下に実験を開始した。

 使用したヒト細胞は正常なヒト由来の細胞のみならず遺伝的に異常なヒト由来の細胞である。それらを下に列記すると

     
  1. 正常なヒト由来:

       
    1. 胎児肺由来の線維芽細胞(WI-38)。
    2. 全胎児由来の細胞。
    3. 胎児肝由来細胞。
    4. 成人肝由来細胞。

     

  2. 遺伝的に異常なヒトからのもの:

       
    1. Xeroderma pigmentosum(Adult)・XP-cells。
    2. Down's syndrome(Newborn)。
    3. Fanconi's anemia(6-year-old)。
    4. Trisomy O(embryo)。
    5. Lesck-Nyham。

     

  3. 使用した化学発癌剤は:

       
    1. MNNG。
    2. 4NQO、6-Carboxy-4NQO。
    3. BUDR。
    4. DMBA。

     

  4. ヒトの細胞の培養内での癌化の基準としては:

    1. Indefinite proliferation in vitro。
    2. Abnormal karyotypes。
    3. Transplantability into animals(Anti mouse lymphocyte rabbit serumを注射し、thymectomizeされたsuckling mouse使用)。

     この3条件が満たされれば十分である。正常のヒト2倍体細胞は胎児由来のもので50±10分裂、成人由来のもので20±10分裂後Agingのために死んで行き、私の2年間の発癌実験中、発癌剤無処理の対照細胞から無限に増殖し続けることのできる細胞株は得られなかった。即ちヒトの細胞で株化したもの=癌化と考えると、自然発癌したものはなかった。また、正常ヒト細胞のクロモゾームは非常に安定でAging現象のおこるphaseIII(この時期で細胞分裂は殆んどおこらなくなる)に入るまで2nが保たれる。そしてこの正常細胞を動物に移植しても腫瘍をつくらない。

     

  5. 現在までに得られた結論:

    1. ヒトの細胞は、マウス、ラット、ハムスターなどの細胞に較べ、非常に癌化し難い。

      しかし、

    2. 胎児肝由来の細胞と4NQOとの組み合わせでは癌化に成功した。

      従って、従来推定されていた化学発癌物質がヒトの癌の原因となり得る可能性を示した。またこれは化学発癌剤によるヒト細胞の癌化の世界最初の仕事である。

    3. 遺伝的に異常なヒトはある種の癌を多発することが知られている。私の行なった発癌実験では現在までのところ遺伝的に異常なヒトからの細胞の発癌に成功していない。しかしFanconi's anemia+4NQO、Lesck-Nyham+4NQOの2つの組み合わせで、発癌の可能性がありそうで現在実験を続けている。XPcells+4NQOも有望な発癌実験系と考えられる。その理由は、XPcellsは他の細胞に較べ、1桁4NQOに対して感受性が高くこの関係は丁度UVの細胞障害に対してXPcellsが非常に感受性の高いのと非常に似ている。この私どものデータは、Stich et al.の報告した4NQO処理XPcellsのDNA repair cynthesisは非常に抑制されていることを示したデータと一致していた。

 以下の月報で詳しい実験データを報告する予定である。(この仕事はDr.Leonard Hayflickとの共同研究の一部である)



 

:質疑応答:

[堀川]ヒトの細胞を使って発癌実験をするのは理想ではありますが、悪性化の指標をはっきりさせなくてはなりませんね。

[難波]先ずagingを脱すること、これは最少限2年間100代位は継代できないとだめですね。それから染色体が異常になること、マウスやラッテと違ってヒトの細胞は2倍体をよく維持します。それから異種の動物への可移植性を得ること、抗リンパ球血清を注射したハムスターやヌードマウスを使うことになります。

[佐藤]Agingの原因をどう考えるのですか。

[難波]今それを検討している所です。

[藤井]個体の寿命と細胞のagingとの関係なども興味がありますね。

[佐藤]栄養要求性とは関係ないでしょうか。接種細胞数との関係はどうでしょうか。

[難波]細胞数や培地には関係ないようです。ヒトの細胞は殆ど100%のagingがありますが、マウスやラッテは簡単にagingを脱することができます。Dr.Hayflickは株化は変異だと考えています。

[山田]生物の進化の系統図とagingのあるかないかとは関係がないでしょうか。

[野瀬]進化の途上にある生物は変異を起こしやすいでしょうね。



《高木報告》

 CytochalasinB(CCB)の培養細胞に対する効果:

