【勝田班月報:7606:ヌードマウスの生理的背景】

《勝田報告》

     
  1. スペルミンの細胞毒性の中和(つづき)

     (おさらい)ポリアミンの内ではスペルミンが最も細胞毒性が高い。良性な細胞ほどスペルミンに弱い。FCS、Bovine serumのalbumin分劃を同時に添加するとスペルミンの毒性が助長される。ところがスペルミンにあらかじめ血清その他を添加して37℃、24時間加温してから培地に添加するとスペルミンの毒作用が著明に減少される。この作用は大体Bovine albumin分劃によるらしく、他の高分子物質では消退されなかった。Armourのbovine fractionVでしらべると60℃、30分の処理ではfractionVの中和作用は消えず、100℃、2分では少し消えた。トリプシン消化(37℃、2hr)ではさらに消えた。Fattyacid-freeのfractionV(mils)は中和作用を有していた。

     そこでSpermineはFractionVに吸着されて毒性を失うのか、それとも別のものになるのか、という疑問がおこった。

     FractionV(NBC製)3mg/mlとH3-Spermine 20μCi/ml(PBS)を混合し、これを37℃、24hr加温するのとしないのと比較を試みた。これは0.4M PCAで除蛋白し2,500rpm10分→上清に0.4M PCAを加え、CK-10Sのレジンをつめた0.8cm径x7cmのカラムで60℃、0.6ml/minでeluteした結果(図を呈示)、FractionVとincubateすると無処理のSpermine自体に相当するpeakは消え、別の処にpeaksが現われた。つまりSpermineが変性して別のものになったのである。

  2. スペルミンの毒性に関与したアルブミンの役割:

     FBS、Bovine serumのalbumin分劃をスペルミンと同時に添加するとスペルミンの毒性が助長されることはすでに報告したが、Bovine serum albuminから脂質を除くと、その毒性助長の効果は弱くなる。そこでスペルミンの毒性助長には脂質が関与しているのではないかと、スペルミン+Bovine albumin+脂質の実験を行った(表を呈示)。結果は、脂肪酸freeのBovine albumin(MILES)にコーン油0.02%添加又はコーン油のみ0.02%添加で、スペルミンの毒性助長がみられた。しかし、対照のスペルミン無添加、コーン油のみ添加群にも増殖阻害がみられた点に問題を残している。次にBovine serumのalbuminをクロロフォルム・メタノール処理で溶出する物質と溶けないで粉末のまま残る物質とに分けてスペルミンと同時に添加した。結果は矢張り溶出した物質のほうが毒性助長の作用を強く持っていた。



:質疑応答:

[翠川]脂質を溶かす為にはアルコールを使ったのでしょうが、その影響はどうですか。

[高岡]対照群の1つにアルコールのみの添加群がありますが、使用した濃度では全く増殖に影響ありません。

[乾 ]ある一つの脂肪酸の働きだと考えていますか。

[高岡]次にそれぞれの脂肪酸を一つづつ添加してみるつもりです。

[高木]超音波処理のコーン油とアルコールで溶かしたコーン油で違いがありますか。

[高岡]超音波処理したコーン油はみてありませんが、コーン油を使ったのは検討をつける為で、次はきれいな脂肪酸を一つ一つ加えて結果を出さないと、毒性助長の機構は判らないだろうと思っています。

[梅田]解毒の方はalbuminによる変性として判りやすいのですが、毒性促進の方は脂肪酸とどういう相互作用を考えていますか。

[高岡]スペルミンと脂肪酸が物として反応して毒性が増すというより、細胞膜に対するスペルミンの影響に脂肪酸が何か関与しているのではないかと考えています。

[山田]昔、スペルミンの細胞膜に対する影響を電気泳動法で調べ始めたことがあったのですが、スペルミンと肝癌毒性物質の関係がはっきりしなかったので中止していました。又やってみましょう。



