この事実から、卵細胞は動物の体のあらゆる組織を形成する能力を持っていると考えられるのですが、最近になって、色々な組織に分化する能力を備えた細胞を卵から取り出すことに実際に成功したのです。これが『ES細胞』です。
少し前までは、マウスからしかES細胞を作ることができませんでしたが、近年ヒトから作成することが可能になり、日本でも、京都大学再生医学研究所で3種類のES細胞が作られて注目を集めました。
しかし、このES細胞は、紹介したとおり一個のヒトになる可能性を秘めた『生命の萌芽』である『卵』を破壊して作成することになりますから、倫理的な問題を十分に考えて取り扱わなければなりません。ヒトの生命の萌芽であるこの卵を破壊することは人を一人殺すのに匹敵すると考えることも出来るからです。
しかし、その一方で、20世紀の生命科学が明らかにした病気の姿は、細胞そのものの機能異常によって引き起こされるものが多いという結果でした。交通事故などによる怪我も細胞の機能が外部的要因によって失われた結果であることも明らかになってきたのです。
従って、何らかの方法によって、機能を失った『細胞』に代わる細胞を外部から補充することが出来れば、多くの人々を救えるのではないかという夢も広がってきたのです。ES細胞はこうした医療上の課題と合致する大変興味深い研究材料として今注目を浴びることになりました。そして、少しづつ研究が進みつつあります。
最近、ES細胞という言葉を良く聞かれることと思います。NHK特集などでも、臓器の再生と関連して、ES細胞が取り上げられることがあります。
ES細胞が前に説明した『細胞・細胞株』と異なるのは、受精卵から作られるという点です。ヒトを含む動物・植物の一生は1個の『卵細胞』が受精するところから始まります。この1個の細胞は分裂を繰り返しながらその数を増やして、最後には一人(動物なら1匹)の個体として完成します。『1個』の細胞が分裂して数を増やしながら様々な臓器や器官へと変貌を遂げてゆくわけですが、細胞がこのように姿・形を変えてゆくことを『分化』と呼んでいます。
どのようにして細胞は分化するのか?そこを明らかにする生命科学は発生学と呼ばれます。近年多くのことが解明されつつありますが、より実証的にヒトの分化のしくみを確かめることが必要になってきているのが現代の生命科学なのです。
発生初期の卵(初期胚、胚胞)の内細胞塊(Inner Cell Mass)から様々な組織に分化する可能性(多能性)を秘めた『細胞株』を確立することができるようになりました。この細胞株は『幹』の役割を果たしている(のだろう)という意味で『胚性幹(ES)細胞』と呼ばれています。今後の研究に大きな期待が寄せられていますが、将来様々な疾病を治療する良い道具になるかもしれません。
なお、細胞の培養方法や保存方法はES細胞特有の工夫はありますが基本的なところは前のページで紹介した細胞培養法と同じです。
ES細胞の倫理的な問題については色々な議論がありますので研究を推進するべきだという立場の意見と、医療応用については反対するという立場の意見を一つづつここで紹介します。本ホームページには、別途倫理問題のコーナーも作成しておりますので、そちらも併せてご参照ください。
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