 先の月報でのべたように、CCBによる多核細胞の出現がDNA合成を伴ったものであるか否かを調べる目的で、H3-TdRの細胞による取込み実験を行なうため、まずcontinuous labelingを検討した。しかし結果は細胞の増殖がみられるにかかわらず培地にH3-TdRを加えて1日目以降の取込みは全く増加しなかった。この原因として培地中のH3-TdRが細胞の有する酵素により比較的短時間に分解される可能性が考えられるので(梅田氏による)次にpulse labelingによる予備実験を行なった。すなわちCCBを2.5μCi/ml 3日間入れたままの群と、入れない対照群とについて0.5μCi/ml 2時間、培養1、2および3日目にpulse labelingして細胞による取込みをcountすると、CCB実験群では1日目の取込みが最も高く、以後漸減する傾向を示し、対照群では1、2および3日目と取込みは急増した。CCB 2.5μg/ml入れ続けると細胞は3日間わずかに増殖はするが、DNA合成は次第に減少することが判った。この実験の目的には上記pulse labelingが適していると思われるので、この方法を用いてH3-TdRの細胞による取込みを観察し、それと細胞の増殖および多核細胞の出現頻度を比較することにより、多核細胞の出現がDNA合成を伴うものか否か検討する予定である。

 一方CCB 2.5μg/ml作用させたRFL-5細胞の16mm映画をとってみた。これまでの観察では大体次のようなことが判った。i)CCBを作用させている間は細胞の動きは悪いが、CCBを除いてrefeedすると細胞は活発に動きはじめる。ii)2核になった細胞が次にさらに分裂する時には同調的に同時に分裂期に入る。iii)2核の細胞で同時に分裂期に入るが分裂しきれずまた元の2核に戻る場合がある。iv)多核細胞(4核以上)はCCBを除いて観察しても現在の処変化はみられない。この映画を供覧する。

 また佐藤氏より提供された増殖のおそい肝癌細胞株にCCBを1、2.5および5μg/ml作用させて観察したが、多核細胞は他の腫瘍細胞と同様、高い頻度に出現した。従って多核細胞の出現が、増殖の盛んな細胞において高頻度であるとは単純には解釈出来ないようである。さらに観察を続けたい。



 

:質疑応答:

[黒木]CCBはglucoseの取り込みを抑えますが、Tymidineはどうですか。

[高木]やや抑えるようですね。

[黒木]Acid solubleもみておいた方がいいでしょうね。

[堀川]この実験の狙いはどこにありますか。

[高木]2核細胞がDNA合成をしているかどうかを見たいのです。

[難波]Dr.Hyflickの処の実験では、CCBを入れると多核が出来るが抜くと又単核に戻ってしまう。Heteroploidを作るのにCCBが使えるのではないかと思って試みたのですが、結局とれなかったようでした。

[堀川]Thymidineの取込みがなくても、do novo合成があればDNA合成が起こります。



《梅田報告》

 今迄アルカリ蔗糖密度勾配上で細胞をlysisさせDNAの遠心パターンを解析した場合、悪性細胞は19℃、1〜2時間のlysisで単一のhigh peakからなるDNA遠心パターンを、4時間lysisで所謂DNA main peakとしての滑らかな山を示すこと、胎児由来の正常細胞は1〜2時間で2峰性のpeakがあり、4時間lysisでmain peakとして滑らかな山に収斂してくりことを報告した。さらに36℃ではmain peakは1時間lysisで現れることも示した。

     
  1. )今回はこれらpeakの性状をさらに解析するため、C14-TdRとH3-cholineあるいはH3-アミノ酸混合物で同時に標識した細胞で実験を行った。H3-アミノ酸混合物中にはH3-グリシン、−アスパラギン酸、−グルタミン酸が含まれており、これらがde novo合成によりpurine、pyrimidineに組みこまれる可能性を考え、これによる標識の場合はATPとuridineを同時に加えた。月報7405で報告したように、この処理によりde novoのpurine、pyrimidine合成は抑えられ与えられたATPとuridineがpurine、pyrimidine sourceになっていると考えた。

    悪性細胞であるHeLa細胞の場合、25℃ 1〜2時間lysis後遠心すると(実験毎に図を呈示)C14の鋭いDNA peakに一致してH3-cholineあるいはH3-アミノ酸のpeakが現れ、4時間lysisでは消失した。36℃1時間lysisではC14に一致するH3のcountは認められなかった。