《難波報告》

 30:ヒトとマウスの正常2倍体細胞の4NQOに対する反応性の差違

 化学発癌剤による癌化が非常に困難な正常ヒト2倍体細胞と、癌化しやすいマウスの細胞とを4NQOで処理した場合、どこに一番大きな差が出るか検討した。

 その結果は(表を呈示)、クロモゾームの変化の項にのみ両細胞間に著しい差のあることが判った。マウスの細胞では、3.3x10-6乗M 4NQO 1hr処理、24hr後の染色体標本で30〜68%の細胞に異常がみられるのに対して、ヒトの場合は(表を呈示)10%前後の異常しか見い出されない。マウスの細胞はもともと培養によってクロモゾームが変化しやすい傾向があり、それに4NQOの効果が重なって著しい染色体の変化をおもすのかも知れない。

 ヒトの細胞は培養条件で染色体は非常に安定でそれにAging現象と重なってヒト細胞の培養内癌化を困難にしているのかも知れない。

 31:ヒトの染色体をなるだけ変化させるものは何か

 (30)の項に述べたように染色体の変化を強くおこすものほどヒトの細胞の癌化を起す可能性がある。ヒト末梢血リンパ球を培養し、種々の方法で処理し、染色体の変化を調べた。(表を呈示)現在までの結論はレントゲン線のみが有意な染色体の変化を起す事が分る。



 

:質疑応答:

[吉田]このデータでは4NQO処理群の染色体異常がとても少ないですね。普通、染色体異常をおこすポジティブな対照として4NQOを使っている位ですがね。

[難波]私も意外でした。

[乾 ]リンパ球が他の細胞とは大変違うのかも知れません。

[翠川]リンパ球を使った理由は何ですか。

[難波]ヒトからの材料としては簡単に採れるからです。

[梅田]リンパ球は分劃して使っていますか。

[難波]赤血球を沈殿させ、血漿部分の全白血球の培養ですが、分葉核などは早いうちに死んでしまいます。

[乾 ]AF-2は佐々木、殿村のデータでは染色体異常が出ていますね。

[難波]私の実験では濃度が薄かったのか、出ませんでした。

[乾 ]ヒトの細胞は仲々染色体異常を起こさないのは何故でしょうか。

[難波]ヒトの進化はもう極まっているとか。そういう事でしょうかね。



《梅田報告》

 今回の組織培養学会研究会で発表したfilter culture法で先々月迄の報告に加わった新しい知見についてのみ記載する。さらに発癌性芳香族炭化水素による培養内発癌実験の際知っておきたい使用細胞のarylhydrocarbon hydroxylase(AHH)活性の簡便な測定法について報告する。

     
  1. 先々月の月報(7604)で各種細胞のfilter上の増生について報告したが以後試したものの中に人のリンパ球がある。浮遊株細胞の増殖にfilter法が良いとわかったので、normalで浮遊して増生する細胞としてリンパ球を試みた。末血をコンレイフィコール法によりリンパ球を分離しPHA加寒天平板上glass fiber filter上に接種した。細胞数を多くした場合も、培養日数を多くした場合も細胞の増生は認められなかった。

     

  2. Replicaを数回試みたが、今の所成功していない。

     

  3. 8AG培地で本当に抵抗性細胞のみ選択出来るとすると、filter上に生残している細胞はHAT培地にtransferした時すべて死滅する筈である。(表を呈示)6日迄8AG培地、以後HAT培地で培養したグループは期待に反しcolonyは無くなるどころか、却って小コロニーが多数出現した。このことは6日迄では8AG感受性細胞が死滅しておらず、6日後HAT培地に切り変えられたことにより之等が増生を開始したものと理解された。

     (表を呈示)12日間8AG培地で培養し、以後HAT培地に移したグループは、16日間8AG培地で培養しHAT培地に移さなかったグループの25.3のPEに対し、4.3ケと明らかにコロニー数が減じているが、いまだコロニーガ残っていることは問題を潜めている。尚このグループにはまだ非常に小さいコロニーが生残していた。更に実験を繰り返す必要を感じている。

