1996.Jan.25

緩衝塩類溶液の調整
BSS: Balanced Salt Solution

JCRB細胞バンク:大西清方
cell@nibio.go.jp


BSS

     BSS は, 細胞に不可欠な無機塩を含み,血清や組織液と等張になるように調合されており、培 養に伴う pH の変化ができるだけ小さくなるように,緩衝機能を持たせた生理的塩類溶液である. 通常はこれに細胞の基本的エネルギー源である glucose を加えて使用するが,いずれも Ringer 液を改良した Tyrode 液を更に改変したものである.

     現在では,これらの BSS を各自が調合する必要は無いのが普通であるが,組成に対する知識を持 っていることは重要なので,頻繁に使用される BSS の処方について別表(各種BSS)に記した.

    別表に記載されている試薬類は, 結晶水の有無により秤量値が異なってくるので,使用する試薬の結 晶水の有無に注意して換算し,正確に秤量しなければならない.

     多くの場合, BSS の調製時に問題になるのは, 2 価のイオン(Ca++, Mg++)が不溶性の炭酸塩ま たは燐酸塩をつくることで,高濃度の BSS を高圧滅菌したり, 凍結保存した際に(部分的に濃縮さ れる),これら不溶性の塩類が析出して沈澱することがある. また記載された処方通りに,順次試 薬を水に溶解し,濾過処理により滅菌すれば問題は生じないが, 数種類の試薬をまとめて加えたりす ると溶解しなくなることがある.

     一般に常用されている培養液で使用される BSS は,Eagle が改良した Earle's BSS の他,Hanks'BSS, Puck's BSS あるいは稀に Gey's BSS が使用されている.これら以外の BSS を培養液として使用する事はほとんどない.なお,これらの BSS は初代培養細胞を調製する際の臓器や組織の洗浄にも使用する(各種BSS)

     これらの BSS で汎用される Earle, Gey, Hanks, Puck などの BSS は,最終的に調製されたと きの pH はいづれも7.4〜7.6 の範囲である.pH を修正するために NaOH, HCl などを使用しては いけない.pH 指示薬として Phenol red を 0.002-0.005% に加えておくと, 調製された培養液の pH, および細胞の増殖に伴う pH の低下を目視により直接判断することが出来るので便利である.

     これらの BSS を大量に使用するときは,高濃度の原液を調製して保存しておく.使用するときに 希釈し,必要なアミノ酸(必須あるいは非必須),ビタミン類,血清などを添加して使用する.


Earle 液の調製法 (Earl's BSS)

2002.6.24 佐藤元信により訂正。
茶色の字が訂正個所


    (Earle's Balanced Salt Solution = Earle's BSS 又は EBSS, Eagle 改変, 1959).

    次に示す4種類の保存溶液をあらかじめ調製し,それらを使用に際して混合して利用する.

溶液 1(20倍液)

    NaCl 136.0 g, KCl 8.0 g, NaH2PO4・2H2O 3.16 g を秤量して水に順番に溶解し,最終 1000 ml とする.111 ℃, 20 分高圧蒸気滅菌し,室温保存とする.

溶液 2(10 倍液)

    CaCl2・2H2O 2.65 g, MgSO4・7H2O 2.1 g を秤量し,約 600 ml の水に順番に溶解し,最終 1,000 ml とする.111 ℃, 20 分高圧蒸気滅菌し,室温保存とする.

溶液 3(5% NaHCO3 溶液)

    NaHCO3 10.0g を水に溶解して 200 ml とする.0.2 m のメンブランフィルターで加圧濾過滅菌 をする.室温保存とする.
溶液 4(10 % glucose 溶液)

    Glucose 10 g を秤量し,水に溶解して 100 ml とする.0.2 m のメンブランフィルターで加圧 濾過滅菌をする.室温保存とする.
使用溶液(Working solution)の調整

    使用に際しては 800 ml の滅菌水に溶液 1 を 50 ml, 溶液 3 を 40 ml, 溶液 4 を 10 ml, 溶液 2 を 100 ml, それぞれ無菌的に加えて最終液にする. 最終溶液は高圧滅菌が可能である(111 ℃, 20 分). 溶液 3(5% NaHCO3)を 20 ml とすると pH 7.3 に保たれる.このときは溶液 3 の不足分として水を 20 ml 加えなければならない.最後にpHインディケーターとして 0.2% Phenol red を 1 ml 加える.


Earle's balanced salt solution の組成 (原法)
塩類、他容量(g)変法
NaCl6.80.
KCl0.40.
CaCl20.20(CaCl2.2H2O の場合は 0.26)
MgSO40.10(MgSO4.7H2O の場合は 0.21)
NaH2PO.H2O0.14(NaH2PO4.2H2Oの場合は 0.16)
NaHCO32.20.
glucose1.00.

Hanks 液の調製法

    (Hanks' Balanced Salt Solution = Hanks' BSS = HBSS)

    次に示す4種類の保存溶液をあらかじめ調製し,をれらを使用に際して混合して利用する.

溶液 1(1.4% NaHCO3 溶液 = 等張液)

     7.0 g の NaHCO3 を秤量し,水に溶解して 500 ml とする.適量を小分けして密栓し,120 ℃, 15 分の高圧蒸気滅菌し,室温保存とする.尚、この「溶液 1」は等張液なので、細胞の培養中で もそのまま上清に滴下して、容易にpHを調整することができる。
溶液 2

     NaCl 80.0g, KCl 4.0g, MgSO4・7H2O 2.0 g, Na2HPO4・2H2O 0.6 g, glucose 10.0g, KH2PO4 0.6 g を秤量し,順番に水に溶解して 800 ml とする.加えたそれぞれの試薬が完全に溶解してから次の試薬を加えるようにする.まとめて加えると溶解しなくなることがある.120 ℃, 15 分の高圧蒸気滅菌し,室温保存とする.
溶液 3

     CaCl2 1.4 g を秤量し,水に溶解して 100 ml とする.120 ℃, 15 分の高圧蒸気滅菌し,室温 保存とする.

溶液 4

     Phenol red 0.4 g を秤量し,少量の水でペースト状にし,ついで水を加えて 150 ml とする. N/20-NaOH で pH を 7.0 に調整し全量を 200 ml とする.120 ℃, 15 分の高圧蒸気滅菌し,室 温保存とする.
使用溶液(Working solution)の調整

    使用に際しては 875 ml の滅菌水に溶液1を 25ml、溶液2を80ml、溶液3を10ml、溶液4を10ml、それぞれ無菌的に加えたものを最終液とする。

コメント

     現在汎用されている合成培養液が高価であった時代は,Earle,Gey あるいは Hanks 塩類溶液な どに重炭酸ナトリウム,蛋白加水分解物としてラクトアルブミンの水解物,酵母エキスなどを混和し て濾過滅菌し,これに牛,あるいは子牛血清を 10〜20 % に添加して培養液としていた.  Hanks 液, Earle 液に Lactoalbumin hydrolysate, Yeast extract などを添加するので, L.H., Y.L.H., L.E., Y.L.E. などと称する.現在これらの培養液を使用することは稀であるが, 細胞によっては使用する例もあるので,それらの成分と調製法については表に示しておくので参考に されたい.

Last update: Jan.25 1996