     

  2. )ヒト胎児由来線維芽細胞の解析では、25℃ 1〜2時間lysis後遠心したものは2峰性の遠心パターンを示すが、この2つ共にH3のコリンあるいはアミノ酸のpeakが共存していた。25℃ 4時間のlysisではC14のpeakに一致するH3countは消失した。36℃1時間lysisでもC14のpeakと一致するH3countは認められなかった。

     

  3. )以上の所見は25℃ 1〜2時間のlysisでは充分に膜成分からDNAが解離されていないことを示しており、DNA索そのものを解析する場合、少くともmain peakの得られる条件迄lysis時間をかける必要性を示唆している。

     

  4. )HeLa細胞のmetaphaseの細胞を集めて解析すると、これでも25℃1時間lysisでH3-choline、H3-アミノ酸labelがC14のcountと一致して認められた。このH3のpeakの高さはrandom populationを解析した時のpeakの高さの約半分であることは興味がある。ともかくmetaphase cellでも膜成分が残っている。chromosome中に保存されていると解釈して良い所見である。



 

:質疑応答:

[堀川]実際のDNA分子は、こういう遠沈操作で分劃されるDNAの分子量と比べるとずっと大きいですね。それからアルカリで分劃した場合にも電顕でみると二重鎖の部分が見える事がありますね。方法として大変便利ではありますが、問題もあります。

[難波]誰の方法が一番よいのでしょうか。

[堀川]何とも言えません。それぞれ長所も短所もありますから。

[難波]遠沈している時の温度も大切な条件でしょう。

[堀川]哺乳動物のDNAには蛋白などの膜成分がくっついている事もあります。Linkerなのかも知れませんが、何にしてもはっきりした方法の確立が第一でしょう。



《堀川報告》

 化学発癌剤4-NQOおよび4-HAQOに対する細胞の周期的感受性変更要因の解析の一環として、従来同調培養されたHeLaS3細胞を用いてH3-4-NQOまたはH3-4-HAQOで各期の細胞を処理した際、これらの発癌剤に対して高感受性のM期〜middle S期の細胞のDNAは特異的にこれらの発癌剤と結合する。しかも結合した4-NQOおよび4-HAQOの細胞内DNAからの除去能に関しては各期の細胞間で大きな差異のないことを示してきた。しかしこれらの実験ではDNAの抽出にPhenol法を用いた。そのためDNAの抽出時に結合したH3-4-NQOあるいはH3-4-HAQOがDNAからはづれてしまう可能性があるので、この点を更に再検討すべく今回はMarmurの方法(1961)によってDNAを抽出することにした。

 結果は(図を呈示)同調培養された各期のHeLaS3細胞を2.5x10-5乗M H3-4-NQOで30分間それぞれ処理した際、DNAと結合するH3-4-NQOの量は実験群によって相当のばらつきのあることがわかる。しかし、同一実験群の結果を考慮して、それぞれの実験群のG1期のcpmを100として各期のカウントを%で示すと(図を呈示)、これまでの実験結果と同様、4-NQOに高感受性のM期〜middle S期の細胞のDNAがより多くのH3-4-NQOと結合することがわかる。ついで、同様にして細胞内DNAと結合したH3-4-NQOが各期の細胞でどのようにDNAから除去されるかを調べた(図を呈示)。この場合にも従来の結果と同様に各期の細胞間でDNAからのH3-4-NQOの除去能に関してはまったく差違のないことがわかる。

 このようにDNAの抽出法をよりmildな方法に変えて、前回の実験結果を再検討した訳であるが、結果的にはまったく同一の結果が得られた。では何故、M期〜middleS期のDNAはより特異的に4-NQOや4-HAQOと結合するのかといった問題が(UV照射した際何故S期のDNAに特異的にTTが形成されるのかという問題と同様に)今後の重要な解析課題として残されている。



 

: 質疑応答:

[黒木]S期にはDNAが裸の筈ですが、その時に感受性が一番低いというのはどうしてですか。TransformationではS期が一番高いとされていますが、mutationではどうですか。

[堀川]Mutation frequencyの高いのはG2です。Chemicalと放射線とでは感受性のパターンが全く逆になります。Damageが大きくないとmutation、transformationは起こらないのではないでしょうか。