     

  4. 先の班会議でAHH測定法としてC14-benzo(a)pyrene(BP)の水溶性代謝物産生をみる時、0.25ml培養といった微量で簡便に測定可能であることを報告した。今回はこの方法を用いての基礎的条件を検討したので報告する。

     Kouriらの報告によるとC3HマウスはAHH誘導能が高くmethylcholanthreneによる発癌性も高いとされている。AKRマウスでは両者ともに低いとされている。

     (図を呈示)細胞の増殖とBP代謝との関係を調べてみると、C3Hマウス胎児細胞はBPに対する感受性が高くBPの代謝も盛んである。一方AKRマウス胎児細胞はC3Hマウス胎児細胞のそれに較べBP感受性は低くBPの代謝も低い。このデータを細胞あたりの代謝として換算してみると(図を呈示)、明らかにC3Hマウス胎児細胞の方がBPを代謝していることがわかる。

  5. (図を呈示)細胞数と水溶性代謝産物との関係を、C14-BP投与後24時間目の代謝で調べてみると、細胞数の一定範囲内では、細胞数に比例して代謝量が増加しているので、個々の培養条件の多少の違い、例えば細胞の増殖具合などは直接結果に影響することのないことが判明した。

     

  6. 上の結果はあったが、各種細胞について、一応以下の条件を定めてAHH代謝能を測定した。すなわち、10万個細胞/ml宛細胞をまいた後1日培養しC14-BPを加えさらに1日培養後に水溶性代謝産物の測定を行なった。(表を呈示)各種細胞について3回行なうことを目的としているが、大体において夫々の測定時におけるばらつきは少ないようである。

     Y-CH、Y-AK、DL1で高値を示したことが興味ある。今後の発癌性芳香族炭化水素による発癌実験はこのような細胞を用いなければいけないと考えられる。



 

:質疑応答:

[遠藤]6TG耐性の細胞をHAT培地で培養するとどうなりますか。8AG耐性細胞の中には膜の透過性が無いために生存できるという形のものがあります。

[乾 ]8AG→HATで生残るコロニーを梅田さんの場合はどう考えますか。

[梅田]リバータントとは考えていません。真の耐性を拾っていないと考えています。

[難波]技法としてですが、200万個の植え込みは多すぎませんか。死んだ細胞の酵素が濾紙に残って作用することはありませんか。

[梅田]細胞数は確かに多すぎたと思います。しかし死んだ細胞については濾紙法では洗い流されるので軟寒天法より優れていると思います。

[山田]膜の透過性についてですが、細胞を殺さずに透過性を高める方法はありますか。

[遠藤]ある種のポリエンなど加えれば高められるでしょう。

[山田]以前そのことで苦労しました。透過性が増すと細胞死が多くなるのです。

[吉田]耐性の問題は単に生死の判定では無くて、遺伝的にどうかという事を調べるべきですね。染色体構成をよく調べてそのレベルで安定したものを使い、その変化と耐性とを結びつけて確認すれば、耐性になったり又消失したりはしないでしょう。

[勝田]ヒトの細胞で安定した系がほしいものですね。



《高木報告》

     
  1. ラ氏島細胞の培養

     今回はヒト胎児膵ラ氏島細胞の培養につきのべる。7605にも記載したが、その後も4〜5ケ月の胎児膵が入手できたので実験をくり返している。

     方法は膵をはさみで細切後、50mlのナス型コルベンを入れた1000pu/ml Dispase 10mlに浮遊し、これを37℃の恒温器内で20分間振盪した。終って1000rpm3分間遠沈して上清をすて、培地で1回洗ったのちTD401本に植込んだ。24〜48時間後に上清をdecantしてこれをFalconのPetri dishまたはTD15に植込んだ。培地として3x modified Eagle's mediumとF-12を用いたが、3x Eagle's mediumでは良好な増殖がえられたがF-12ではラ氏島細胞の増殖はきわめて乏しかった。すなわち培地による細胞増殖のちがいが明らかに認められた。

    3x Modified Eagle's mediumでは細胞はdecant後2〜3日してsheetを形成し増殖したが、insulinの分泌は3週すぎまでみられ、又形態的には40日までよく保たれた。しかし50日以上維持することは出来なかった。くり返し行った実験でも同様な成績を示した。

     

  2. 6DMAE-4HAQOによる膵ラ氏島腫の発生について

     昨年の実験でSDラット、WKAラットに6DMAE-4HAQOを投与し、腺腫の発生を試みたが、SDラットよりWKAラットの方が発生率が大でった。しかし薬剤を静注で投与しなければならないために、生後2カ月のラッテを用い、腺腫の発生までに400日を要した。

     In vivoでB細胞の増加は胎生18〜22日に著しく、生後のB細胞の分裂増殖は比較的少い。従ってこのB細胞に増加の盛んな胎生期に経胎盤的に薬剤を投与することを試みている。しかし現在までのところ、投与量20mg/kgでは母児ともに死亡し、妊娠中の薬剤感受性の変化について検討しなければならない。



 

:質疑応答:

[乾 ]経胎盤的に薬剤を投与した場合、24時間生きていれば使える筈ですよ。

[高木]産ませたいのです。

[勝田]ヒト膵培養を何とか長期間維持するためにホルモン添加など試したら・・・。

[高木]一時的にインスリンの産生を抑えたらどうかと考えて、培地中にインスリンを添加してみましたが、効果はありませんでした。

[吉田]分裂機能を高めるか・・・。

[遠藤]分化の方を止めることを考えるのですね。

[勝田]もう一息という感じになってきましたね。

[高岡]x3MEMはどんな培地ですか。

[高木]アミノ酸とビタミンが3倍で、但しグルタミンは1倍です。それに核酸とZnSO4とが加えてあります。



《乾報告》

 AF-2投与によるハムスター胎児細胞の癌化  過去数回にわたりAF-2による染色体切断、突然変異、同物質経胎盤投与によるハムスター胎児細胞の形態転換を報告した。

 本号で、ハムスター線維芽細胞にAF-2を直接投与して、細胞の培養内癌化を観察したので報告する。

 実験方法と材料:実験には妊娠12〜13日のハムスター胎児由来の線維芽細胞、培養2代目を使用した。培養条件は、Dulbecco's MEM+20%FCSの培地を使用し、5%炭酸ガス添加空気中で細胞を培養した。3種のニトロフラン(化合物の図を呈示)の他にBenz[a]pyreneを使用した。化合物は培地中で1x10-5乗〜1x10-6乗 6、24時間投与した。

 実験結果:AF-2投与後の細胞の累積増殖曲線の一部を図に示す。

 対照のDMSO投与細胞は、投与後50日前後で増殖を停止した。

 AF-2、5x10-6乗M投与群は、投与後30数日で形態転換し、10日以内の細胞をハムスターに移植した所、ハムスターチークパウチに腫瘤を形成した。ニトロ・メチルフラン、ニトロ・フリルチアゾール投与細胞も1例をのぞいて、増殖能を獲得したが、形態転換は起こさなかった。Bp投与群の一例投与後、80日で形態転換を示した。(図を呈示)AF-2投与細胞群のAF-2投与後の増殖曲線を示した。対照の6例は1例をのぞいて投与後30〜50日で増殖能を失った。AF-2 1x10-6乗M投与群の細胞も同様の結果を示した。AF-2 5x10-6乗M、1x10-5乗M投与細胞11例中6例は増殖を継続し、投与後60日以内に内3例が形態転換し、その内1例が悪性転換し、ハムスターチークパウチに腫瘤を形成した。