[津田]紫外線ではdoseを落とせばmutantが出てくるのでしょうか。

[堀川]それはまだ判りません。

[黒木]Hydrocarbonの結合はnon-replicateDNAの方が高いというdataがあります。



《野瀬報告》

     
  1. FM3Aの形態的変異株について:

     CHO-K1由来のALP-I活性の高い亜株とFM3Aとのhybridをとる実験の途中で、先月の月報に示したような、紡錘形をしたcloneが単離された。このcloneの染色体数および核型を調べると、(図を呈示)元のFM3Aとほとんど差がないようである。CHO-K1の染色体らしきものは、1本も検出できなかった。従ってここで得られたcloneはFM3Aが、何らかの変異をうけて、浮遊状から壁に付着して増殖し、しかも細胞質突起を伸ばすようになったものと考えられる。このcloneの形態は一見glia cellのように見えるので、現在PTAH-染色を試みている。乳癌由来の浮遊細胞が、紡錘形に変わったという現象は興味あると思われる。

     

  2. ALP-1誘導に対するDimethylsulfoxideの影響:

     dibuthyryl cAMPによるALP-Iの誘導はタンパク、RNA合成阻害剤によって抑制されるので、de novoのタンパク合成が必要と考えられる。しかし、タンパク合成阻害剤の一種のpactamycinは誘導を阻害しなかった。そこで、But2cAMPは、細胞内に存在するALP-I合成ポリゾームのpeptide-elongationを促進することにより、ALP-I活性誘導を起こすのではないかと考えられる。この点を確かめるため、次の実験を行なった。

     ポリゾームは、細胞をDimethylsulfoxide(10〜12%)で10〜30min処理すると破壊される(図を呈示)。ポリゾームをこの様に破壊してからBut2cAMPを加えると(表を呈示)、ALP-I誘導は著しく阻害され、更にpactamycinを同時添加すると完全に抑えられた。

     これらの実験は間接的ではあるが、細胞形質の発現機構として、新しい機構が存在することを示唆していると考える。



 

:質疑応答:

[堀川]形態的に変異した細胞が染色体の上では、もとのFM3Aと殆ど同じでCHO-K1の染色体を1本も持っていないということですが、一度ハイブリッドになってからCHO-K1の染色体が落ちてしまったとは、考えられませんか。

[野瀬]処理後4週間位でコロニーを拾って、それを増やして大体1カ月半位後に染色体分析をしました。でも片方が1本もない雑種という事はあまり考えられませんから、やはり雑種ではなく、FM3Aが癌から肉腫様形態に変異いたのではないかと考えています。

[佐藤]形態的に変わっても本質的に変わることはないのだから、“癌が肉腫になる”などと言ってはいけませんよ。



《黒木報告》

 月報7404で報告したFMS-1からのsubcloneのUV感受性を培養日数を追いながら調べた。(表を呈示)FMS-Aは、20−24ergにほぼ安定し、それから得られたsubcloneは最初10−13ergの感受性を示したが、60日以後はsucl.#2、5は15−24ergにおち着いたように思われる。今後、しばらく、安定性を追ってみるつもりである。

 CHO-K1からはMNNG 0.1μg/ml処理後replica cultureでUV-sensitiveを1clone分離した。Do.、n値は37ergでoriginalのDo=60 N=1.0と比べて明らかに異る。現在経過をみている。



 

:質疑応答:

[梅田]マウスではだめだからハムスターでというのは何か根拠がありますか。

[黒木]CHO-K1は他の遺伝子は安定だからというだけです。

[堀川]紫外線感受性ならヒトの細胞を使う方がよいと思います。切り出し能のあるのはヒトだけですから。

[難波]マウスも胎児には切り出し能がありますが、培養につれて無くなるようです。

[佐藤]2度目の変異では感受性の高い方向と低い方向の両方に変異するのでは・・・。

[黒木]3回拾っても結局紫外線感受性はとれなかったのです。

[堀川]しかし安定なmutantも確かにあると思います。今とれているのは本物ではないのでしょう。それから実験の度にcontrolをとらなくては何とも言えませんね。

[梅田]紫外線感受性細胞にphotosensitivityはありませんか。

[黒木]XPの細胞の場合どうですか。特に光を避けますか。

[堀川]別に暗い所へおくわけではありません。

[山田]FM3Aという細胞はいわくつきの細胞で安定しない株ですね。