 (表を呈示)形態変換した細胞の生物学的特性を記す。対照のDMSO投与細胞に比してコロニー形成率は著しく増大した。Population doubling timeは短縮し、対照のそれに比して1/2になった。Saturation densityは5〜10倍に上った。AF-2投与群の5x10-6乗M投与群の1例(AF564)の細胞を10万個ハムスターに投与した所、ハムスターに腫瘤を形成した。他の2例は、移植後腫瘤形成はみられなかった。ハムスターに腫瘤を形成したAF564細胞は軟寒天中でコロニーを形成した。(表を呈示)5,000〜10,000個シャーレに播種後形成したコロニーの形態転換率は、短期実験でも5x10-6乗M以上投与群で形態転換コロニーの出現率が増加した。



 

:質疑応答:

[翠川]AF-2の場合、多量、長期間添加すれば変異率が高くなるとは言えないのですね。 [乾 ]一つには死ぬ細胞が多くなって変異率が下がります。 [翠川]ハムスターを使った理由は何故ですか。 [乾 ]ハムスターは染色体についてのデータが沢山ありますし、染色体レベルの変異をみやすい利点があります。マウスはウィルスの問題が引っ掛かりますし、ラッテは変異しにくいようです。それにハムスターにはチークポーチという便利なものがあります。 [吉田]しかしゴールデンハムスターはもう古いですよ。チャイニーズハムスターの方が染色体分析の上から有利です。 [乾 ]チャイニーズでの発癌実験は報告例が少ないです。それに飼育が難しい。 [吉田]雄が逃げ込む場所を作ってやれば、今では飼育もそう難しくありません。 [乾 ]染色体だけでいうなら、ムンチャクの方が良いでしょう。

《山田報告》

     
  1. Muntiacus muntjak vaginalis;chromosomeの表面荷電を検索すべく、現在より多くの細胞を得る様努力しています。現在の所この株は大部分fibroblast様の細胞ですが、一部に偏平な細胞が混じて居り、以前に測定した同種の細胞株(肺組織由来)に比べて増殖率はよく平均泳動度は高い様です。1〜2カ月中に同調培養を行いchromosomeを採取の予定。

  2. RLC-21のclone株;染色体の変化に伴って起る表面荷電の変化を検出する目的で、この株のcolonial cloningを65ケ行い、2〜3ケの株が採取されさうです。あまり効率が良くない様な気がしますので、もう一工夫の必要があると考えています。

     

  3. Glucagon or Insulin培養メヂウム内添加24h後の表面の変化(ラット培養肝細胞及び肝癌細胞);前報で報告しましたごとく、電顕的に見えるRLC株の細胞質内グリコーゲン顆粒が培養メヂウム内にグルカゴン添加により変化することを見出しました。そこで今回は、JTC-16(肝癌細胞)と、RLC-20、RLC-16の三株について、改めて検索すると共にメヂウム中のグルコースの消費量、表面荷電の変化、そして電顕的観察を同時に行い検討しました。その成績のうち、現在まで成績の出ている電気泳動的変化についての結果を報告します。

     (図を呈示)方法としては植えこみ後4日目にglucagon(1.3及び6.0mg/dl)及びInsulin(0.5及び1.0mg/dl)をそれぞれ加え、24時間後に細胞を採取し、その電気泳動度(E.P.M.)を測定すると共にその一部をConA 2μg/ml処理及びNeuraminidase(5u)(ラット赤血球のE.P.M.を10%低下させる濃度)処理した後の変化を併せて検討しました。

     上記の前処理(24時間Insulin or Glucagon添加)によってはそのE.P.M.は著明な変化を生じませんが、それぞれの状態における膜表面の性質はかなり異って来ました。

     特筆すべき點は、JTC-16(培養肝癌細胞)と、RLC-20、RLC-16の非癌細胞の間にConAに対する反応性が全く逆な変化が出たことです。即ちConAによるE.P.M.の変動についてみると、肝癌細胞の場合には、あらかじめGlucagon 6.0mg/dl添加した場合に最も反応性が高まり、約10%前後の高値を示す。ところがRLC-20、-16の場合は同じ条件でむしろConAに対する反応は減少する點が注目されます。その際肝癌細胞では特にNeuraminidaseの感受性が高まる(すなわちシアル酸依存の荷電密度が高まって居る)ことも従来のこの種の変化と一致した成績です。RLC-20、-16相互を比較すると、前者ではグルカゴン1.3mg/dlにより後者ではインシュリン0.5mg/dlにより、ConAの反応性がより低下して居ました。このことは前報の電顕写真の所見にもみるように、同じ非癌細胞でもグルカゴンに対する反応性がかなり異ることを示すものと思います。更に検討してその意義を明らかにしたいと思って居ります。



 

:質疑応答:

[久米川]グルカゴンは処理後、何時間で電顕写真を撮られましたか。

[山田]グルカゴンはシグマ製で、1.3mg/dl、24時間処理しました。



《久米川報告》

 酵素を用いないで分散した胎児肝臓のmono layer culture

 妊娠14〜19日に至る各年齡のマウス胎児肝臓をハサミを用いてできる限り細切した後、培養液を加え軽くポンピングし、メッシュをとおして組織片を除去した。細胞浮遊液に培養液(DM-153+10%Calf serum)を適当に加え、シャーレに分注、炭酸ガスフランキで培養した。1/5程度の培養液を2〜3日毎に追加し、培養した。

 培養2〜3日間はほとんど赤血球から成っているように見えるが、赤血球の死滅後、2種類の細胞が観察される。

 その1つは紡錘形の細胞で、シャーレに付着する(線維芽細胞様)。他の1つの細胞は赤血球より少し大きく、形は円形で浮遊している。培養とともに円形の細胞は紡錘形の細胞の上に集まり付着する。さらに培養を続けると、ときにはあたかもorgan cultureした肝臓と同様の構造が見られる。

 付着した円形細胞は、ポンピングのみでは剥離することはできないので両細胞を一緒にホモジネートし、2〜3の酵素活性を調べた。(表を呈示)organ cultureしたものに比べ活性値は低いが、培養20日後でも、それぞれの酵素活性は維持されていた。

 胎児の年齢によって特に差は認められなかった。円形をした細胞が肝細胞だろうと考えられるが、今後酵素組織化学(G-6-Pase)および蛍光抗体法(albumin)によって細胞の同定または円形細胞の分離、継代を試みてみたい。



 

:質疑応答:

[加藤]培養前のマウス胎児肝の酵素活性とも比較してほしいですね。

[吉田]それから再生肝のような未分化な細胞の活性とも比べるといいでしょう。

[翠川]肝細胞の機能の同定にビリルビンのことを余りみていませんね。胆汁を作るかどうかも調べればよいと思うのですが。

[乾 ]肝にはステム細胞のようなものがありますか。

[翠川]あります。



《関口報告》

 人癌細胞の培養 1.胃癌細胞株の樹立

 わが国では、胃癌の発生頻度の高いことを反映して、胃癌の培養も多く試みられ、私が調べた範囲でも9細胞株の樹立の報告があるが、多くは現存せず、また細胞の同定の不充分なものもあって、確かに胃癌由来であると考えられる培養細胞株は極めて少ない。

 私は各種人癌の培養を試みているが、胃癌由来と同定しえた1細胞株を樹立した。

 患者病歴:55才の男子、昭和41年5月、胃体部の鶏卵大の癌に対し胃全摘手術を川崎市立川崎病院で受けた。組織像はSignet ring cell carcinomaであった。昭和49年3月医科研付属病院に入院。鎖骨上窩に転移を認めた。左胸腔に胸水貯留。4月死亡。

 培養法:昭和49年4月10日胸水中に浮遊する細胞を遠沈し集めて培養を開始した。培養液は40%RPMI1640+40%MEMに20%FCSまたはヒト臍帯血清を加え、あるいは25%RPMI1640+25%MEMに50%自家胸水を加えたものを用いた。容器は径45mmのガラス・シャーレを用いた。1つのシャーレに約100万個の細胞を植込み、炭酸ガス培養器内で培養を開始した。

 培養経過:10日目頃よりガラス面に付着した細胞の上に球状の浮遊細胞が増殖し始めた。12日目に浮遊細胞を集めて初めてsubcultureを行ない、以後6〜10日おきにsubcultureを行なった。FCSを用いた培養細胞KATO-Iは6カ月目にcontaminationにより全滅。自家胸水を用いた培養は2カ月で増殖低下し消滅。臍帯血清を用いた培養細胞KATO-IIは良好な増殖を続けており、現在2年1カ月、78代になる。KATO-IIの11代より血清をFCSに変えて維持した細胞KATO-IIIは、IIを上廻る増殖を示し、現在90代に至っている(図を呈示)。

 生物学的性状:KATO-II、29代のgrowth curveより計算したdoubling timeは77時間、KATO-III、60代のdoubling timeは36時間であった。染色体数のモードは89にあり34%を占める。異種移植による細胞の同定では、ATS処理ハムスターに1,000万個移植した場合腫瘤を形成したが、その組織像は原発巣とよく類似したsignet ring cell carcinomaであった。



 

:質疑応答:

[勝田]これらの株細胞は何に使うつもりですか。

[関口]私の研究室での主な仕事としての癌免疫の実験に使う予定です。

[翠川]RPMI1640を使ったのには何か理由がありますか。

[関口]人癌培養によく使われていたので使いました。私の場合はRPMI1640 50%+MEM 50%で使っています。

[遠藤]この例以外にも復元が成功した胃癌細胞株がありますか。

[関口]大分調べてみましたが、どうも私のが初めてのようです。

[山田]培養の成功率はどの位ですか。

[関口]例が多くないのではっきりはしませんが、腹水からの成功率が高いようです。



《榊原報告》

 ヌードマウスの生理的背景について:

 医科研実験動物施設でspecific pathogen freeのもとに飼育されたヌードマウス(BALB/C-nu/nu)と、conventionalな条件下に飼育された対照(BALB/C-nu/t)各10匹ずつにつき、体重、臓器重量、末梢血球数、血液像、血清総蛋白量、血清蛋白分劃比をしらべ、全臓器の病理形態学的検索を行なった。動物のAgeは8週令、性は雄である。(表を呈示)先ず対照に比し、体重が少ない。だが各臓器の体重比をとってみると殆ど差はない。ただ、胸腺を完全に欠如していることは解剖で確認できた。血清総蛋白量は対照と有意差はないが、その内訳には顕著な差が認められる。即ち総じてglobulin量が少くalbumin量が多い。とくにγ-globulinは、対照の8.3%に対し、3.5%と著しく低値である。白血球数及び赤血球数が著明に少い。とくにリンパ球数は血液像から算出すると対照の5752/立方mmに対して2517/立方mmと半数以下の値である。病理形態学的所見としては、脾の白脾髄中心の動脈周囲及びリンパ節の傍皮質領域のlymphoid cell depletionが目立った。5月の月報に報告した通り、ATS投与ハムスターでは血清globulin分劃の増加、とくにγ-glob.値が著明に上昇している。この点を除けば−勿論thymusの有無という大きな違いはあるが−検索した範囲内でヌードマウスとATS投与ハムスターとは対照からの偏りに共通性が認められる。一見相反する結果とみられるγ-globulin値についても、Tcellが、Bcellに対してhelper actionとsuppressor actionという相反する作用をもつことを考慮に入れるなら、必ずしも矛盾するデータとは思えない。ヌードマウスに関して、現在その意義が不明とされている点は幾つかあるが、とくにathymicであるにも拘わらずB抗原陽性のリンパ球が常に数%存在していること、免疫監視機構の不全があるにも拘わらず、自然発癌率が対照マウスと同一であること、胸腺液性因子が内分泌器官の発育を左右していると云われるにも拘わらず、内分泌機構は全く正常であること等々が挙げられている。